STEREO CLUB TOKYO

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北へ還ると

 北海道料理といえばジンギスカン鍋だ。今ではどこでも珍しいものではなくなった感があるが、昔は北海道でしか味わえなかった。それに加え、ヒツジの肉を食す習慣がない地方では、どんな味なのか見当がつかなかった。
 僕が就職して、初めて赴任したのが北海道の某都市。村上春樹氏のノルウェイの森が大ヒットした頃の話である。赴任前にその他の短編集も読みながら北海道に渡ったのを思い出す。小説の中で、北海道が牧羊を中心にして開拓を進めた歴史を知ったのだった。ジンギスカン鍋という食べ物が、牧羊の歴史とも深くつながっている。
 僕が初めてジンギスカン鍋に出会ったのは花見の席だった。北海道の桜の季節は本州よりずっと遅く、散るのも早い。短い期間で花見をセットしなければならないから、週末にそろそろというような悠長なことは言ってられない。
 桜が一気に満開になり、天気の良いある日。年配社員が「今日だな」とつぶやいた日が花見なのだ。午前中に業者に電話をし、夕刻には丘の桜の木の下に宴席が並ぶ。プロパンガスと本格的なコンロ、ジンギスカンの専用鍋と簡単なテーブルが「今日やるから」の一言で揃うのだ。後から肉屋が食材を、酒屋がビールを軽トラで運んできた。
 初めて食べたジンギスカン鍋は旨かった。夜桜を眺めながら、明日も仕事だということを忘れて宴は続いた。それ以来、桜の季節になるとあの宴を思い出す。あんなに楽しい宴はそれまでの経験にはないものだった。
 今でも北海道には仕事で行くことがあるが、客先が一緒だとヒツジ料理を選ぶのを躊躇してしまう。だからジンギスカン鍋を選ぶのは一人のとき。久しぶりだと焼き方を忘れている。焼き方には作法があるのだ。
 一人で鍋をつつきながら、あの満開の桜の姿を思い出す。先輩方はもう定年されている。お元気だろうか。

ジンギスカン.jpg

投稿者 J_Sekiguchi : 2012年04月12日 10:00


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