幸福の木
何かのお祝いで貰った「幸福の木」という植木が実家にある。30cmぐらいの丸太が植木鉢に立ててあって、その丸太から葉が出ているという、文章にするとなんとも変な姿しか想像できないような代物なんだが。これが、環境が合っていたのかどんどん育っている。植え替えたりしながらもう今では10年以上経つ。茂った葉が天井に届きそうになっている。
特に花も咲かない、いわゆる観葉植物というヤツだ。成長に勢いがあり、いったいどこまで伸びれば気がすむのだろうと思っていたら、見慣れない芽のようなものが出てきた。その形からもしや花の芽か?と思っていたら大きくなりながら伸びてきた。白いつぼみのような、球状の集合体が枝についている。この球状体がいくつも枝にぶら下がっているのだ。
これは珍しいコトかと思って調べたら、やっぱり珍しいコトらしい。幸福の木というのは、「ドラセナ」という植物の、いくつかの亜種のうちの一つのようである。花を咲かせるのは珍しく、数年に一度しか咲かないのだそうだ。それに、たいていの家庭は花が咲く前に株ごと枯らしてしまうらしい。そんな珍しいものなら、無事に開花して欲しいものだ。期待して待つ。
ようやく花が開き始めると、甘い香りが部屋中に広がる。こんな小さな花なのに、これほどまでにと思うほど香りが強い。放射状に並んだ花はマクロステレオに最適の被写体、ということで早速撮影。マウントに仕上げるとなかなか面白い。
数日の後、花は全て散ってしまい、あの甘い香りも部屋から消えた。花が散ったら株ごと枯れてしまうかと心配したが、相変わらず旺盛に成長している。あれから2回目の開花の兆しはない。たまに写真を見ては懐かしく思うくらい印象的な出来事だったのだが。はて、あの甘い香りはどんな風だったか。時が経つと記憶が薄れる。ステレオマウントに香りも記録できれば面白いだろうに。将来デジタル技術が進歩し、いずれは香りも記録できるようになるだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2010年03月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
下北再び
シモキタと言っても下北沢じゃないよ。本州の最北、下北半島である。最近は大間のマグロ一本釣りでTVに登場したりするが、他にも見所がいろいろある。前に恐山の話を書いたが、その後、寒さが和らいだ季節に再び行く機会があった。その話。
この半島は本当に不思議な形をしている。マサカリの柄の部分は両側を海に囲まれた南北に伸びる陸地なのだが、たとえば羽田発-千歳行きの飛行機に乗るとこの上空をまっすぐ通り、その地形を観察することができる。東側は太平洋の荒波、西側は湖のように静かな陸奥湾に挟まれている。この海に挟まれた土地には菜の花の耕作面積が日本一の横浜町がある。春先には菜の花がいっせいに花開く。上空から見ると黄色いモザイクが一面に広がって美しい。
今回は三沢空港からレンタカーを借り、太平洋側の道を北上した。菜の花畑は実に広大で、どこまでも黄色いじゅうたんが広がっている。ステレオ写真というのは、ハイパーステレオにしない限り遠景の立体感は出ないのであるが、こういう手前から奥まで花畑というような状況なら臨場感があるのではないかという気がしていた。スライドに仕上げると広大な風景がビュアーの奥に広がるではないか。さて、モニターでどこまで再現できるか。。。それにしても本当に広い菜の花畑だ。
黄色一面を堪能し、さらに北上すると、鳴り砂のある海岸があり、さらに北上して最先端まで行くと尻屋崎という岬にたどり着く。ここには天然記念物の寒立馬と呼ばれる野生馬がいる。ずんぐりとした体形がかわいらしい。野生といっても管理された放牧環境にある。岬には灯台があり、海と灯台と馬という不思議なコントラストの風景がここにあるのだ。
さて、陸奥湾の名物はホタテである。ここのホタテは大きくて味が良い。残念ながらこの時期は旬をやや過ぎていた。代わりに乾物のホタテを味わうと、これが実に旨い。ビュアー片手に土産の乾物ホタテで酒が進んでしまうではないか。


投稿者 sekiguchi : 2010年03月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
測距儀
リアリストのレンジファインダーはミリタリータイプだと以前に書いたことがある。戦場で砲撃をするには、まず標的までの距離を測る。この距離に弾丸が落ちるように調節して弾丸を発射する。どうやって調節するかというと、弾丸が飛ぶ速度と砲の仰角で調整する。砲によっては射撃のたびに火薬の量を調節し、弾丸が飛ぶ速度を変えられるものもある。
そんなわけで、戦場では目標物までの距離というのは重要な情報で、レーダとかレーザー光線を使った距離計で計測をする。光学機器としては測距儀があり、現代では射撃には使わず、僚艦との距離を測ることなどに使われる。
このレンジファインダーの親分みたいな機械、海上自衛隊が行う観艦式で見ることができる。昔、運よく観艦式の予行に参加する艦船に乗船できた。横須賀港を出航し、各方面から来た艦船と相模湾で合流。縦一列になって進んでゆく。このきっちり並んで進むことは高度の操艦技術が必要だという。ここでも測距儀が使われることだろう。
航空機の観閲、艦艇の観閲、訓練展示と続き、一連の行事を終えるとまた一列になって港に帰る。帰る頃になると、艦内のあちこちを見学させてもらうことができた。ブリッジの近くに周囲が見渡せる見張り台のようなものがあって、ここに測距儀が置いてあった。アイピースを覗き込むとリアリストと同じように上下に分割した像が見える。ダイヤルを回すと像が動く。先を行く艦艇のマストに合わせてみる。ゆっくりと、カメラでフォーカスをあわせるようにダイヤルを回す。
ちょうどマストの像がきっちりと合った。ダイヤルの数値を見ると1kmほどだったろうか。基線長が長いのでこのぐらいの距離のものでも正確に測定できる。こういうのがあれば距離を測るのに便利だ。でも、なんに使うの??・・・おお、そうだ、ハイパーステレオを撮るときに使ったら相当便利じゃないかな。ね、使えそうですよね、関谷サン。

投稿者 sekiguchi : 2010年03月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
日比谷公園探訪
名前の通り、東京の日比谷にある公園。こう書いちゃうと普通の公園みたいな感じになっちゃうのだが、歴史のある公園なのだ。東京、銀座、有楽町といった日本でも地価の高い場所にありながら、けっこう広い面積を持っているというのも驚きだ。その大きさは東京ドームの3.5個分ある。長方形の敷地の中はいくつかに区切られている。
ここに行くと花壇と噴水があって、集まる鳩にえさをやる人、昼休みにお弁当を広げているOL、そんなテレビドラマでよくある風景が見られる。少し歩くと木々が茂り、野良猫達がたくさん群れていたりする。池が3カ所あるが、この中には勝手に放流された生き物がたくさんいるらしい。巨大魚が棲んでいると話題にもなったが、外から見る限り特に変わったものが見えるわけじゃない。その他に、隅のベンチでは疲れきった企業戦士の昼寝を観察することもできる。
そんな風景をリアリストで撮るのもどうかなあ、というわけで、僕はカメラを持ってわざわざ公園へ撮影に出かけるということはなかった。行っても被写体としてはあんまり面白くない。どうもこういう風景は自分にはなじまない。ベンチに座っていても気が休まらないのだ。都会の公園って、なんか自分にはあっていないのかな、なんて感じたりする。
そんな日比谷公園だが、夕刻になると周囲の雰囲気が変わる。別に公園の中が怪しい感じになるという意味じゃないよ。夕刻になってから公園に行く趣味などないのだ。この公園、周りを大きなビルが囲んでいる。たくさんの窓には人々が働く明かりが灯っている。公園の外から眺めると、夕闇に沈む公園とビルの明かりのコントラストが美しい。
こういう風景は好きである。公園でベンチに座っているよりよっぽど心が和む。そんなわけで、この風景をステレオで残すことにした。リアリストを使っての2度撮り。ステレオベースを1mほどにした、若干のハイパーステレオである。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
あっ!ネジがない!
前に「旅カメラ」のタイトルで、海外旅行で故障が起きてもあわてなかったという話を書いた。まあ、あわてなかったんだけどちょっとビビった(笑)。それは、アフリカに皆既日食を見に行ったときだった。メインの皆既日食を見る前に、あちこち観光に寄る。サファリとか、ビクトリアの滝を見たりとか。移動はおもに小さなバスだったのでよく揺れる。この揺れがいけなかったんだろうか。気がつくとフォーカスノブの無限遠位置にあるマイナスネジがなくなっている。
このネジがなくなってしまうと、フォーカスノブが際限なく回ってしまう。普通は1回転しかしないようになっているのにどこまでも回るではないか。いじっているうち、何回転したのかわからなくなってしまった。まずい!
メインの皆既日食を見る前に、フォーカスができなくなってしまった。これは大変だ!・・・まてよ、よく考えたら、フィルムレールとレンジファインダーは常に同期しているから、レンジファインダーを信用すればいいのだ。落ち着いてカメラの構造を思い出せばなんでもないことだった。とりあえず、その辺の木の枝を折ってネジ穴に差し込んでおく。
このままでもいいんだが、さすがに木の枝じゃかっこ悪い。小さなネジがないか探してみると、サングラスの蝶つがいのネジが合うかもしれない。と思って早速取り付けてみると合うではないか。帰国するまでカメラにはこのネジで代用してもらおう。サングラスの蝶つがいには、細い針金を探してきてこれで留めた。はてさて、どっちがかっこ悪いんだか。
ネジは振動に弱い。繰り返し振動を与えるとだんだん緩んでくるのだ。かつてアポロが月に行ったとき、日本製の双眼鏡が載せられた。打ち上げのときの強烈な振動でネジが緩まないよう、技術者は相当な苦心と工夫をしたそうである。機械の主要要素と言われてきたネジだが、現代のカメラではコストを下げるという目的でその数を減らしているという。
投稿者 sekiguchi : 2010年02月23日 15:41 | コメント (0) | トラックバック (0)
サファリ・サファリ
日本国内でもサファリパークは何箇所かある。自家用車もしくはパークのバスに乗って庭園内をめぐり、間近で動物たちを見るというものである。そして入り口で必ず注意されるのが、決して窓を開けないでくださいというもの。こちらとしても車の中にトラが侵入してきては大いに困る。言われなくても閉めるが、改めて言われると妙に緊張する。
そんなサファリパークもアフリカでは全く別のものになる。場所はボツワナのチョベ国立公園。ジープのような完全に外界とオープンになった車に乗り、運転手兼ガイドの案内で柵も何もないサバンナを疾走するのだ。ガイドは万が一のためにライフル銃を携帯している。無線で仲間からどこにどんな動物がいるか連絡が入ると、そこに向けて車を飛ばすのだ。
我々が出発したのはまだ日が昇る前の早朝。空気が乾燥していて、なおかつやや寒い。まずは湿地帯の近くに行く。車のスピードが落ち、ゆっくりと窺うようにして水辺の近くに行くと、朝焼けに光る水面に黒い影が群れる。カバの群だ。鳥たちがカバの体の上にとまっている。太陽が昇り始め、鳥たちがいっせいに飛び立つと、我々も次のスポットに移動だ。
太陽が上りきっていない、まだ薄暗い藪の中に大きな影が見える。なんと、象の親子だ。子連れの象を刺激しては危険ではないかと緊張が走る。だが、何事もないように草を食み、ゆっくりと奥のほうへ歩いてゆく。
自然の動物が相手なので必ず会えるとは限らない。そこに棲んでいる動物にしか会えない。だが、ホロの無い車から象やライオンと対峙するというのはスリルを超えて感動がある。そして地平線が見渡せる丘に出たとき、アフリカの、この大地の、とてつもない大きさが身体に伝わってくる。サバンナの黄色く色づいた草原を3頭のインパラが走り去る。美しい光景だった。
帰国して日常の生活に戻ったが、いつかまたあの地を訪れたいと願う。人類の故郷の地がDNAに呼びかけているのだ。


藪の中にライオンを発見!
(「続・旅カメラ」の上段写真もあわせてご覧下さい)
投稿者 sekiguchi : 2010年02月19日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ザンベジ川観光
前回紹介したビクトリアフォールズのもととなっているのがザンベジ川だ。雨季と乾季で水量が大きく変わるらしいが、雨季の雨水を大量に抱えた川面は茶色に濁っている。この川には観光船があり、これに乗り込んだ。
両岸には大きな木々が生い茂り、どこまでも同じ景色が広がっている。広大な川面は濁りながらもゆったりと流れている。のんびりとした景色だが、下流ではあの大きな大地の裂け目が口をあけて待ち構えているに違いない。この大河、水面をじっと見つめると、どんな怪魚が潜んでいても不思議ではないという思いが涌いてくる。事前に調べると、この川にはデンキナマズが生息しているらしい。本当かどうか現地のガイドに片言の英語で尋ねると、確かにデンキナマズがいるらしい。
南半球のこの地では太陽は北にあり、その光跡は左下に向かって落ちてゆく。時刻は夕刻を迎えたが、まだ太陽はぎらぎらと輝いている。船が減速すると、そこはカバの群がいる場所だった。あちこちの水面に大きな塊が浮かんだかと思うと、カバの息継ぎで水しぶきが上がり、観客の歓声が湧き上がる。すかさずリアリストのシャッターを切る。
こういった広大な自然を撮影するには広角レンズがちょうどいい。僕は同じモデルのリアリストを2台持ってゆき、片方には広角レンズアタッチメントのレデュフォーカスを装着した。ノーマルの画角と使い分けるのにアタッチメントをいちいち取り外すのも面倒なのでこうしている。2台あるとフィルム交換の頻度も軽減する。だがこのスタイル、結構目立つ。
ぎらぎらとした太陽は、オレンジ色に輝きながら水平線のかなたに消えてゆこうとしている。最後まで強い光を放ちながら沈んでゆく。これがアフリカの太陽なのだ。水面に輝くオレンジ色の光の道が大きく広がってゆく。両岸がシルエットに沈むこの景色を広角で撮影する。空は深みを増した藍色に変り、まもなく南天の星たちが夜空を飾ることだろう。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月16日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビクトリアという名の大滝
アフリカツアーの見所の一つとして、ザンビア・ジンバブエ国境にあるビクトリアフォールズを訪れた。大きな大きな滝である。世界3大瀑布の一つに数えられるが、この滝のスケールはホントウに大きい。大河が大地の裂け目に落ち込んでいる、そんな言葉のほうがイメージに合致する。季節は乾季に入っていたが、雨季に降った大量の雨水で川の水量が増していた。
遠くからも巨大な水煙が見えるほどで、見学にはビジターセンターで受付をし、ビニール製の簡易レインコートを受け取る。びしょ濡れになるのだろうということが容易に想像できる。草木が生い茂る小道を進むと突然目の前が開け、地鳴りのような水の落ちる音とともに巨大な滝が現れる。水しぶきで大きな虹がかかる。すばらしい景色が広がる。
この滝を発見し、西欧諸国に知らしめたのが19世紀の宣教師であり探検家のデイビィッド・リビングストンだ。彼の像が滝を見下ろすかのように建てられている。後で気がついたのだが、ビューマスターのリールC-3100番は、まだこの辺りがローデシアと呼ばれていた頃のビクトリアフォールズの3D写真で、僕が見たリビングストンの像がすでに収められている。ビューマスターの滝はずいぶんと水量が減ったときのもので、実際に見た滝の迫力とは程遠い。
この滝は幅が1km以上あり、対岸に遊歩道が整備されている。歩きながら滝の全貌を見て回ることができる。先ほどまでレインコートなどいらないではないかと思っていたが、場所によってはしぶきが雨のように降り注いでいる場所がある。空は快晴なのに、水煙で霧の中にいるようだ。カメラが濡れないように気を使っていたが、足元はずぶ濡れになってしまった。
滝幅の端まで歩き、自然が作り出した奇跡の造形を十分堪能した。なぜか気持ちも晴れ晴れ。はて、これはマイナスイオン(?)の効果だろうか。そんなイオンが本当にあるか知らないが、いつの間にか足元が乾燥した空気ですっかり乾いていた。

(「続・旅カメラ」の中段写真もあわせてご覧下さい)
投稿者 sekiguchi : 2010年02月12日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
霜柱
霜柱というのは霜とは発生のメカニズムが違うそうだ。霜は空気中の水蒸気が氷になったものだが、霜柱は土に含まれた水分が凍ってできる。霜が成長して柱状にまでなった、ということではないのだ。
この霜柱、最近は見なくなったと思っていたのだが、温暖化とかそういう問題ではなさそうだ。霜柱ができるような地面が少なくなったということらしい。そう言われれば、普段の生活で土の地面に接する機会がずいぶんと減った。昔は自動車が通らないような小道にはよくて砂利がひいてあったぐらいだが、今はどんな小道にもアスファルトがひいてある。
アスファルトというのは石油から作るんだよなあ、と考えると、人間はずいぶんとたくさんの石油を地面から吸い上げたことになる。砂利とか砂を混ぜてあるとはいえ、結構な量の石油が必要なんじゃないかな。ほんと、すんごい量である。このアスファルト舗装のために霜柱ができる環境が少なくなっている。だから見なくなっているのも当然だ。
霜が降りている寒い朝に、近くの空き地に行ってみると踏み固められた地面には霜柱はない。やわらかい畑の土のようなところじゃないとできないようだ。そんなところはないものかと探してみると、やや粗い土が盛ってあるところにできていた。これが、一見しただけでは霜柱があるように見えない。足で踏んだら崩れたのでわかったのだ。盛り土の表面が氷で持ち上げられているので、外からちょっと見ただけでは普通の土の面しか見えないためだ。
久しぶりに見て、ああ、こんな風だったと思い出した。氷の柱はよく見るときれいだ。早速マクロステレオカメラで撮影する。柱状に成長するメカニズムはどうなっているのか。興味が尽きないが、日が昇って地面が温められ始めるとどんどんと融けてゆく。条件によっていろいろな形態の霜柱が発生すると聞く。次にはどんなものを見ることができるだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フィルムが無くなったら
不吉な予言である。弾がない鉄砲、ガス欠の車、電池のないデジタルカメラ。どれも役に立たない。無いなら買ってくればいいが、売ってないなら買いだめしておくとか対策が必要になる。だから自衛隊では有事のために弾薬を備蓄しているし、政府は産業に必要な重要な物資は計画を持って備蓄している。デジカメを使う人だって予備の電池を携帯しているはず。
ではフィルムも備蓄しておけば解決かというと、そうはならない。フィルムには有効期限があって、これを過ぎるとカラーバランスが崩れてゆくのだ。変な色の写真になる。もうひとつ、フィルムには現像のプロセスが不可欠だけど、フィルムの供給が止まれば現像のインフラもすぐに無くなる。今のうちフィルムを買いだめしておいても、いずれ使えなくなるのだ。
そんなことを考えながら、過去に撮った写真を眺めているとスカーラ200で撮ったものを見てひらめいた。モノクロポジのフィルムである。カラーにはない新鮮な感動があった。フィルムを備蓄するなら、モノクロフィルムではどうだろう。しかし、ローライスライドダイレクトの販売がまだされていないので、入手しやすいモノクロネガフィルムに頼ろう。
モノクロネガフィルムは冷凍状態にすれば長期間の保存に耐えると思われる。当然有効期限はあるが、過ぎても感度がやや低下する程度だろう。これを自家現像で反転処理をするのだ。現像のインフラもこれで解決だ。あとは簡便に自家現像で反転することが残された課題だ。なるべく危険な薬品を使わず、高品質のスライドを得る方法を探すのだ。
というわけで、僕はいつの日にかフィルム各社が重大発表を行ったとしてもあわてない。そのときはモノクロフィルムを買い漁り、大量に冷凍備蓄するだろう。まさにフィルムのある限りリアリストを使うというわけだ。そんな日はまだ先でしょう、と思いつつ密かに研究を進めているのだ。・・・カラー写真は?・・・そのときこそデジタルです(笑)

投稿者 sekiguchi : 2010年02月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
コマ箱
マウントするために長巻のフィルムをカットすると、全部で58コマになる。これをバラバラにならないよう保管しておくのはけっこう苦労するのだ。いったん全部カットして、左右のペアごとに並べ替える。ここまではまあいいとして、これをどう保管するか。一つにまとめてフィルムケースの中に入れておくのも良い。蓋を閉めておけばバラバラになったり、コマの順番が乱れてペアが崩れることがない。だけど、マウント作業のときは取り出しにくい。
理想を言えば、内部に仕切りがある箱で、1ペアごとに取り出せるものがいい。そんなものがリアリストのマウントキットに、プラスチック製のトレイとして同梱されている。もちろん中古品。ebayなどで入手するしか方法がない。
キット全部はいらない。この箱だけ欲しい。それでebayを監視していたが、結構人気があって高額になりやすい。たかが箱に、と思うほど高くなる場合があるのだ。それに実物を見たことがなく、細部の仕様がわからないので入札しにくい。
それなら、自分で作ればいいではないか。またまた「自分で作るシリーズ」である。たかが箱なら紙で作ればいい。自作マウントの研究のため、買っておいたA4判ケント紙がある。これを使おう。紙のカットは、自作マウントの加工で活躍してくれているクラフトロボを出動させれば簡単なはず。さてと、早速カットデータを作成しよう。
自分が使いやすいよう寸法を決めてデザインするのは楽しいものだ。クラフトロボを使うと、はさみで切るより数段高精度に、しかも早くカットできる。こういうとき、ホントウに頼りになる。カットしたパーツを組み合わせるとピタリと合う。
各部を糊付けし、保管時の埃避けのために蓋も作る。クラフト模型を作るのはこんな感じかな?と思いながら楽しく作業完了。どうせならと3個作製した。その日からマウント作業が実にやりやすくなった。おススメです。
投稿者 sekiguchi : 2010年02月02日 10:00 | コメント (2) | トラックバック (0)
クスノキとFILM
写真はガラス乾板の時代を経て、取り扱いの簡単なロールフィルムに替わっていった。やわらかさと透明性を持った画期的な材料、それがセルロイドだった。セルロイドは石油製品ではない。天然の原料から作られている。ニトロセルロースと樟脳である。ニトロセルロースは綿花の芯を硝酸で処理して作る。また、樟脳はクスノキの精油成分から作られる。
セルロイドの主原料としているニトロセルロースは良く燃える。砲弾を発射する発射薬の構成品としても使われるように、いったん火がつくと燃え広がる性質がある。昔の映画館やフィルム倉庫は、火事になると手に負えないほど延焼したという。そのため、写真のフィルムに使われるベースの素材は、セルロイドから難燃性の樹脂フィルムに置き換わっていったのだ。
今ある写真フィルムに、セーフティフィルムとわざわざ但し書きを入れているのもその名残だ。セルロイドはフィルムに限らず、今ではあまり使われなくなった。きれいなセルロイド製の万年筆も、今では在庫の材料を使って作っているらしい。
セルロイドのもう一つの原料である樟脳、これを採るために昔はクスノキがずいぶん植樹されたという。クスノキは自然林にはあまりなく、里山に人の手で植えられたものが多い。それが今では巨木になって残っていることもある。僕の住む町にも県の天然記念物になっている大きなクスノキがある。樹齢は数百年が経っていると思われるが、木の勢いは衰えることなく枝の隅々まで葉が茂っている。遠くから見ると小さな森のようにも見えるほどだ。
石油が枯渇したら、プラスチックが世の中からなくなる。そうしたらプラモデルも作れない、と子供の頃に心配した。当然、写真フィルムも作れない。だけど、セルロイドを使えば石油がなくても大丈夫じゃないか。燃えにくくする工夫ができればいいのだ。そんな世の中になるのはまだもう少し先なのだろうか。せめて、今のうちにクスノキを大事にしておこう。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月29日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
くだもの之樹
果物がなる木というのは好きである。色づいた実が枝にぶら下がっている様子を見るのは楽しい。特に好きなのはリンゴの木。果樹園では、収穫の手間を少なくするためか木の高さを低くしているところもある。今でも忘れられないのが、北海道の岩見沢辺りだったか、曲がりくねった道の両脇にリンゴ畑が広がる光景に出会ったときのこと。
大して交通量もないところで、桂沢湖経由で富良野に向かう近道として通ったときだ。周りの景色が一瞬変わった。果樹園なのだろうが、柵がない。小さくまとめられた木が丘の斜面にまばらにあり、どれも大きな赤いリンゴがなっている。誰もいない、自分の車しかいない状況に、おとぎの国に迷い込んだ気分だ。ほんとうに、絵本に出てくるような風景だった。残念ながら、このときはステレオ写真をやっていなかった。普通の写真も撮ったであろうが、なぜか手元に残っていない。
さて、南北に伸びる日本は、その土地ごとに果樹園も変わってくる。そんな風景を見て回るのも楽しいものだ。瀬戸内海近辺はなんと言ってもミカンの産地だ。斜面一面がオレンジ色の小玉で埋め尽くされる様子は美しい。ちょうどよい季節に訪れると、ここもまたおとぎの国のようだった。果樹園によっては観光農園としてミカン狩りをさせてくれるところもある。小高い丘に登り、遠くに瀬戸内の海を望みながらミカンを摘むのも楽しいものである。
なるべく小さいものの方が味が良いといわれ、小ぶりでよく色づいているものを選んで摘む。その場で食べても良いので、木の根元にはミカンの皮がいっぱいに散らばっている。こんなふうに簡単に手でむけるオレンジというのは、日本のミカンにしかない特長らしい。味わいながら収穫用の袋に入れるが、あっという間にいっぱいになった。
だんだんと日が暮れて、赤い夕日に照らされたミカンがいっそうオレンジ色に、キラキラと輝いていた。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
白色LED
以前に、バックライト付ビュアーの色温度を上げる方法について書いた。あれは豆電球の色温度をフィルターを使って補正する、というものだったが光源自体を白色化できればより簡単になる。昔は高価だった白色LEDも、ずいぶんと安価になってあちこちに使われるのを見るようになった。消費電力も少なくて済む。では、これをビュアーに組み込んでみようというのは自然な流れだった。
実際に組み込んでみると、いろいろと問題があることがわかった。一見明るく見えるLEDの光だが、指向性が強いため、画面の全部を明るく照らすには複数個のLEDが必要になる。もう一つはLEDの色調にばらつきがあること。もともと、白色LEDのベースとなっているのは青色LEDで、この光をモトに蛍光を発する物質を組み合わせて白色になるように構成されている。そのため、やや青みがかった光を発するものがどうしても出てくる。
もう一つは、LEDといえども大きな電流を流しすぎると発熱する。このあたりの回路設計がどうにも苦手だ。僕は電気工作が苦手なのだ。あれこれやっているうち、LEDが劣化したのかどれも微妙に青っぽい光になってしまった。それでも、デルタステレオ用のビュアーに組み入れた。電池はリチウム電池を使い、もともと軽量なビュアーがさらに軽量になった。
使ってみるとなかなかいいんだけど、やっぱり青みが気になる。これを補正するには、黄色のフィルターを使う。青と黄色を混ぜたら緑色になるじゃないか、というのは絵の具の場合。光の場合は違うのだ。
というわけで、結局フィルター補正で白色にした。でもどうしても電気回路がこれで正しいのか気にかかる。いつかのコンデンサのように、いきなりバン!!ってなことにならないだろうか。心配なのであまり使っていない。

▲豆電球の口金にLED4灯をセットした。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月22日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
圧板の修理
ベルプラスカで撮影すると、必ずフィルムに横線が入ることに気がついた。乳剤面ではなくて裏面だから、圧板かどこかにキズの原因となるヤツが潜んでいるはずだ。漫画に出てくる虫歯菌のような、とんがった槍を持ったヤツが必ずいる。
そう思ってカメラのあちこちを触ってみるんだが、どうにもよくわからない。キズはとても小さいので、人間の指先では感知できないような小さなヤツなんだろう。原因と考えられるのはやっぱり圧板だ。このカメラはオークションで購入したのだが、圧板の一部に塗装の剥がれがあった。当然、この部分は自分で丹念に補修したのだが。
何回か塗装の補修をやり直したのだが直らない。仕方が無いので圧板を交換するしかない。しかし、オリジナルの圧板を外してしまうのは心苦しい。オリジナルに近い形で、もう一度修復する機会があるかもしれないのだ。できることなら、大きく手を加えないで修復したい。
そこで選択したのが、オリジナルの圧板の上に、薄い新しい圧板を貼り付ける方法だ。新しい圧板はジャンクカメラから採取することにした。ちょうど2台で400円のコンパクトカメラがあったので、この圧板を取り外す。プラスチック素材なので、裏側を紙やすりで薄く削ってゆく。この作業は簡単そうで実は難しい。均一に削るには訓練がいる。僕は昔、金属の顕微鏡試料を研磨することばかりやっていたことがあって、その経験のおかげでうまく削ることができるのだ。
新しい圧板をベルプラスカにセットできるようにカットする。切り口の角は丸く削り落として、ここは研磨で滑らかにする。プラスチック用のコンパウンドを使い、最後はCDのキズ修復用の研磨剤を使った。これをオリジナルの圧板の上に、両面テープで貼り付けた。この結果、キズは発生しなくなったのだが。・・・虫歯菌のようなヤツは、まだ両面テープにくっついている。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月20日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
氷でできた宝石
寒い寒い冬がやってきた。大地が硬く凍っているかのように冷たい。秋にあれほどうるさく鳴いていた虫たちも姿を消し、卵の姿で冷たい大地の中でじっと冬が過ぎ去るのを待っている。空気は乾燥し、冷たい風がさびしく吹いている。こんな季節はマクロカメラを持ってフィールドに出ても被写体となる題材が乏しく、さびしい気分になる。
だが、こういう季節だからこそ出会えるものもある。底冷えのするような朝は、放射冷却現象のため地面一面に霜が降りていることがある。この霜のできる過程というのは結構不思議な現象だ。乾燥した空気の中にも、ある程度の水が水蒸気、つまりは水が気体の形で空気に含まれている。地面が空気よりも先に氷点下に下がり、その時の空気の温度と含まれる水分量がある一定の条件を満たすと、水分が昇華して地面に氷として現れる。気体から直接固体になるという不思議な現象なのだ。
ここで霜が付いた様子をルーペで拡大してみよう。小さな氷がキラキラと輝いているのが見える。小さな粒は、空気中の水分が結晶の形で固まったものなのだ。一度液体になって水から固まったものではないから、粒の一つ一つが単独の結晶なのだ。雪の結晶にも似ている。天然の水晶のように表面が角ばっているものもある。だからキラキラと光っている。
この霜は、朝日が昇り、日光が当たるととたんに融けて消えてしまう。太陽がまだ低い位置にあるわずかな時間帯が撮影のチャンスだ。フィールドに出ると、葉牡丹にたくさんの氷の結晶ができている。拡大するととてもきれいだ。自分の息で氷が融けないように注意しながら撮影する。フィルムをマウントして、ビュアーで見ると氷の粒が光って見える。
フィルムをスキャナーで取り込んだが、輝きがうまく再現できない。マクロモードのあるカメラなら、2度撮りでステレオになるから皆さんもチャレンジしてみるといい。くれぐれも温かい服装で風邪などひかないようご注意を。


モニターだとキラキラが見え・・・ないですネ。すんません。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月15日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
なぜFILM?
ステレオの話を書き続けて、ちょっと間が空いたりしながらもよく続くものだと自分でも感心する。まだまだ続けばよいなと思っている。そのうち、自分の子供の友達から「カメラおじさん」と呼ばれそうである。このコラムでは自分のことを「僕」と称しているが、実はいいおじさんの年齢である。カメラおじさんといえば「ちびまるこちゃん」に登場するたまちゃんのお父さんを思い出す。ライカ、ライカと熱を上げているお父さんである。どこか自分に似ていなくもないな、と思う。
「ちびまるこちゃん」の原作者のさくらももこさんはエッセイの中で、ライカを作品に登場させたことで当時の販売代理店から感謝され、漆塗りのライカをプレゼントで貰ったと書かれている。今まで、ごく一部のヒトしか知らなかった外国製のカメラを世に知らしめた功績を讃え、ということである。漆塗りのライカ。なんともうらやましい。僕がせっせとリアリストのことを書いても、ホワイト社はすでに存在していないので漆塗りのリアリストを手に入れることはできそうにない。
こんなことを書いていると、じゃあ自分で作ってみるか、漆塗り。などとろくなことを考えない、とも言えないので恐ろしい。でもいいだろうな、金蒔絵か象嵌、螺鈿なんぞをほどこしたリアリスト。
でもまあ、誰に感謝されるのでなくてもいい。僕の話がフィルムでステレオを撮る人の何かの役に立ってくれればいいのだ。ステレオ写真というのはとても楽しい。ちょっと難しいところがあるかもしれないけど、それもまた楽しい。立体写真になじみのない人に見せてあげると、つまらない写真でも感動してくれる。撮ってあげてプレゼントすれば、なお喜ばれる。思い出がいつまでも残るし、特別な機械を使わなくても、いつでも思い出をよみがえらせてくれる。僕がフィルムにこだわるのは、もしかしたらこんなのも理由なのかな。と、書きながら思う。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月11日 10:00 | コメント (3) | トラックバック (0)
手乗り。
鳩というのはまあ、何であんなに首を振りながら歩くんだろうか。前後に首を振って頭が痛くならないんだろうか。そんなことはどうでもいいんだが、神社仏閣、公園などなど鳩の集まる場所はあちこちにある。そういうところで眺める分にはいいんだが、駅のホームの天井とか、都会のビルの隙間とかを糞だらけにしてしまう困った奴らでもある。
そういった鳩の害を防ぐため、とまって欲しくないところに針のような突起をつけたり、金網を張り巡らせたりと、人間の努力は並大抵のものではない。それでも、ほんのわずかな金網の隙間から入り込んだりする。タフな奴らだ。
そういうわけで「ハトにエサをやらないでください」という張り紙もあったりするのだが、公園や神社では観光客に積極的にエサを売っていたりする。鳩もそれを知っていて、そういう場所にはよく集まってくる。おみやげ物屋の一角に、豆かなんかが入っている小さい紙の袋が50円で売っていたりする。こういう場所の周りによくいるのだ。
今もあるか知らないが、靖国神社のエサ売り場はなんと自動販売機になっていた。ここには白い鳩たちがいたのだが、販売機の前に立つだけでエサをもらいにくる。まだお金を入れていないのに、いっせいに集まってくるのだ。頭のいい奴らである。
そんな彼らは、雨の日で人が少ない日とか、休日で人が集まるときでも朝方とかは腹が減っている。誰かが豆を食っているとわかると、いっせいに遠くの方からでも飛んでくる。先に食った方が勝である、とばかりに群がってくる。こういうとき、手のひらにエサを載せておくと手乗り鳩になる。何羽も乗ったり、乗り切れなくて頭や肩に乗ったりもする。
こんな状況で、右手にエサを乗せ、左手でシャッターを切る。近距離過ぎてステレオウインドウがうまく作れないけど、面白い写真が撮れた。。。鳩の足は結構汚れていたりするので、遊んだ後はしっかり手を洗ってください。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月08日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
富士山上空1万メートル
羽田から西に向かう飛行機は富士山の上空を通過する。夜の便でなければ、富士山が見える側の窓側座席があるときは迷わず確保する。高度1万メートルから眺める富士山はとても美しいのだ。全体をほぼ真上から見ることができるし、富士山は大きいので高高度からも肉眼で立体的に見ることができる。まるで精巧にできたミニチュアのように見えるところも面白い。離陸時に天気が良くなくてもがっかりすることはない。飛行機は雲の上に出るし、富士山の頂上が雲から飛び出していることが多い。こういう時は富士山によって気流が複雑に変化し、雲がたなびく様子を見ることもできる。
これをステレオ撮影してみることにした。電子機器ではないリアリストは、離着陸時を含めて飛行機の運航に一切影響を与えない。安心して使ってよい。気をつけるべきは、飛行機の窓に反射する自分の姿が写ってしまう。ちょっとカッコわるいけど、毛布を借りてこれを被って撮影するといい。しかし、肉眼で立体的に見えるとはいえステレオ写真ならもう一つ迫力が欲しい。飛行機の移動速度を利用したハイパーステレオに挑戦だ。これは時間を置いてなるべく同じ構図で2コマを撮るという方法だ。実際にやってみると、飛行機はマッハ0.8程度で飛んでいる。あっという間に構図が変わってしまう。すばやく巻き上げてシャッターをチャージし、2コマ目を撮影する。がんばっても4回撮影するぐらいが限界だった。
さて、現像したフィルムから最適な視差が得られているペアを選択する。構図はなるべく合うように撮ったものの、正確には合わない。ハーフフレーム用の窓の小さなマウント台紙を使ってステレオウインドウがうまくできるように調整する。これがとても難しかった。視差が大きすぎるのである。もっとすばやくシャツターを切らねばならなかったか。。。でもまあ、何とかぎりぎり観賞できそうなものになった。改めて思うのは、富士山は大きい。そしてとても山登りはできそうにない。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月04日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
コスモス通信
応答せよ。応答せよ。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
日ごとに日差しが短くなってゆく。
もうすぐ冬がやってくる。冷たい風が吹き抜ける。
そんなある日、庭の片隅に小さなパラボラアンテナが開かれた。
アンテナはもう寒くなりはじめた空に向けられている。
訪れる虫たちは、すでにどこかにいってしまった。
それでも、誰かを待つように精一杯アンテナを広げている。
応答せよ。応答せよ。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
通信に必要なエネルギーがもう少ない。あと何日持つだろう。
冷たい風が夕闇を運んできた。
空には氷のように輝く星がはりついている。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
もしかしたら、遠くの星に住む住人がこの小さな声を聞いているのかもしれない。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
クリスマスツリー
もうそろそろ今年も終わり。夜の長い季節がやってきた。街にはイルミネーションがあふれている。クリスマスツリーがいっぱい。キラキラ・キラキラ・きれいだね。夜空の星たちがいっせいに集まったような輝きだ。
さて、この風景をステレオで撮影してみましょう。撮影は日が暮れてから。ステレオリアリストにISO100のフィルムを入れます。高感度のフィルムじゃなくても大丈夫。小さくてもいいから、かならず三脚を使います。三脚にリアリストをセットして、ケーブルレリーズを付けましょう。シャッタースピードを1secにセットして、レンズの絞りは開放にしましょう。状況によって絞りをもう少し絞ったり、シャッターを1/2secにする、バルブにして露出を長くするなどしてみましょう。段階的に露出を変えて撮っておくのも良いでしょう。スローシャッターが充実しているカメラを使うのがポイントです。ストロボは使わずに、ツリーの明かりだけで撮ってみましょう。
もしケーブルレリーズがなかったら、リアリストならこんな方法でも撮れます。まず絞りをF8とか絞り気味にして、シャッターは「T」にします。帽子でレンズの前を隠してシャッターを開けます。帽子をどかして5秒ほど露出をしたら、また帽子でレンズを隠します。もう一回シャッターを押して閉じる。カメラが動かないように、風で被写体がブレないように気をつければいいんです。慣れれば簡単だよ。
さて、年が変わると僕のリアリストも一つ年齢を重ねる。手にした頃は50年前のカメラだったけど、そろそろ60年前のカメラということになる。このカメラたちと出会えていろいろと楽しみが増えた。ほんの小さなきっかけだったけど、これはもしかしてサンタクロースの贈り物だったのかも。あなたのところにもサンタクロースが訪れますように。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月22日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
星を撮る
カメラってすごいなあ、と思った子どもの頃の記憶を辿ると、図鑑で見た天体写真だったことを思い出した。目では見えない、望遠鏡を使っても目ではぼんやりとしか見えない天体が、カメラを使って長時間の露出をすることで鮮明に記録することができる。目ではあまり感じない領域の波長を記録することもできる。目では見えないものがカメラを使えば捉えることができる。これはとてもすごいことだと感じた。僕もカメラが欲しいと思ったきっかけだ。天体写真を撮りたい。そのための長時間露出のできるカメラが欲しい。オートマチックのカメラじゃダメなんだ。
そんなことで、初めて手にした一眼レフは夜空に向けられた。明るい標準レンズを付けて三脚に固定し、5分ほどシャッターを開けておくと、星が日周運動で移動してゆくので円弧状の線になって写る。こういった撮影方法を固定撮影という。驚くのは、目では見えないような暗い星まで線になって写っている。もっと驚いたのは、カラーで撮るとどの星も個別の色を持っているのがわかる。さすがに緑や紫は無いが、青白から白、黄色、橙色、赤とあり、その中間の色も記録されていて美しい。日周運動に合わせてモーター駆動し星を点に写す装置もあるが、星の色を捕らえるなら固定撮影のほうがいい。
レンズがちょっと暗いけど、ステレオリアリストで撮影したらどうだろう。わざわざ遠くにある星をステレオで撮っても立体に見えるわけじゃない。林の向こうに輝く星をステレオで撮ったら面白いだろうとやってみた。場所はアフリカ、ボツワナにあるサファリの中のホテル。ホテルの外に出ると野生動物の餌食になりかねないので、ホテルの庭で撮影だ。白熱灯が灯っているので林が照らされている。出来上がりを見ると、サバンナで焚き火をしながら夜空を望むような雰囲気で仕上がったではないか。デジタルに変換すると細かな星が見えなくなってしまうのが残念。

右下に南十字星が見える
投稿者 sekiguchi : 2009年12月18日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
海底GO!GO!GO!
水中カメラというのは憧れの存在だった。海中というのは宇宙と同じぐらい神秘の世界である。そんな世界に機械を持ってゆくというのはどんなに難しいことか。水圧と浸水、塩水による錆の問題など、カメラにとって克服しなければならないハードルがいくつもある。カリプソとか、ニコノスとか、水中ハウジングを使わなくても海中に潜ることのできるカメラの登場は最先端技術の結晶でもあったのだ。ニコノスは登場当初に、共産圏への輸出規制がかけられていたこともあるのだ。
さて、カメラがデジタル化したことで水中撮影の環境は激変したらしい。とっても簡単に撮影できるようになってきたのだ。水中専用に設計されたカメラではなくても、マリンハウジングを使うことで撮影が可能だ。分厚いアクリルのケースに水圧に耐えられるようにシールしたダイヤルを設け、カメラを操作する。でも、このダイヤル操作の部分の設計と製造が大変なのだ。
水圧というのはほんの数m潜っただけで大きく加わる。可動部から海水は簡単に浸入してくるのだ。だけど、操作がボタンになったデジタルカメラではこの操作部分をより簡単な構造にすることができる。これは革命だ。
とはいえ、僕はカナヅチなので水中撮影にはいままでトンと縁が無かったし、カメラのデジタル化で水中撮影がより身近になった現代でもたぶん縁がないんだろう。でも、この神秘の海中世界をステレオで撮影してみたいという思いはある。かつてはステレオリアリスト用のマリンハウジングも存在していたらしいし。。。ぢゃあ、この際カナヅチというハンデを克服してステレオ海中撮影にチャレンジしてみっか、ということになった。これはね、大変なことです。
う゛ぁあ!!薄暗い海中で、目の前を何かがよぎった。なんと、イカの大群であった。ステレオリアリストでイカの撮影に成功したっ!・・・タネを明かしますと、とある水族館での撮影でございます。ストロボなし、スローシャッターが成功の秘訣です。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月15日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
大阪という街
僕はあちこちの知らない土地に行ってあちこち見るのが好きであるし、好きではなくとも引越しもずいぶんした。だけどなぜか大阪にはあまり縁がない。何かの用事で行くことがあっても日帰りで帰るばかりでゆっくりとしたことがなかった。大阪の串カツは名古屋の味噌カツと共に一度は味わってみたいと切望していたのだが、味噌カツを堪能するチャンスに恵まれても、串カツにはなかなか出会うチャンスがなかった。
そんな折、家族そろって行ってみようかという事になった。やっぱり通天閣周辺がベストであろうということで、事前に評判の店をネットで調査する。何件かめぼしを付けて行ってみた。
さて、どんな都市にも繁華街というものがあり、夜の風景というのは大体において酷似している。だが、大阪は違う。やっぱりここは大阪なのだ。どう違うのといわれても表現するのが難しい。ステレオ写真が空気感まで切り取るとはいえ、このコテコテ感まで取り込むことができるかどうか(笑)。なんだか、いるだけで楽しくなるような空間なのだ。このワクワク感は、昔の繁華街を再現した遊園地のアトラクションに行ったときに似ている。
お目当ての串カツ屋さんに到着すると、入り口が開放されていて半ばオープンスペースのような感じ。とてもイイ。だけど超満員。だけどちょっと待つだけで座れる。さっそくメニューにあるものを上から順番に手当たり次第に頼む。どんどん出てくる串カツ。これが旨い。ビールも進む。撮影?・・・それは後で。というわけで食べるのに専念してしまった。
だいぶ食べたので予定外の金額になってしまった。だけど別のところも行ってみたくなり、今度は座敷席のある店でまったり。ここの串カツも旨かった。窓の外には通天閣が見える。なんだか不思議な街だなぁ。串カツの写真は?・・・撮るのを忘れてしまった(笑)。他にも面白そうなところがタクサンありそうだ。またそのうち行ってみよう。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月11日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フラッシュガンの改造(おまけ編)
先のフラッシュガン改造の話を書くときに、手持ちのハネウェル製フラッシュを取り出していじくっていた。このフラッシュは折りたたんだ反射傘を展開するとパラボラアンテナのような姿になってカッコイイ。で、これが上向きに角度を自由に変えることができるのでさらにカッコイイ。アメリカ人のデザイナーもなかなかやるではないかと思っていたら、MADE IN JAPANと表記してある。なーんだ。わが国のデザイナーの手によるものか。パラボラの傘がゴジラの映画に登場するメーサー光線車を思わせるが、その姿はやっぱり日本人が作り出したのだ。
妙な納得をしながら、閃光電球を差し込んではイジェクトボタンで排出したりと遊んでいた。ストロボ回路を組み込んだらやっぱり面白いかなーなんて、懲りずにまた考え始めていた。電池室をあけると四角い15Vの電池とキャパシタ(いわゆるコンデンサー)が入っている。
四角い電池をよく見ると、これも国産の日立製。マクセルの古い商標が書かれている。この電池はW10という規格で、この手の積層電池は既に作られていないらしい。製造年月日も使用期限も書かれていないが既に20年は経っているだろう。キャパシタだって機能しているとは思えない。既に死んでいる機械なのだ。
いじっているうちに、緑色の発光ボタンを押してみたくなって何気に触ったら、セットしていた閃光電球が発光した!まさか起動するとは思っていなかった。左手で電球を押さえていたのでこれには焦った。左手の指先にほんのり熱を感じた。幸いヤケドはしなかったが、閃光電球の表面は熱線で溶けている。ジワリと恐怖が湧き上がってくる。
あー、やっぱヤメヤメ。この手の改造なんてやっぱり向いていない。それにしても、キャパシタが少しずつ時間をかけて電池からエネルギーを得ていたとは。オラに元気を分けてくれ。ドラゴンボールの孫悟空かコイツは・・・コワイ。
投稿者 sekiguchi : 2009年12月08日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フラッシュガンの改造
フラッシュ、つまりは閃光電球。これがもう国内では製造していないらしい。手元にはいくつかの古い閃光電球があるけど、もったいなくて使えない。閃光電球は使い捨てなのだ。でも、このレトロな雰囲気で撮影をしてみたいという欲求がおさまらない。こんなレトロなストロボがあったら面白いのに。
だいぶ前だが、そう思ってネットで検索したら改造している人を見つけた。ジャンクカメラとか、使い切りカメラのミニストロボをフラッシュガンに移植するという内容だった。これはいい。と思ったものの、僕は電気工作が苦手である。記事をよく読むと、感電に十分注意するように書かれている。ストロボというのは乾電池を使っていても、内部では恐ろしい高電圧を発生させていることぐらいは知っている。ストロボの構造を技術書で読んだことがあるが、その回路を見てもどのような仕組みで発光のトリガーをかけているのかがわからない。電気回路を理解できる人は天才じゃないかと思う。
まあ、何でもやってみるものさ。早速ジャンクカメラを買ってきた。分解すると電池と回路と発光部、大きなコンデンサーが出てきた。小さな発光管にはキセノンガスが入っていて、この中に高電圧の電流が流れると太陽とほぼ同じスペクトルのビームが発射されるのだ。なんとも不思議な感じだが、小さくても存在感のある発光管に思いを託してみようと思った。
では、まず安全のためにコンデンサーに残っているかもしれない電気を放出させてやろう。古いカメラだからとっくに放電しきっているだろうけど、万が一感電したらかなわない。死ぬような電気じゃないけど、ビリビリは勘弁だ。
コンデンサーの両端を電線で短絡させた。その瞬間、バン!!というものすごい音がした。コンデンサーがパンクしたのかと思った。よく見ると接触部分でスパークが起きたのだ。。。やめやめ。電気工作は性に合わない。 (つづく)
▲これにジャンクカメラのストロボ回路を組み込もうと考えた。
投稿者 sekiguchi : 2009年12月07日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
鉱山都市
日本ではもう大きな炭鉱や金属資源を採掘する鉱山はなくなってしまった。坑道を掘り進んで、真っ暗な洞穴から鉱石を採掘する、そんな鉱山はほとんど閉山となっている。これらの鉱山は、今から50年ぐらい前はとても栄えていた。
鉱山で働く人、採掘のための機械を用立てる会社、掘り出した鉱石を運搬する鉄道、そんな鉱山に関係する会社や人々が集まり、大きな町が形成されたのだ。学校や病院など、働く人々と家族を含めた生活の基盤がどんどん整備され、大きな都市へと発展していった。海外との交流も鉱山技術を軸にして活発になり、当時の東京よりアカデミックであったとも聞く。
だが、鉱山に支えられているからこそ、操業が滞りだすと衰退の一途を辿る。鉱石を掘り尽さないまでも、採算が合わない状態になると操業を落とさざるを得ない。金属価格の変動、海外からの資源流入、需要の変化など様々な要因が影響し、最盛期から短期間のうちに消滅した都市もいくつかある。そのまま置き忘れたような廃墟が残ってしまっている。
神岡鉱山がそんな鉱山都市のひとつだ。今では廃坑を利用したカミオカンデなど、学術研究への活用が盛んだが、栃洞坑の周りに広がっていた町全体は巨大な廃墟となっている。廃墟マニアと呼ばれる人達にはたまらないものがあるらしい。だが、朽ち果てた構造物は少しずつ崩れている。危険な場所もあるだろう。探検はせず、見える範囲で様子を窺った。
この場所がどのような経緯で廃墟と化したのか想像もつかない。もうすでに機能していないそれらを見るに、規模の大きさに驚く一方、悲しみが伝わってくる。価値を生み出すものであったはずなのに、今では忘れ去られた存在になっている。そんな思いが伝わってくるようである。一部をステレオで撮影したが、立体写真はその場所の悲しさをストレートに伝えてしまう。せめて、モノクロームでデフォルメしよう。彼らは忘れられた時間のはざ間で、じっとこちらを見ているのだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
登別温泉郷
北海道の南側に有名な登別温泉がある。ここはいろいろな泉質の温泉があり、湯量が豊富だ。温泉街より山側の一帯は地獄谷と呼ばれている。草木の生えない、蒸気が吹き出している様はまさに地獄。とはいいながら、遊歩道が整備されていて安全に散策することができる。観光客も多く、エサをねだるキタキツネの姿もよく見られる。
温泉街から細い道を山伝いに車で登ると、大湯沼という温泉が噴出している湖にたどり着く。この景色もまさに地獄。湖面を這う湯気の向こうで、ボコボコと音を立てて湯が沸いているのが見える。入ってはいけないと書いてあるが、誰が入るものか。一歩でも足を踏み入れようものなら、引きずり込まれそうである。だが、こういうところでカメラを持っていると、近づいて撮影をしてみたいという欲が出てくる。あのボコボコを立体で撮ってみたい、と。
でもやめておいたほうがいい。もし、足を踏み外そうものなら生きては帰れない。足を踏み外さなくとも、強烈な硫化水素ガスで意識を失うかもしれないのだ。そんなコトを考えながらタバコを一服していると、地元観光タクシーの運転手さんが、休憩で一服しながら話しかけてきた。今日の噴煙はおとなしいなー。だそうである。で、昔はたまーにこのボコボコに身を投じる人もいた、と(ホントウだろうか??)。で、熱泉で溶けて何も残らないのだ、と。何も残らないのに何でわかるのかといえば、髪の毛だけは溶けずに残るんだそうだ。こっちからは何も聞いていないのに、そんな気味の悪い話を次々に披露してくれる(笑)。
大湯沼を後にし、来た道をそのまま進むとクッタラ湖という丸い形をしたカルデラ湖にたどり着く。透明度が非常に高い。日本国内では摩周湖に次いで2番目に透明度の高い湖だそうだ。湖畔にレストハウスがあり、手漕ぎボートを借りられる。あたりは静寂で、先ほどの地獄の風景とは一変した神秘の世界を体験することができる。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
砂丘の花
人類未踏の地。そんなものが現代のこの地球上にあるのだろうか。そんなことをぼんやり考えることがある。世界一高い山の頂上も、世界一深い海溝にも人類は到達した。ジャングルの中だってTVの映像としてお茶の間に届けられる時代だ。国土が狭い日本ならなおさら、誰も足を踏み入れたことのない土地などあるはずがない。
人間は新しい土地を見つけ、開拓し、風景を変えてゆく。環境的に厳しい場所でない限り、どこにでも人間が作った痕跡を見つけることができる。大自然を写した写真集を見ても人間が作った道があり、人間が植樹した森が広がっている。もし、まだ誰も足を踏み入れていない場所があったとしたら。そこはどんな風景なんだろう。
日本の国土から考えれば、そんな場所は原生林の奥のほうだけだろう。でも、僕が見たいのは森の中の景色ではない。広大な平原で、誰も住んでいない手付かずの土地があったとしたら・・・そんな場所はどこかの惑星に行かなければ見ることができないのだろう。ああ、そうなんだ。僕はどこか別の世界の「生命のある惑星」の風景が見たいのだ。
そんなことをぼんやり思い出したりしていたある日。どこの場所かは教えてあげられないが、広大な手付かずの砂丘に行くチャンスがあった。その場所はまさにどこかの惑星の風景を思わせるものだった。ここはほとんど誰も足を踏み入れることがない。長い海岸線沿いに大きな砂丘が広がり、誰でも行けそうな場所。でも誰も行けない。そういう場所なのだ。
砂丘一面に花が咲き、そこには誰の足跡も、誰かが作った道もない。天候のせいもあって、一面不思議な雰囲気に包まれている。もしも地球以外に似たような惑星があり、そこには知的生物が住んでいないのだとしたら。その惑星の海岸には、こんな風景が広がっているのかもしれない。僕はしばらくのあいだ、ステレオカメラを携えてこの星を探検した。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月28日 13:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
さようなら0系
去年の11月に0系新幹線が退役した。ついこのあいだのことのように思っていたが、時間が経つのは早いものだ。もう1年前の事になるのだ。僕の世代は、新幹線でイメージするのがどうしても0系になる。昭和39年に開業したときのスタイルから長く変わらず、僕たちが成長して修学旅行で乗ったのも0系だった。一番馴染みが深い。
それがなくなっちゃうと聞いたら急にさびしくなっちゃったのだ。山陽新幹線でこだまとして運行していたが、それももうすぐおしまいです。そう聞くと見に行かずにはいられない。さっそく運行ダイヤを調べ、リアリストをお供に駅に行った。
駅に到着し、入場券を購入して目的のホームに向かう。いちばんの見所は車輌の先頭だ。行き先表示を良く確かめて、先頭車両が停止する側のホームの端を目指す。もう既に、何人かの人が集まっている。最終運転の日までまだあるというのに、僕と同じような目的の人がいる。新幹線の到着時刻が近づくと、だんだんと人が増えてくる。到着直前の時刻になるとさらに増えている。事故が起きなければいいのだが、と心配になるほどの人数だ。心配をよそに、0系は無事到着した。
集まった人達に鉄道マニアという雰囲気はない。僕と同年代の人や、子供をつれて見に来た人が多い。みんな0系に愛着があるのだろう。愛嬌のある団子鼻といっしょに記念撮影をする人達でいっぱいだ。ここは終着駅ではないから、しばらく停車した後次の駅に向かって出発する。駅員が事故の起きないよう、見学者に安全誘導をし始め、出発の合図が鳴る。
赤いテールランプの残像を残し、0系は次の駅へと旅立ってしまった。それから何日かして、TVのニュースで最終運転の様子を放送していた。ああ、ほんとうになくなっちゃったとこの時実感した。どうせなら、見るだけじゃなくてもう一回乗っておいたらよかったかな、とも思ったけど、鉄道マニアというわけではない。最後に会うことが出来た。これで十分満足だ。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月26日 18:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
皆既日食ツアー
アフリカの話をもう少し。僕が行った日食旅行は個人で計画して行けるものではない。旅行代理店が天文の知識のあるスタッフと一緒に何年も前から計画を立てているのだ。皆既日食を見ることのできる日時、場所はきっちり決まっていて、人間の都合で変えることはできない。そこが安全なのか、天候はどの程度良いのか、どのように移動するのかなどを綿密に調べて計画を立てている。最近はだいぶ身近に感じられる皆既日食ツアーも、こうした地道な努力の上に成り立っている。
そんなわけで、一般の海外旅行に比べると割高である。割高であるからこそ、運悪く悪天候で日食が見られなかったときの保険を考えておかねばならない。ホントウに保険をかけるわけじゃない。日食以外の観光が充実しているかとか、オプショナルツアーの選択ができるかなどで、数あるツアーの中から自分が満足できそうなものを選ぶというわけだ。
僕が参加したツアーは最高だった。目的地はザンビアのルサカ。普通では行かない場所だ。そこまで数泊しながら移動するのだが、サファリパークやビクトリア大瀑布を見て回る。そこで宿泊したホテルがすごくイイ。どれも観光地として整備さているホテルを使ったのだが、ゲストが楽しめるよう配慮されている。移動の拠点とするにはもったいないぐらいなのだ。
ビクトリア大瀑布の近くで宿泊したときはホテルの庭園で昼食を取ったのだが、乾いたサバンナの風が心地よく、手入れが行き届いた庭園はそこにいるだけで癒される。料理はバイキング形式で供されたのだが、どの料理もすばらしくおいしかった。ふと気がつくとフルーツに虫が群れている。一瞬ぎょっとしたのだが、よく見るとミツバチだった。シロップを懸命に集めている。なんとも不思議な光景だった。ハチの食事の後に、フルーツは我々がおいしく頂いた。
皆既日食を見に行くのでなくてもいいから、もう一度行ってみたい。僕がかけた保険にはそう思わせる効果もあったのだ。


☆アフリカ旅行記は、また改めて続きをご紹介します☆
投稿者 sekiguchi : 2009年11月23日 21:02 | コメント (0) | トラックバック (0)
日食とお天気
さて、日食の話をもう少し。今年の7月に日本各地で見られた部分日食は皆さんの記憶にもまだ新しいことだろう。日食の当日、僕の住む町では天候が悪く、薄い雲が朝から広がっていた。こういう天文現象はお天気次第だ。だが、この日はかえってこれが幸いした。減光フィルターを使わなくても大きく欠けた太陽を見ることができたのだ。
何より感動したのは、薄暗くなった空の中、僅かの間だが空一面に広がる薄雲が幻想的に輝いているではないか。なぜか、地球が宇宙の中に浮かんでいる存在なのだと感じる風景だった。こういう風景は写真に撮るのが難しい。光の微妙な諧調は自分の眼で見て、記憶にしっかりと焼き付けるのがいちばんいい。僕はこのとき、写真を撮らなかった。
このときは天候が悪いにもかかわらず、それが幸いしたレアなケース。しかし、皆既日食を見るならば別である。お天気は最重要項目になる。確実に晴れてもらわねばならぬ。晴れでもわずかな雲が太陽にかかるだけで台無しである。
そういうわけで僕が2回目に行った皆既日食の場所は、乾季のアフリカ、サバンナの大地、ザンビアにしたのだ。現地に着くと雲が一つもない。深いブルーが頭上に広がっている。空気がどこまでも澄んでいる。夕日はぎらぎらと、強い光を放ちながら地平線に沈んでゆく。アフリカの雄大な大地とマッチして、ここにいるだけで気持ちが大きくなる。そういうわけで、僕は皆既日食をお天気の心配なく堪能したわけだが、ホントウに晴れるかは行ってみないとわからない。これってやっぱり、賭けだなぁ。
皆既日食を堪能した晩は現地でパーティが開かれた。現地の人がこの日のために特大のパンを焼いてくれていた。アフリカの大地の形をしている。うれしくなって、シェフと支配人を一緒にステレオ撮影した。支配人が写真を送って欲しいという。帰国後、早速ステレオビュアーと共に郵送したのだが。郵便事情が悪いのだろう。届かずに戻ってきてしまった。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月19日 23:21 | コメント (0) | トラックバック (0)
秋の一コマ
最近、秋が短くなっているような気がする。夏の暑い盛りから一気に冬に突入するようなずいぶんと乱暴な気候変化になっているのではないか。気のせいかな・・・。実りの秋とも言うが、木々が赤く染まり、木の実が大きくなり、草木の緑が黄色く変わってゆく変化を楽しむ。そんな日々がだんだんと短くなっているような気がするんだけど。気のせいかな・・・。
マクロカメラの活躍する季節は春から秋にかけてで、冬になると稼働率がガクンと落ちる。ストックしているフィルムの期限切れが迫って来るので、いつも秋になると慌てて古い順にフィルムを消費する羽目になる。とはいえ、この季節はフィールドに出るといろいろと被写体も多い。まさに実りの秋であり、じっくり観察するといろいろなものに出会うことができる。昆虫たちの姿がどんどんと減る中、ミツバチやハナアブたちは少ない花に群がって競って蜜を吸いに来る。ミツバチなど、冬を越すための食料集めに必死だ。陽だまりが暖かい時間帯は花の周りに沢山の羽音が響く。
他には植物たちがいっせいに実を付ける。種で冬を越し、春にまた新しい芽を出すためだ。種といっても小さな種。これが種なの?というものも、拡大してみると種なんである。たとえばススキ。ススキの穂は種の集合だ。種に細かい毛が生えていて、風に乗って遠くまで飛ぶのである。これをステレオ撮影すると面白い。普通の平面写真ではどうということはないが、立体になると細かい毛の一つ一つが独立した存在に見えるのだ。マクロステレオの醍醐味はこういうところにある。
さてさて、マクロステレオの季節もそろそろ終わり。これから寒い寒い冬がやってくる。小さな生き物たちはひっそりとどこかに隠れてしまうだろう。冬のあいだも何かいい被写体はないだろうか。霜柱なんかが題材としては面白いのだが。最近は昔ほど霜柱を見なくなったような気がする。気のせいかな・・・。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月13日 23:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
酉の市
11月の酉の日になると鷲神社でお祭りが開かれる。飾り熊手の露店が並ぶ酉の市である。このお祭り、全国的なものかと思ったら関東地方特有のものらしい。だが、関東以外でも熊手祭りとして開かれているものもあるようだ。このお祭りの季節が訪れると、もうすぐ年末だなぁ、と思う。酉の日を挟んで立冬があり、日が暮れるのが早いと実感する季節でもある。一の酉に浅草の鷲明神に出かけてみると、多くの露店が並び、夕暮れから電灯に照らされた飾り熊手が美しい。
このお祭り、浅草の鷲明神では特に多くの露天商が並ぶが、その他の鷲神社でもきれいな熊手が並べられる。幼少のころ父に連れられて、近所の神社で小さな熊手を買ってもらった記憶がよみがえる。懐かしさから一つ買ってみようか・・・熊手を買うときにはいったん値切っておいて、値切った分を御祝儀として差し出すのが粋である。こんな買い方を一度やってみたいものである。だが、次の年には一回り大きなものを買わねばならない。今回はちょっと遠慮させてもらおうかな。
さて、こういう風景はステレオで残すに限る。というわけでリアリストをお供に連れてきた。白熱電球に照らされた被写体の色温度は相当に低い。タングステンフィルムやフィルターを使う方法もあるが、僕はデイライトフィルムで補助光源にストロボを使う。ただし、カメラはエクターF2.8のモデルを選択した。エクターの方が暖色系の諧調が豊かだからだ。
カメラを構えながら沢山の露店を見て回る。店によって飾りに特徴があって面白い。カメラを持って出かけると、自分が「あちこち観察するモード」になっていることに気付く。カメラを持っているときの方が散策は楽しい。
今年の11月は酉の日が2回ある。つまり、酉の市も2回。仕事を終えて日が暮れてから行っても十分に楽しめる。暦によっては酉の日が3回ある年もあるが、その年は火事が多いと言われている。まあ、そうでなくとも火の用心。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月07日 01:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
日食の撮影
赤瀬川源平さんの本を読んだら、ステレオグラフィックでメキシコ皆既日食を撮影した顛末が書かれていた。これには驚いた。僕はその本を読む前に東欧に皆既日食を見に行っていたのだ。しかもリアリストを持って。しかも、ステレオならではの近景を取り込んだ太陽の撮影をしなかった。なんで日食を見に行く前に本を読まなかったのだ。何でステレオで撮らなかったのだ?
とは言え、皆既日食は素晴しかった。感動した。少し薄い雲を通しての皆既日食だったけど、それでも素晴しく美しかった。写真では表現できない、コロナの微妙なグラデーションは生の目で見るに限る。写真はおまけ。そうは言っても、おまけでもいいから、ちゃんとステレオで撮っていたらいいものになっていたんじゃないか。やっぱり、何で撮らなかったのだ?
皆既日食を一回見てしまうと、もう一回見たくなるらしい。自分もそうである。うす雲がかかっていたからとか、ステレオでちゃんと撮っていなかったからとか、いろいろ理由を見つけてもう一回いくのである。というわけでもう一回行った。場所はアフリカ。
二回目は、ちゃんとどんな撮影をするか決めて機材の準備をした。あれこれ手を広げすぎると良い結果は得られない。ステレオ以外にも望遠で撮影したが、これは中古のEOS10Dに任せた。インターバル撮影が無人でできるから、セットして全ておまかせ。太陽が全て隠れている時間は約3分間。この間はステレオ撮影と肉眼での鑑賞に専念するためだ。
それでも、ステレオ撮影より自分の眼で見ることが優先。撮影はあらかじめ段階露出の設定をして、枚数も決めておいた。それ以上は撮らない。欲張ると失敗する。効率を良くするため、2台のリアリストをそれぞれ三脚に乗せてレリーズを取り付ける。巻上げとチャージをして、2台同時にレリーズ。露出時間を変えてもう一回。これを何度も事前に練習して、体にリズムで覚えさせる。そうやって、そのときの感動がよみがえる写真が撮れた・・・そのうちまた、もう一回見に行くかも知れない。


(空の階調がうまく取り込めないので雰囲気だけでもお楽しみ下さい)
投稿者 sekiguchi : 2009年10月30日 23:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
モーターショー
幕張にて隔年で開かれる東京モーターショーは、自動車メーカー各社の最先端技術を見ることができる。どこのブースも工夫を凝らした展示やパフォーマンスがされていて面白い。毎回楽しみにしていたのだが、景気低迷の世の中に突入して以来、近未来的な夢のある車の展示がずいぶんと減ってちょっと寂しくなってしまった。今年の出展会社もだいぶ減るようである。そんなわけでここ何年も行っていない。お祭り好きの僕としては、こういうイベントは派手であって欲しい。
さて、ピカピカに磨かれたカッコイイ車をステレオで撮るとこれがとてもイイのであるが、屋内の展示であるし、多種類の照明が光源になっている環境では撮影が難しいと感じる人も多いだろう。実際にはそれほど迷うことはなく、普通のデイライトタイプのフィルムを使い、ストロボを補助光源にすればカラーバランスを崩すことなくよい結果が得られる。人工的な光源だからということでタングステンタイプのフィルムを使うと不自然に青みが強くなってしまう。ハロゲンランプなど色温度が高めの光源が多いのでデイライトタイプのほうがマッチするのだ。
ステレオで撮影して気付くのが、車のボディに反射する光源の光点は左右の目で大きな視差があり、ちらつきという形でメタリックな質感が伝わってくる。普通の平面写真になるとこの光点はただの白い点として表現されてしまうのだが、ステレオではキラキラと光って見えるのだ。会場の臨場感が伝わってきて、写真として非常に面白い仕上がりになる。
こういうイベントにはコンパニオンのおねいさんがタクサンいて、カメラ小僧さんたちもタクサンいる。この状況で撮影するというのもそれはそれで面白いんだけど、ちょっと気恥ずかしいものでもある。だからこういうイベントはパーッとお祭りの雰囲気にして欲しいわけだ。世界経済がリーマンショックから立ち直り、早々に活況を呈するよう心から願っている。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月23日 23:12 | コメント (0) | トラックバック (0)
モノクロスライド
ポジフィルムでステレオ鑑賞する、この方法は一番臨場感がある。ポジフィルムと一口に言ってもいろいろな銘柄があるけど、フィルムによって色の出方とかコントラストが違う。普段使い慣れているものから別の銘柄に変えると、新しい描写に感動したり、逆にがっかりということもある。自分の感覚にあったフィルムが見つかると撮影も楽しい。
カラー写真だけでなく、モノクロの世界というのも味わいがある。だけど、モノクロのポジフィルムというのはかなり特殊な分野になるみたいだ。かつてはアグファからスカーラ200が発売されていた。感度設定がある程度自由にできて、現像のときに感度指定をする。専用の現像プロセスだから普通のリバーサル現像とは一緒にできない。料金も割高だった。
このフィルムを使って何回かステレオ撮影をしたけど、その仕上がりにはちょっと癖になりそうなところがあった。カラーにはない感動がある。次はどんな題材で撮ろうかと考えているうちにフィルム販売と現像受付が終了してしまった。そんなわけで今でも我が家の冷蔵庫には4本のスカーラたちが寝ている。
今でも海外のどこかでスカーラの現像をしているという噂も聞く。そんな気の遠くなるような手間をなくしてモノクロポジで撮れないだろうか。普通にネガで撮り、ネガフィルムにコンタクトプリントしてポジを得る。最もオーソドックスな方法だけど、これも手間がかかるし画質がどうしても劣化する。モノクロネガを現像の段階で反転する方法もある。だけど廃液の処理が面倒な危険な薬品が必要だ。環境にやさしく、安全な方法はないものか。
さらに深く調べると、モノクロ現像でポジが得られるフィルムがある。ローライスライドダイレクト。ヨーロッパで売られているらしいが国内ではまだ販売されていない。あまり情報がないのだけど、早く入手できる環境になって欲しいものだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月17日 00:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
日付機能
今では当たり前の、写真に日付を写しこむシステム。世の中に登場したときは新鮮だった。フィルムの場合、初めの頃の写しこみ方法は、フィルムの裏からランプで照射していた。だから日付の色調も黄色もしくは赤に近い文字だった。これがしばらくすると、フィルム巻上げのときに連動してフィルムの表からドットの点滅で照射するものにまでなった。
一眼レフ用の初期のものはシンクロ接点を利用してランプを発光させ、マスクを通してフィルムの裏から文字を写しこむものだった。レリーズと同時に映し込むことができるので、小さなアナログ時計を組み込んで撮影時の時・分・秒が記録できるものまであった。いずれも裏蓋を交換して使う。
リアリストのほか、多くのステレオカメラは裏蓋が取り外し式だ。ここをうまく改造したら、フィルムの裏から文字を写しこめるシステムができるんじゃないだろうか。左右の画面の両方に同じように入れるとなると、かなり面倒くさい改造になる。こんなアホなことを考えているが、まだ実行していない。
デジタルなら何でもありなんだろうけど、制限のあるフィルムだからあれこれ考えるところに面白さがある。だいぶ前になるが、「こち亀」で両津勘吉巡査が「写ルンです」の中に細工をし、文字が写しこめるようにする話があったように思う。この話は面白かった。もう一回読もうと思っても、コミックスの何巻に収録されているのかわからない。「こち亀」ではステレオカメラが出てくる話もあった。これは何巻だったかな。何しろ160巻を越えているから探すのは大変だ。
次はどんなことができるかなと、工夫するのはとても面白い。なんでも簡単に済ませてしまうのでは面白くない。漫画みたいな自由な発想は、新しいアイデアを創造する方法の一つだ。
PENTAX MXのダイヤルデータバック。年のダイヤルは’88までしかない。
投稿者 sekiguchi : 2009年10月09日 23:40 | コメント (0) | トラックバック (0)
フィルムの調達
今から20年ほど前、僕がまだステレオカメラを持っていなかった頃、ほんの少しだけ北海道の某地方都市に住んでいたことがある。当時は6×7判のプラウベルマキナに凝っていて、リバーサルフィルムで大自然を撮影することが楽しみだった。ブローニーのリバーサルなんて札幌に行かなければ買えないので、近所の写真屋さんにあらかじめ頼んでおいて、やっと一週間後に届くという状況だった。現像だって札幌送りだから一週間以上かかる。これが当たり前だった。
あるとき、富良野や美瑛の大自然を撮りに行こうと、機材を車に積んで一人旅に出かけた。宿は行き当たりばったりで決める気ままな旅である。雄大な大自然と美しい風景に、ついシャッターの回数が多くなる。120のブローニーしか使えないマキナ670は、1ロール10カットしか撮影できない。あっという間に手持ちのフィルムを使い切った。しまった!もっと買っておくんだった。とりあえず写真屋に行けばネガフィルムぐらいはあるかもしれない。そう思って美瑛の国道沿いの小さな写真店に飛び込んだ。小さな店だったが、ブローニーを置いてあるか?と聞くとあると言う。リバーサルは?と聞くと、何本ですかとたずねられた。驚いた。多くの写真家が撮影に来るので、主要なフィルムは豊富に置いてあるのだ。
同じようなことが昔、ハンガリーで。うっかり予備のフィルムをホテルに置いたままステレオ撮影の散歩に出かけた。戻るのも面倒なので、たまたま通りにあった小さな写真店に飛び込んだ。英語が通じない。リバーサル、スライドと言っても通じない。ポジフィルムと言ってようやく通じ、今は無きコニカのフィルムが出てきた。やっぱり外国人はポジをよく使うのだろうか、と思った。需要のあるところにはちゃんと置いてあるものなのだ。それにしても、このときのコニカのフィルムは地味な発色で粒子が粗かったなぁ。手に入らなくなっちゃうと、無性に懐かしくてまた使いたくなってしまうものだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月03日 21:40 | コメント (0) | トラックバック (0)
ミツバチを撮る
マクロステレオカメラを自作して、初めて撮影した昆虫がミツバチだった。ミツバチはご存知の通り毒針を持っている。刺されるのではないかと恐れる人も多いが、蜜を吸っている蜂が何もしない人間をいきなり襲うことは少ないようだ。花に集まるミツバチは忙しそうに花の蜜を集めている。カメラを構えて近づく。刺されないように、なんにもしませんよーと、そーっと近づく。ストロボを発光させても驚くふうも無い。
初めのうちの撮影は花に留まって蜜を吸っているところを撮る。だんだん、飛んでいるところを撮りたくなってくる。だが、すばやく飛翔するミツバチをファインダーで追いかけるのは至難の業だ。とてもうまくいくものではない。そこで、夢中に蜜を吸っているところを近づいて、フォーカスを合わせて待つ。そのうち次の花に向かって飛び立つので、その瞬間にシャッターを押すのだ。こうすると飛翔している姿を撮影することができる。ミツバチというのは、一つの花を仲良く一緒に吸うということは無いらしい。他のハチが近づくと飛び立つ。この瞬間を狙うと、2匹のハチを一緒に写すことができる。
そんな感じで撮影を楽しんでいたが、あるとき偶然にもある養蜂家のご好意で巣箱の中のハチを撮影させていただいた。いわゆる網付きの帽子とかの防具も無く、丸腰の状態で撮影に望んだのだ。自作のマクロカメラは約30cm先のものに合焦する。煙で燻して刺されないようにしているとはいえ、さすがにこのときは近づくのが怖かった。なんにもしませんよーと念じながら数枚を撮った。その中には女王蜂のショットもあった。なかなかできない体験であった。
ミツバチというのは社会性の高い昆虫で、その生態は古くから研究されている。フィールドで蜜を吸っているのを見ても感じられないが、巣箱の中でせっせと動き回る彼女ら(働き蜂は全部メス)の社会はとても不思議な魅力に満ちている。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月28日 00:06 | コメント (0) | トラックバック (0)
下北半島にて
本州の最北、マサカリ形をした半島が青森県の下北半島である。ここで有名なのが霊山、恐山である。ここにはいろいろと不思議な地形があることが紹介されていて、一度は行ってみたいと思っていた。ここは地質学的にも貴重なものがある火山地帯なのである。リアリストをお供に、一人でレンタカーを借りて訪れた。
山道を登ってゆくと宇曽利湖にたどり着き視界が開ける。この湖は火山性の成分のため酸性度の高い水質になっていて、湖面の色が普通の湖とは違う。コバルトブルーに輝いて美しいが、普通の生物が棲めない水質なのだ。いわゆる恐山には菩提寺から入るのだが、訪れる人もまばらで、一歩踏み入れると不思議な雰囲気に包まれている。奥に進むと硫化水素臭がたちこめ、火山特有の地形が広がる。あちこちの地面から噴気が出ている様から、昔の人は死後の世界を想像したのだろう。
菩提寺の境内には入浴のできる温泉があり、この中の古滝の湯に入ってみた。木造の小さな温泉小屋の雰囲気がいい。誰もいないのでこの雰囲気を撮影させていただき、ゆっくりと湯に浸かった。火山性の温泉特有の硫化水素含有泉、強い酸性の湯が心地よい。のんびりしていると、引き戸を開ける音がする。地元の人が入りに来たのだ。さらにのんびり、大地のパワーを身に浴びているうちに、その地元の人は出て行ってしまった。僕はどちらかというと長風呂派なのである。しばらくするとまた入り口の引き戸が開く音がする。また地元の人か?と思ったが誰も入ってこない。脱衣所を覗いても誰もいない。はて、死者の霊か?と思いつつ引き戸をよく調べると、少し傾いている。ちょっとしたことで開き易くなっていたのだ。
・・・はて、引き戸を開いた「ちょっとしたこと」とは何だろう。やはり?まあ、そんなこともあるかもしれない。フィルムを現像して、何か写っているだろうかと期待したんだが。見える人には見えるのだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月18日 00:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント職人への道
たかがマウント。されどマウント。台紙に挟めばとりあえず立体に見える。しかし、二つの画面の位置関係とか、構図の調整で見栄えがまったく変わってしまう。僕が初めてマウントしたものをあらためてみて見ると、ステレオウインドウがめちゃくちゃだったりする。でも、初めのころはそんなの気にならなかった。立体に見えることのインパクトのほうが大きくて、少々の欠陥は見逃しちゃうのだ。
だけどしばらく自分でやっていると、マウントのときの画面調整で表現自体も変わってくることに気がつく。これは一つの作品作りの一工程であって、他人任せじゃだめなんだ。機械でオートマチックにやったんじゃだめ。だからコダックがマウントサービスをやっていた頃も、値段も理由にあるけど依頼したことはなかった。
マウント作業で一番厄介なのが、ごく近い距離にある被写体を撮影した場合だ。ステレオウインドウがうまく作れなくなる。解決する方法は、マウントの窓の幅を小さくする。昔は、ハーフサイズ用のマウント台紙を使って解決していた。今はマウントが自作できるからどんなものも作ることができる。
マウント作成の自由度は広がったけど、作業は面倒な部分も出てきた。より使いやすいマウント、作業がしやすく疲れないマウント、まだまだ改良しなければならない。これが完成形だと思っていても、しばらく使っていると改善しなければならない部分が見えてくる。ヒートシールの紙とか、新しい素材が手に入っても新しいアイデアが生まれるだろう。
そんなわけで、マウント作業の職人を目指していたつもりが、マウント自体を改良するに至ってしまった。いったい、どこまで突き詰めれば良いのだろう。片方の眉を剃って山篭りでもすれば答えが見つかるのかもしれない。

△ebeyで手に入れたスチール製マウント
(使い方が今ひとつ不明)
●● これからもさまざまな話題で登場いたします。どうぞヨロシク。 ●●
投稿者 sekiguchi : 2009年09月11日 23:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
新型マウント・大地に立つ
再び、ここは前線に立つリアリスト部隊である。備蓄のマウントは日々少なくなっている。
伍長:隊長殿、補給部隊から新しいマウントが届きました。輸入品ではなく、新たに作ったそうです。
軍曹:おお!成功したのか。それにしても・・・今度のはずいぶんと変わった形をしているな。
伍長:糊で貼り合わせるマウントですから、作業性を考慮してノリシロを分割したそうです。
軍曹:4辺を内側に折り込むのか。これなら面がフラットになるな。材料は事務用品の個別ホルダーか?
伍長:はい。厚い材料をカットするため、窓のところはカッターを3回走らせて切り抜いています。
軍曹:ということは、当初の設備で加工が成功したんだな。
伍長:設備投資の費用も含めて、1枚あたり9円のコストだそうです。この程度なら気軽に使えます。
軍曹:これで近接用、ヨーロピアン用も含めて自由に作ることができるのは心強い。作戦は成功だ!
こうしてリアリスト防衛軍は戦略物資を自ら作り出すことに成功した。今回の成功の最大の鍵は、クラフトロボで厚紙を切断する工夫ができたことにある。カット線を往復させると厚い紙もカットできることが研究の結果わかったのである。A4サイズの事務用品は大量に作られているため、探せば安価なものが手に入るし、供給も安定している。糊は試作結果でウレタン系のコクヨ・パワープリットか、PVP系ならトンボ鉛筆のピットハイパワーがよい。近年の糊は、接着剤と呼んだほうが相応しいほど新しい技術が導入されている。このほかにも数々の工夫を盛り込んでマウント加工の体制を確立した。幾多の困難が立ちはだかろうとも、微かに光るインスピレーションを大切にすれば解決することができるのだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月06日 13:35 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント開発
ここはリアリスト研究所にある特務機関の一室である。マウントを自給できる体制を確立するのだが、次のような大前提のもとに研究を進めている。まず、機材や材料は特別なものではなく、一般に流通しているものから簡便に調達できること。次に、1枚あたりのコストが10円程度になること。コストといっても、販売を目的としないので自分の作業費はタダとしておく。加工機械の償却費も合わせて従来のヒートシール紙マウントと同じぐらいの費用負担になることを目指す。
まず、加工機械としてグラフテック社のクラフトロボ(CC200-20)を導入した。オープン価格であるが、市場価格は24,000円前後といったところ。5千枚のマウントを加工すれば投資分は1枚当たり5円を切る。材料は1枚20円程度のA4サイズ厚紙を使い、ここから4枚のマウントが取れればトータルで1枚10円以下になる。
他の高グレードのマシンであれば厚紙でも自由に切れるのだろうが、それではあまりに初期投資が大きすぎる。安価なマシンを選定したのだがその能力はどうか。これが最大の課題である。テストカットの結果、加工のスピードと精度は十分なレベルにあるものの、マウントに最適な厚紙は切り抜けないことが判明した。対策として切断可能なケント紙を分割して加工し、重ね貼りで強度を出すことを試みた。しかし糊付けの手間が増え、作業性が非常に悪い。
加工が簡単でかつ貼り合わせがやりやすいこと、A4用紙からなるべく多く作れることといった問題が重なり合って解決の糸口が見えない。新しい展開図を作り、切断加工して試作、変更してまた試作をするという行為が続く。この方法では不可能かもしれないと諦めかけたこともある。厚紙を切り抜くことさえできればいいのだが。やはり高グレードの機械を導入しなおすしかないのだろうか。苦悶の日々が続く。さて、実用的なマウントは完成するのだろうか。(つづく)

投稿者 sekiguchi : 2009年09月03日 23:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント製造作戦会議
ここはリアリスト防衛軍の作戦参謀室である。重要戦略物資である、ヒートシール紙マウントが枯渇の危機にあることが判明し、徹夜の作戦会議が続けられている。参謀たちの疲労もピークに達している。しかし、前線に物資を届けなければ全体の士気に関わるのだ。負けるわけにはいかない。課題はいかにして自前で製造体制を構築できるか、である。
中尉:加工方法はともかく、ベースとなる紙の種類を決めなければなりません。入手性も考慮したほうがいい。
少佐:中尉の意見に賛成だ。しかし、市販のケント紙では強度不足であることが判明している。どうする?
中尉:入手性と価格の点から、事務用品の個別ホルダーが最適の材質です。後は加工方法が・・・。
少佐:やはりダイ&パンチ方式か。あれは型の作製に費用がかかりすぎる。後から変更もきかないんだぞ。
中尉:似たような型抜き式のものに家庭用のがありますが、型は特注になりますね。実用的といえるかどうか。
行き詰まったとき、見方に強力な諜報機関がいる。その名はヤフー。さあ、今こそ力を発揮するのだ、ヤフーよ。
というわけでさっそく検索したがマウント自作の有力な情報はない。いざというときに役に立たない一面も持っている。
途方にくれていると、検索でカッティングプロッタというパソコン周辺機器がヒットした。ホビーレベルの安価な設定の機種もある。デザインした図案の通りにカッターが紙の上を走り、高速かつ正確に切り抜いてくれるマシンである。ただ、あまり厚い紙は切れないらしい。どこまで能力があるのか。果たしてわれらの新しき工廠として活躍してくれるのだろうか。
とにかく、加工の自由度と初期投資のバランスからしてカッティングプロッタで加工技術を確立することが最善の方策であろうという結論に達した。さっそく作戦本部に上申し、試作作戦を展開することとする。作戦行動開始!

△導入した最新鋭工作機械
投稿者 sekiguchi : 2009年08月30日 01:09 | コメント (0) | トラックバック (0)
緊急入電!製造停止!
ここは前線に位置するリアリスト部隊である。戦闘に必要な物資は補給部隊の支援を得なければならない。
伍長:隊長殿、そろそろマウントを補給しないと備蓄が枯渇してしまいます。あと200ほどしかありません。
軍曹:よし、いつものように海外通販で購入したまえ。今回は2箱、2500枚を船便で輸送させよう。
伍長:了解!・・・隊長殿!海外通販のサイトに物品が出ていません!まさか・・・
軍曹:慌てるな。先方に状況確認をするのだ。メールだ。緊急打電したまえ。
伍長:返信が来ました。読みます。「セイゾウガイシャ、トウサン。キカイフルク、セイゾウサイカイノメドナシ」
何だって!?・・・隊長の脳裏にあった一抹の不安が、いま現実になったことを知らせる電流が走った。
とうとう来たか。それにしても早かったな。いつかは来ると思っていたよ。最近補給されるマウントときたら窓の切り口に毛羽立ちがあったからな。だからマウントのたびに窓の毛羽立ちをサンドペーパーで除去していたんだ。あれは明らかに打ち抜き型のパンチがすり減っている証拠だった。マウントの製造部隊は疲弊していたに違いない。
思えば、8年前は紙マウントの接着部分が濃いグリーンで遮光の点でも優れ、窓もきれいに切られた使いやすいものだった。それがいつの間にか接着部分が水色になり、角窓の切り口に毛羽立ちが目立つようになり、そして送られてくるものが長く在庫していたような感じのものになっていった。それでも、このマウントが無いと困る。在庫を確保しなければ。
伍長:隊長殿、どこも在庫が無いようです。1カ所だけ在庫を持っていましたが、価格が高騰しています。
ううむ。高値でわずかな在庫を掴んでもこの前線の維持は続かない。やはり自前の工廠が必要か。
(次回作戦行動を待て)
△1250枚入 リアリストマウントの箱の表示
投稿者 sekiguchi : 2009年08月28日 23:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
第1回マウント製造計画の頓挫
約10年前、僕がはじめてリアリストを手に入れたとき、マウントのことはあまり重要に考えなかった。あのころはコダックの現像所がマウント仕上げのサービスをしていたけど、これを使うことも考えていなかった。理由は料金が高かったから。出だしから金をかけすぎる趣味は長続きしない。今はなきマウントサービス、僕は一度も利用したことがないのだ。
実は、どこかにマウントが売っていると思っていた。ダイヤモンドカメラに束でスリップイン式のマウント台紙(コマを台紙のスリットに差し入れてセットするタイプ)が売っているのを見つけたけど、使いづらそうだったから買わなかった。他の店ではどうかな?と、有楽町、銀座、新橋、新宿の老舗の中古カメラ店を覗くと、意外にもステレオカメラが多く陳列されている。だけどマウントが置いていない。いろいろ回ってやっと、新橋のお店でとても古いヒートシール紙マウントが30枚程度置いてあるのを見つけた。値札が無かったけど500円で譲ってもらったのを覚えている。
売っていないのなら、これを参考にして自作しよう。というのが初めのモクロミだった。厚紙をカッターで切ればいいのだ。直線だけだからカンタン・カンタン。と思ったら、こいつが予想以上に難しい。「まっすぐにしかも寸法を正確に」ということが難しい。四角い穴を正確に切り抜き、切り口が毛羽立たないようにするなど至難の業だ。角がうまく切れない。薄い紙なら何とかなるが、それではマウントとして役に立たない。ある程度厚さのある、丈夫な紙で作るから意味があるのだ。結局、カッターとはさみで大量に作ることは人間の能力の限界を超えていることが明らかとなり、計画は頓挫した。
この後海外通販で購入できることを知り、ヒートシールの紙マウントの大量購入で低コストな写真ライフを実現させていた。しかし今、再びマウントを作らねばならない時が来ている。

△スリップインマウント(ハーフサイズ)
投稿者 sekiguchi : 2009年08月24日 22:58 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウントの危機
僕はマウント台紙を海外から買っている。ヒートシールの紙マウントを箱で買っている。いろいろ検討した結果、この方法が1枚当たりのコストを最も低くすることができるのだ。少ないお金で最大限の楽しみを得たい。こういう考え方はケチではありませんよ。費用対効果というモノの考え方。「金ならある。一番高いものもってこい!」的な方法で最大の満足を得ようとするお方もいらっしゃる。なるべく安くね的な努力というのもそれはそれで楽しみの一つだと思うのだけど。
とは言え「もう売ってないよ」となるとお金で解決できない状況になる。ステレオマウントなんていう、流通量がどう考えても少ないものがいつまでも売っているだろうか?という疑問は常に頭の片隅にあった。そんな現実がやってきた。
海外通販マーケットの変化に気付いたのは、そろそろマウントのストックが尽きたなぁということで、新たに発注しようとしたときだった。通販サイトのカタログ欄にいつものモノが無い。あわててメールで問い合わせると、それを作っていた会社が倒産しただとか、古い機械で作っていたが、機械が壊れたのでこの先の目処が立たないとか悲惨な情報しか入ってこない。とりあえず在庫が残っているのを売りますとのこと。だけどもう値段が上がっている。そんな状況になってだいぶ経つ。
まだ今のところは「高くてもいいからもってこい」で済む状態だ。今まで使っていたものじゃなくても、少々単価が高い別のマウントでも何とかなる状態である。でも、これって僕にとっては楽しい状況じゃない。安く上げる努力が楽しいのだ。
僕がはじめてステレオカメラを手に入れたときは、マウント台紙をどうやって手に入れようかなんて考えていなかった。売っている所さえ知らなかった。紙を手作業でカットしても何とかなるさ、ぐらいに考えていた。でも実際にやってみると手作業では難しい。それを克服して自給体制を作る、というのがこの危機の脱出方法だろう。そんな話をこれから連載します。

△定番 ヒートシール紙マウント
投稿者 sekiguchi : 2009年08月22日 21:54 | コメント (0) | トラックバック (0)
そろそろ改名か?
僕がステレオを始めてからまだ10年と経ってはいない。ステレオの諸先輩から見ればまだまだヒヨッコである。とはいえ、銀塩ステレオ沼のずいぶん深いところまで来たんじゃないかとも感じている(銀塩沼にはまって抜け出せないとも言うか)。まだまだ緒先輩にはかなわない所がありながら、このようなコラムを書いて叱責をいただいていないというのは運が良いのか、皆様が寛大なのか。えっ?あまり読まれていない?
それはともかく、地方に引越し、STEREO CLUB TOKYOの例会に参加できなくなったことを契機に始めたこのコラム、好き勝手に書かせていただき感謝しています。はじめはリアリストの分解を写真入りで紹介するだけと思っていたんだけど、ちょっと欲が出て色々書いていたらこんな風になってしまった(笑)。
そろそろ「解剖室」という名前にそぐわなくなってきたので、タイトルを変えましょうか?岡野サン。えーと。何にしようかな。リアリスト探検隊。。。どっかで聞いたような。ステレオリアリストとヒミツの部屋。。。第2巻かよ。リアリスト友の会。。。なんだかなあ。
もう世の中デジタルだらけになって、リアリストがどうとか言ってる場合じゃないな。これはですね、フィルム文化の危機ですよ。もうね、銀塩写真とか、フィルムを使ったステレオ写真とか、そんな話題はここしかない、ってな貴重なコラムにしたいですね。というかそうしなきゃいかんのですよ。(なんでやねん)
というわけで、次回から「リアリスト解剖室」改め、「古典芸能の部屋」といたします(ウソ)。まあ、これからもぼちぼち書きますのでよろしく。

平行法でご覧下さい。
投稿者 sekiguchi : 2009年08月20日 00:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
続・旅カメラ
一度ステレオを旅行に持ってゆくと普通の2Dにはなかなか戻れない。普通のプリント写真が物足りないものになってしまう。プリントが必要な場合だってあるが、ステレオの片方でプリントを作ることだってできる。そんなわけで、望遠とか超広角で撮影する目的がない限り2Dのカメラが旅についてくることがなくなってしまった。とはいえ、古いカメラゆえ旅先で調子が悪くなると、とってもとっても困る。銀座の中古カメラ店でリアリストを買うときも、「旅行で使うにはちょっと心配だよ」と不吉な予言を言われた。クラシックだから壊れやすいんじゃないかと、やっぱり不安になる。
でも、壊れて困るのはクラシックでもデジカメでも同じだ。どのぐらいの頻度で故障が発生するのかという問題は、実は機械モノの世界では難しいテーマである。メンテナンスがきちんとされた状態でどちらの故障発生率が低いか?というのは一つの学問になる。実際にそういうことを専門にしている博士もいらっしゃる。
リアリストの場合は機械がそれほど複雑ではないから、故障がおきても原因の見当をつけやすい。そんなわけで僕は、旅行の時には精密ドライバーのセットも持って行く。飛行機の機内持込はできないので、トランクの荷物の中に入れておく。メンテナンスをマスターしておくと、ドライバーを持っているだけで心強い。これさえあればたいていのトラブルには対処できるからだ。実際に軽いトラブルに遭遇したときも慌てることはなかった。これが複雑なカメラで、しかも電気カラクリだと故障した場合の落胆は大きいだろうな。
リアリストはのんびり撮るのに向いているが、アフリカのサファリで動物を追いながらバリバリ撮る時にはちょっと工夫した。巻き上げとシャッターの動作は訓練で素早く行うことはできるけど、フィルム交換に時間がかかる。僕はこのような時、同じモデルを2台持ってゆくことにしている。撮影しながらもう1台のフィルム交換をすることで連続撮影ができる。前に紹介した巻き戻しのアタッチメントは必需品だ。大変なようだけど、この方法でシャッターチャンスを逃がしたことはない。
▼ビュアーで見る迫力が再現できませんけど。平行法でどうぞ。



投稿者 sekiguchi : 2008年06月07日 13:29 | コメント (0) | トラックバック (0)
旅カメラ
知らない土地を撮り歩く、たとえば海外旅行なんかに持ってゆくカメラは何がいいだろう。荷物をなるべく減らし、フットワークを軽くすると見知らぬ街のいろいろなところが見えてくる。そんな発見を撮りためるためにカメラはなるべく携帯に便利な方がいい。最近は薄型のデジカメが人気だろう。電池とメモリーさえ確保しておけば良いし、なんといっても空港のX線検査を心配しなくていいのはフィルムには望めない大きなメリットだ。しかしステレオで撮りたいとなると難しい。ステレオ専用のデジカメはまだ世に出現していない。2台をブラケットでつないだ装置を使うにしても携帯性が良いとは言い難い。
僕は、東欧旅行のお供にリアリストを選んだことがステレオの始まりだった。重量は少々あるが、レンズカバーを閉じればバッグの中に放り込んでおけるし、各部のデザインがフラットだから意外にも収まりがいい。カメラ操作はスローペースになるけど、散策しながら撮影するにはこれがちょうどいい。街の人々に声をかけて撮らせてもらったりもした。なぜか断られることもなく、みな良い表情だった。たぶん二つの目玉が愛らしい(?)カメラだからじゃないか、と勝手に思っている。クラシックカメラだから撮られる緊張がないというのもあるかな。朝から歩いて昼頃までに1本撮り終えると、古い街並みに古いカメラが馴染んでいる気がした。
旅行から帰ると膨大なマウント作業が待っていたのだけれど、マウントしながら街の空気のにおいが甦ってきた。作業もゆっくりゆっくり、観賞を兼ねてやるとこれもなかなか楽しい。旅行にカメラはつきものだが、うっかりすると撮るのに夢中で何も見ていなかったということになりかねない。そういう理由で、旅行でカメラを持たない人もいるらしい。でもリアリストの面白いところは、撮っている時の記憶を鮮明に甦らせてくれる。自分の見たままの景色が記録されるのだからね。というわけで、リアリストは旅行にお勧めの1台です。
▼ビュアーで見る迫力が再現できませんけど。平行法でどうぞ。



投稿者 sekiguchi : 2008年06月01日 12:53 | コメント (0) | トラックバック (0)
リアリストの梨地再生
他のカメラのひみつを探ってきたが、もう一度リアリストを手に取ってみよう。と思って棚から取り出すと、なんとトップカバーの銀梨地一面に不穏な斑点がタクサン!
保管の方法が悪かったのかな?…いや、海に行ったあときれいに拭いておかなかったからか?…後悔しても後の祭りである。斑点は錆のようなものみたいで、アルコールやクリーナーでは取れない。よく観察すると、場所によってはメッキ下地の銅が腐食して緑色の錆も浮き出ている。まいったナぁ。銀梨地の再生は難しいのである。メッキをし直すとしても、クロムメッキは難しい。良い子が使ってはいけない薬品が必要だし、素人が勉強して出来るほど簡単ではない。比較的簡単なメッキとしてはニッケルメッキがある。処理薬品も市販されている。でもニッケルメッキは柔らかい。それに比べクロムメッキはとても硬いのである。
ン?硬いのなら多少コンパウンドでこすっても剥がれないかな?リアリストのメッキは厚めでもあるし。というわけで、自動車用コンパウンドの荒目で丁寧にこすってみた。すると簡単に斑点が消えるではないか。おまけに梨地の光沢はヘンになるどころか作られた当時の上品な光沢が蘇った。汚れもすっかり落ちて見違えるようになった。
こうなるとノブのローレットの汚れも目立ってくる。溝の一つ一つを楊枝でこすってみる。苦労の割にきれいにならない。では奥の手。ノブを取り外してキッチン用の漂白剤に浸ける。ケチらずに2時間ほど放置して、ブラシでこする。これまた見違えるほどきれいになった。加工の刃物の跡まで見えるほど光っている。
一部、黒い文字の塗料が落ちてしまったのでプラモデル用のエナメル塗料で補修した。針のように削った楊枝で塗る。少々はみ出しても良い。半乾きのうちにペーパーでぬぐうと溝だけに塗料が残る。
まねしても良いけど、コンパウンドは注意深くこすってね。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月24日 20:51 | コメント (0) | トラックバック (0)
マクロステレオ(後編)
肝心のレンズが決まっていなかったが、何とかなるかな?ぐらいにしか考えていなかった。ネットで諸先輩の製作例などを拝見すると「写るんです」のレンズを使われている方々もいらっしゃる。そんなのがないかなとカメラ屋に立ち寄ると、ジャンクカメラがカゴいっぱいに積んであった。1台200円也。これはと思い、てきとうにコンパクト機をペアで数台購入。さっそく分解する。38mm/F2.8のレンズユニットがペアで入手できた。
ただし、これをマミヤに取り付けるとフランジバックが長いので高倍率になりすぎる。どうやって倍率を下げるか?、画質を落とさないようにする方法は?、左右画面の仕切りは?、絞りの取り付けは?、絞って暗くなったファインダーでのピント確認方法は?、ストロボの光量設定は?とか、とか、とか。。。課題は盛りだくさん。
課題は多いが、一つ一つクリアしながら組み立ててゆく楽しみがある。問題を解決するたび目標に近づいてゆくのが分かる。完成間近には桜が咲き始め、テスト撮影に最適な季節が到来した。ボロくてジャンク寸前だったマミヤ645が、世界で一台の試作カメラとして生まれ変わったのである。
さて、フィールドに出てみるとちょうど菜の花が咲き、たくさんのミツバチが飛んでいた。ファインダーは暗いがフォーカス確認の秘策がある。静止しているものならまず外さない。1本撮り終えてさっそく現像に出す。さて、結果は・・・。
ファインダーで確認した通りの構図で記録されている。ルーペで確認すると、心配だった解像度はミツバチの体毛が分離できるほど高い解像度が出ている。隅々まで均一な画質で、アウトフォーカスも素直なボケ。マミヤ645はタテ走りシャッターなので左右の画面でタイムラグがない。ミツバチの羽ばたきをしっかり捕らえる事ができた。リアリストマウントに仕上げて鑑賞すると、ビュアーの奥に緻密な、小さな世界が広がる。
近接立体画像撮影装置の完成である。残念ながら量産化の計画はありません。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月17日 10:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
マクロステレオ(前編)
立体写真の中でも、花や虫などの小さな世界を写したものは非日常を楽しめる。とても面白い。これを撮影するには、ステレオベースを短くしてマクロレンズを装着したカメラが必要だが、これが世の中にあまりない。リアリストのボディをベースにしたマクロリアリストがあるが、中古マーケット価格は異常に高い。おまけに目測で撮影しなければならない。飛び回る昆虫を追いかけながら撮影するにはチョット無理がある。マクロ撮影ではごく薄い被写界深度の中で、構図とピントの確実な確認をしなければ満足する結果は得られにくい。どんなに高価なカメラでも自分の目的に合わないのならば意味がない。
というわけで、マクロ専用のカメラを自作することにした。世の中に使いやすいものがないのなら、作ってしまえということで、まず次の7つの項目をコンセプトとして立てた。
1.飛び回るミツバチが手持ちで撮影できること。
2.構図とピントが確認できるよう、一眼レフボディをベースにする。
3.リアリストマウントが使える画面サイズは最低確保する。
4.被写界深度を浅くしすぎないため、倍率はある程度控え目でもいい。
5.絞りはある程度絞った状態で固定にし、ストロボ撮影を前提にする。
6.画質は妥協しない。
7.なるべく安く作る。
ベースとなるカメラはマーケット価格も考慮して、初期のマミヤ645にすることに決めた。かなりくたびれたものでも、少々汚くてもいいが、ストロボ前提だからホットシュー付のプリズムファインダーが要る。シャッター最高速は1/500secのモデルで十分。探して探して、本当にくたびれた安い一品を見つけた。これだ。
あんまり汚いので、改造の前に手の届くところすべてのクリーニングをし、レザーを貼りなおした。実はこのときはまだレンズが決まっていなかった。見切り発車である。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月11日 11:44 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスターのソフト
ビューマスターの話題をもう少し。昔のリール・ソフトにもおもしろいものがたくさんある。これを入手するにはebeyを利用するのが便利だ。アメリカからの出品が、種類と品質の上でお勧めできる。かなり古いものであるはずなのに、年代の割に状態が良い場合が多い。アメリカの国民性なのか、気候によるものなのか。中にはデッドストックと思われる、未開封で値札の付いているものもあったりする。
ただし、未開封であるから画質が落ちていないということはない。カラーが退色して赤味がかってしまっていることもある。開封していないだけに売り手に状態を確認できないので、その点はリスクだ。ポピュラーなのは3枚が1セットになってジャケットに入っているもの。安いものでは送料込み、千円以内で手に入る。
ビューマスターと同じ規格で、チェコ共和国がチェコスロバキアだった時代にメオプタ社から出されていたリールもある。聞いたこともない東欧の町の風景が記録されたリールを覗くのもおもしろい。風景だけでなく、人々の昔の服装とか、クラシカルなスタイルの自動車が一緒に記録されていると一層おもしろい。
アメリカで発売されていたものは、世界中の観光地をテーマにしたものをはじめ、さまざまなテーマのものがある。日本の「東京」なんてものもある。珍しいものでは価格も高くなって、50ドル、100ドルの値が付くものもある。「京都」のリールは60ドル近くの値が付いて落札することができなかった。
色々買ったが、まだまだ興味は尽きない。中には平面写真を加工しただけのがっかり物もあったりする。そんな中、それほど相場価格が高くなくおもしろいリールがこれ。
・ WILD BIRDS
鳥たちの巣を覗く視点で撮られている。どうやって撮ったのか不思議。
・ Desert Wild Flowers
サボテンなど、砂漠で咲く植物たち。きれいな花のマクロ写真になっている。
どうぞ諸君もおもしろいリールを発見してくれたまえ。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月04日 11:09 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスターのビュアー
パーソナルの話が出たのでその続き。前に紹介した通り、ビュアーとリール・ソフトは現在でもおもちゃとして海外で売られていて、子供向けのリールがヨーロッパの空港のおみやげ物屋で売ってたりする。そのためか、今のビュアーはとてもカラフルなプラスチックでできている。バックライトが無く、外からの明かりを取り入れて鑑賞するものしかないけど、これはこれで手軽に扱えてイイ。覗きながらレバーを操作すると次々に風景が変わる。おもしろい。フォーマットが変わっていないから、ビュアーもリールも昔のものと共通で使うことができる。ビューマスターが登場したのは1950年より前だと思うから、かれこれ60年以上フォーマットが変わっていないことになる。すごいことです。
昔に作られたビュアーも色々なタイプがあるが、ベークライトでできているのでブラックボディのものが多い。電池と電球を使ったバックライト付のものとか、焦点調節のできるものもある。僕はタイプDと呼ばれるバックライト付のものを使っているけど、例によって電球を明るいものに交換し、色温度を上げるフィルターを組み込んでいる。
パーソナルで撮影したフィルムをブランクリールと呼ばれるマウントにセットして、これらのビュアーで鑑賞するのもおもしろい。ブランクリールは昔に比べて手に入れにくくなっているし、保管状態によっては表面にバブルと呼ばれるデコボコが生じているものもあるので注意したい。デコボコがあっても使えないわけじゃありませんけどね。
もうひとつ注意したいのは、前にも紹介した通り専用のフィルムカッターが必要です。カッターを使えば、左右のコマを最適な位置関係で簡単に切り抜くことができます。ちょうど紙パンチのような構造のもの。これがまた手に入れにくい。手に入っても切れ味が悪かったりもするので、状態を良く確かめて買ってください。とはいえ通販では確認はまず無理なので、ebeyなんかで手に入れるときはちょっとした冒険をしなければなりません。でもでも、カッターを使わず、はさみで切り抜くのはホントウに超人的な精神力が必要です。僕にはできません。
▲いまどきのビュアー ▲パーソナル専用フィルムカッター
投稿者 sekiguchi : 2008年04月26日 21:50 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスター・パーソナルのひみつ
リアリストとは全く異なるフォーマットのカメラである。ビューマスター・リールと呼ばれるディスクに7組のステレオペアのスライドをセットし、専用のビュアーで観賞する。ビュアーのレバーを操作すると順番に画面が切り替わる。これは玩具として現在も販売されている、観賞専用のビューマスター・リールと同じフォーマットである。現在も販売されているといっても、日本国内で販売店を見つけるのは難しい。海外の玩具店では定番商品として店頭に並べられており、アメリカのみならずヨーロッパの空港の売店でも普通にビュアーと現行ソフトを探すことができる。この他には海外通販で新品のビュアーを購入することができる。
このカメラはユニークで、フィルムの上下を2分割して使用し、巻き上げながら上段で撮影したらレンズを下段にセットして巻き戻しながら撮影を継続する。詳しいことは他でも紹介されているのでここでは割愛するが、タテ8mm、ヨコ11mmの小画面ながら、十分楽しめる画質で撮影することができる。レンズは25mmf3.5であり、普通の画面サイズなら広角レンズになるが、画面サイズが小さいため画角としてはリアリストよりも狭くなっている。画面サイズとレンズ焦点距離の関係で被写界深度を大きく取ることができるので、パンフォーカスでの撮影が容易にできる。それ故、フォーカス機構がない。
メカとしてのカメラ機構は非常に丁寧に作られており、ファインダー内に水準器がついていたり、シャッタースピードと絞りの設定が簡易露出盤を兼ねた配置になっていたりと操作面でも優れたデザインだ。現像後のフィルムは専用カッターでリールにセットできるように切り抜く必要があり、カッターなしでこの作業を行うのは極めて困難。残念なのはブランクリールの製造が数年前にストップしており、デッドストックを高値で入手せねばならない状況が続いている。使って楽しいシステムだから、一日も早いリール供給の再開が望まれる。
投稿者 sekiguchi : 2008年04月19日 22:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
ウオーレンサック・ステレオ10のひみつ
数あるステレオカメラの中で、レンズのF値が2.7の明るいレンズを持った唯一のカメラです。リベアステレオと同じボディと聞きます(リベア、持っていないんです)。画面はリアリストサイズで、距離計連動式のフォーカス機構があり、リアリストと同じようにフィルムレールが動いてピント合わせをします。ズシリと重い感じがするけど、実際にはリアリストよりも20グラム程度しか重くはないのです。重厚な雰囲気と、マーケットでも高値で取り引きされていることから「キングofステレオ」と呼ぶ人もいます。
僕もいつかは使ってみたいとebayを監視していたのですが、かなりくたびれた感じの一台を落札することができました。外観はどうでもいから、このレンズを使ってみたい、という思いでとにかく安いものを探していたんです。実際、だいぶ安かったんですけどね。
で、到着した物件を確認すると、メカ的には特に問題はないものの相当にくたびれたものでした(笑)。ちょっと掃除をしてやろうとしたら、革がはがれる。しかもボロボロと(笑)。他にもだいぶアカが溜まってる(笑)。僕には変な癖というか、感覚というものがありまして、中古のものは一度自分で徹底的に掃除をするとか、メンテナンスをするとかしないと自分のものにならないんです。そのまま使っても何だか他人のカメラを使って撮影しているようで集中できない。
このカメラも同じようにメンテナンスをしてやろうと思ったんだけど、どうにも分解の手順が分からない。あちこちいじっていると左右のレンズで組立方が違うことが分かったり…とにかく、一筋縄ではいかないところはキングだなぁと思った次第。面白そうなカメラなので皮革もオリジナルに近い状態で再生してあげたい。そんなふうに思っているうち、月日だけが過ぎてゆき。。。というわけで、このカメラはまだ僕のものになっていないのです。テスト撮影もまだ。ですから、ウオーレンサックのひみつはこれから明らかにされるのでした。おたのしみに(いつのことやら)。
▲まだ値札がついたまま(笑)
投稿者 sekiguchi : 2008年04月12日 21:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
デュプレックス・スーパー120のひみつ
横長スタイルばかりのステレオカメラの中で、ちょっと変わったかたちのイタリアカメラ。というのもブローニーフィルムを使うのだ。6センチ幅のフィルムに、なかよくリアリストサイズの画面が並ぶように撮れる。ただし、リアリストのステレオベースの半分ほどしかないので立体感がやや乏しい。反面、近距離の被写体に対してはマウント時にステレオウインドウが作りやすい。レンズは35mm/F3.5で、描写はふわっとした感じ。コントラストはやや低い。リアリストの硬調な描写とは対照的だ。
このカメラはマーケットになかなか出ないし、ちょっと高価な部類になる。僕のはフィルム圧板が取れかけていたり、レンズキャップも紛失していて割安で手に入れることができたもの。ファインダーも分解掃除して、機構のメンテナンスもしてみた。レンズキャップは家具の滑り止めに貼るゴムシートを使って自作した。一見自作には見えない仕上がりにとても満足。ストラップ金具が特殊だが、これも自作のストラップを付けてみた。他のどんなカメラにも無い独自のスタイル。持っているだけで楽しくなるデザインだ。
気を付けなきゃならないのは、フィルムの巻き上げだ。ノブを回してもロックがかからない。ブローニー(120)の裏紙の番号を裏板の小さな窓に合うように回すのだが、慌てているとうっかり巻きすぎたりしてしまう。
このカメラは独特のスタイルで威圧感もないし、描写からしてもポートレートに使うのに適しているんじゃないかな。ただ、シンクロ接点があるのにシューがないから、ブラケット式のストロボを使わなきゃならない。そんなことをしたら、せっかくのコンパクト性が台無しです。上下を逆さまにして、三脚ネジ穴にアダプター・シューを付け、小さなストロボを付けてはどうだろう。おでこホールド&左手親指シャッター押しの、気軽なスナップ・ステレオカメラとして使えそうである。
投稿者 sekiguchi : 2008年04月05日 11:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
ベラスコープf40のひみつ
ヨーロピアンフォーマットのフランス製カメラ。アメリカではブッシュ社が販売代理店をしたので、アメリカ由来のものにはブッシュ社の刻印が入っている。レンズは水中カメラで有名なカリプソと同じ、ソン・ベルチオ製だ。このレンズはボケの感じがとてもやわらかく、しっとりとした感じに写る。これを買うときに「フランス映画のようなきれいな写り方をしますよ」と言われたが、フランス映画を知らないくせにその時はなんだか納得した気分になっていたのがお恥ずかしい。撮影してからこんな感じか、と思った次第。
後期型にはレンズコーティングが施してあるものの、逆光には極めて弱い。レンズ本体の弱さに加え、筐体の暗箱としての設計に問題がある。裏蓋を開けるとフィルムフレームの内側に傾斜した面がある。この面でレンズからの像が乱反射し、フィルムにフレアの形で現れてしまうことが調査の結果判明した。これは昔のフィルム感度がどうこうというレベルではなく、こんなところで乱反射が起きること自体が問題だ。どういう設計しとるんじゃ、ゴルァ!というレベル。高価なカメラであるだけにショックは大きい。これを解消するには傾斜面へのつや消し黒塗装をやり直す程度ではダメだった。植毛紙を貼り付けるという手術がいる。しかし植毛紙にはある程度の厚さがあり毛先が立っているので、画像の四辺が毛羽立ったような輪郭になってしまう。なるべく毛足の短い植毛紙を使ったり、毛先を焼いて丸めるなどの工夫も必要だった。手間をかけてやっとレンズ本来の描写を楽しむことができる、ちょっとしたトンデモカメラだ。
光学機器としての設計はともかく、メカとしての作り込みは重厚で、モノラル撮影切り替え、ガバナー音のないスローシャッター、凝った作りのファインダーなど、他にはない魅力がある。さすがはカメラ発祥の国らしい作り込みだ。でも、そこまで凝った作り込みをするなら暗箱としての性能は最低限確保して欲しかった。これって基本だよな。
これは既に植毛紙で改善した状態 ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年03月29日 23:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
デルタステレオのひみつ
非常にシンプルな構造のカメラである。ファインダーのアイピース部分が裏蓋のロックをするノブを兼用している。まず最初に、やってはいけないことを教えよう。アイピースのレンズが汚れているからといって、綿棒でレンズを拭いてはいけないよ。なんと、レンズが奥に押し出されてカメラ内部に落ちてしまうことがある。こうなったら分解しなければならないが、特殊工具がなければ分解することができない。だから、ブロアーでそっとホコリを掃う程度にしておいた方がいい。えっ!?そんなのアリ?と思われるかもしれないが、実際にあった事実だ。
裏蓋を開けるとパーフォレーションに勘合する櫛歯が見える。フィルムを巻き上げると、フィルムに引かれてこの櫛歯が右方向に動く。この動作でシャッターチャージをするという変わったセルフコッキング機構になっている。シャッターボタンを押すとシャッターが作動し、更に押し込むと櫛歯が奥に引っ込んでスプリングの力で左端に戻る動作をする。こんな動きをするカメラ、見たことがない。フィルムを巻き戻すときはシャッターボタンを押し込んで、櫛歯を奥に引っ込めてフィルムがフリ-になった状態でノブを回す。巻き戻す間はシャッターボタンを押しつづけ、櫛歯を引っ込めておく。
レンズは50mmで、この時代のステレオカメラとしては珍しい焦点距離である。と思ったらコーティングなしの単玉メニスカスだ。およそ2~3mにフォーカスが固定されている。描写は「ふわっと」というか「ぽわん」というか。使い方次第では面白いカメラであるが、機能・性能を大幅に削除した廉価版である。マーケット価格も比較的安価ではあるが、価格を根拠にエントリーモデルとして購入すると撮影してガッカリという事態になりかねない。単玉レンズならではの特徴的な写り方をする、ということを理解した上で、このカメラならではの味わいを楽しみたいものである。
キャップは自作した ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年03月22日 11:31 | コメント (0) | トラックバック (0)
キンダーステレオのひみつ
このカメラはリアリストと同じデザイナーによる設計と聞く。確かにファインダーが下部にあり、おでこホールディングになっている。このファインダーが距離計連動で、二重像合致式になっている。この他にも、巻き戻しがクランク式になっていたり、セルフコッキングになっていたりとなかなか先進的なメカニズムを採用している。レンズはシュタインハイル社製の35mm/f3.5がついているけど、おそらくトリプレットだろう。
このカメラは中古マーケットでもそれほど見かけない。希少なのかと思ったら、マーケットでの価格もそれほど高くはない。運良く安価で入手する機会があったけど、シャッターが不良だった。仕方なく分解して観察してみると製造コストをかなり下げた設計思想であることがわかる。作動不良の原因はガバナーの固着だった。ガバナーと言ってもあまり精度のよくない部品で組まれており、シャッターも2枚の穴明きスチールプレートを重ねて摺動させる方式のため、安定して作動させることが難しい。調整を重ねても安定しないのはシャッターのスチールプレートの間に汚れがあるためなのはわかっていた。でも、プレートを取り外すにはレンズを分解しなければならない。シャッターが絞りを兼用しているため、組みレンズの中間にプレートがあるのだ。残念な事にレンズ鏡筒は分解が難しい構造になっている。ムリに分解しようとするとレンズを傷める危険がある。
結局、重分解を行っても、もともとの構造が精度の出にくいものだから、と調整を諦めてしまった。シャッターの修理を行おうとするとレンズの分解まで手をつけねばならない。そのためかマーケットでも完全に動作する機体は少なく、レンズのきれいなものも少ない。非常にメンテナンスのしにくい機種である。もしかしたら、斬新なデザインにしたものの販売戦略的に製造コストを下げるため、メンテナンス性を犠牲にしたのだろうか。良いデザインだけにとても残念。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月15日 13:22 | コメント (0) | トラックバック (0)
ベルプラスカのひみつ
旧東ドイツ製で、ツアイス・テッサーレンズがついたヨーロピアンフォーマット・カメラ。ツアイスレンズがついているということで人気がある。リアリストf2.8とよく似た描写なんだけど、ほんの少しだけやわらかい表現をするような気もする。
さて、せっかくのツアイスだけど残念なのはボディへのレンズ取り付けが悪く、性能を発揮できていない場合がある。僕のがそうだった。左右のレンズでピントが違うのだ。ステレオ視したのでは見逃しやすいが、片方ずつをルーペでチェックすると片方の像がぼんやりしていて愕然とした。リアリストはフィルムレールの位置を調整してこのような不具合を直すことができるけど、ベルプラスカには調整するところがない。思い切って分解してみると、筐体とレンズボードをつなぐネジのところに薄いワッシャーが入っていた。なんだろ?と思って取り出すと、薄い紙片で作ったワッシャーを重ねている。どうやら、これで位置調整をしているらしい。それにしてもこのワッシャーの作り方がお粗末で、オリジナルとは考えにくい。もしかしたら、ドイツのおっちゃんが自家修理でこっそりやったものかも。だって紙だもんなぁ。
とにかく、調整するにはここしかないので僕も紙でワッシャーを作ることにした。柔らかい紙では不安があるので、トレーシングペーパーのような硬くて薄い紙を使ってみた。シャッターをバルブで開放し、三脚に乗せ、フィルム面にすりガラスを置いて像を観察しながらワッシャー枚数で調整する。ワッシャーを重ねたり、抜いたり。こんな方法で製造時も調整していたのかと思うと「それはないだろう」という気がする。それでもなんとかこの方法で調整を完了することができた。このカメラは目測式だが、僕は目測が嫌いだからシューに単体距離計を乗せている。調整のついでに距離リングの位置も調整し、マッチングを図った。近距離での撮影もバッチリ隅々まで焦点が合う。苦労したよ。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月08日 10:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
FED・BOYのひみつ?
ステレオリアリストのひみつを探ってきたけど、他のステレオカメラもいくつか紹介しておこう。これはFEDステレオと同じ系列のウクライナ製カメラ。ヨーロピアンでオートマチック撮影という他にはない機能を持っている。フィルム感度を合わせ、右レンズの脇にあるレバーをAにセットすれば、露出を自動コントロールしてくれる。被写体が暗すぎる場合はシャッターロックする安全機構もある。レバーを絞り値にセットすると、シャッターが1/60に固定される。マニュアル撮影というよりはフラッシュ撮影のためだ。
レンズはインダスタール38mmf2.8で、なかなかよく写る。ただ、僕のはレンズの取り付けが悪いのか、片画面で隅の方にちょっとしたピンぼけが目立つことがある。ステレオ視の時にピンぼけは目立たなくなるから、この辺は許してやろう。
この国のカメラはユニークだ。でも、故障も起きやすい。あるとき、修理依頼で業者に電話をすると「あ~。ロシアですか。ロシアには手を出すなって親方にきつく言われてるんですよ」と丁重に断られた。正確にはウクライナはロシアではないのですがね。それはともかく、我が国のカメラとは部品精度の基準が異なり、分解すると元通り組めなくなるらしい。このカメラは巻き上げ機構にトラブルが多く、ひどい場合はフィルムが切れる。思い切って自分で分解してみてびっくり。2枚のギアを重ねて勘合している部分の加工が悪く、部品が滑っていた。部品の手直しは簡単だったが、組立にはやっぱり苦労した。
露出制御は針式のメーターが内部にあり、針をシャッター機構が挟み、その位置で絞りの開口を決めるというメカトロニクス(笑)な制御がされている。驚くことにこの電子回路にはスイッチが無い。電池を入れておくだけで常に電流が流れているという常時戦闘態勢モードの設計になっている(笑)。使わないときは面倒でも電池を抜いておこう。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月01日 01:08 | コメント (0) | トラックバック (0)
New・NDフィルター
以前、リアリスト専用フィルターの枠だけ使って新しいフィルターを作ることは面倒だと書いた。実際、ガラス製のフィルターを小さく円形に切り取ることは難しいし、請け負ってくれる業者があるかどうか。あったとしても、値段の相談やら心配なことも多い。こんな面倒なこと、やっぱりできない。でも、このサイズのNDフィルターがあれば夏場の屋外で絞りすぎないで撮れるし、なによりフィルターを付けたままでレンズカバーを閉じることができる。こんな便利なものならやっぱり欲しいなぁ。
というわけで思案の結果、樹脂製のフィルムフィルターをハサミで切って組み入れる方法を使うことにした。さて、元のフィルターの枠が使えるかどうか。今回のために新たに中古のリアリスト・フィルターを入手し、分解を試みた。その結果次のことが判明した。
・作られた年代で、フィルターガラスの固定方法が異なる。
・大きな枠のもの(おそらく初期型)は前側からリングをはめ込んでいる。分解しやすい。
・小さな枠のもの(最も多く流通)は、裏からかしめているので切削して分解する。
新しいフィルターとして使うなら、マーケットの流通量が少ないが初期型の「大きな枠」のものをお勧めする。分かりづらいかもしれないが、右側写真の右列のペアがこれ。大きさを合わせて厚紙で作った円盤でフィルムフィルターを挟み、切り抜く。分解した枠にはめ込んで、固定用のリングを再セットすれば出来上がり。作例では露出倍数が4倍になるように作ってある。
小さな枠の場合、元のガラスフィルターを取り除くのがすごく難しい。ガラスを割ってから枠を削らねばならない。後付フィルターは、両面テープでモルトプレーンの小片を3カ所ほど貼り付けて固定している。作例では露出倍数が6倍になるように作ってある。
こんなふうにして露出倍数の異なるセットを3組作り、ケースに入れて携帯している。カラーバランスも崩れず、とても使いやすいフィルターセットが完成した。
小さな枠・露出倍数6倍 ▲
大きな枠・露出倍数4倍 ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年02月23日 23:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
写真の整理
リアリストマウントは日本国内では製造していない。普通の35mm用マウントなら写真用品店で入手できるし、保管ファイルも発売されている。リアリストはマウントを何とかしても、ファイリングがお手上げになる。撮影を重ねて枚数が多くなってくると保管に困ることになる。ちょっと前までラボでマウントサービスをしていたころは、紙箱に入って渡されたからその箱がそのまま保管に利用できたが、今はそれもない。サイズの合う空き箱を探すのも一苦労だ。
では米国ではどうかというと、専用のビニール製ファイルリフィルが売られている。1シートに10枚のスライドを差し込むポケットがついていて、透明だから内容の確認も簡単。とても使いやすく、通販で購入することができる。しかし困ったことに、このリフィルを綴じるファイルが日本規格じゃない。日本のファイルはA4とかB5サイズで綴じ穴が2つというものが主流。一方米国では台紙サイズがまず異なり、綴じ穴は3つである。この3つ穴ファイルが普通の文具店ではまず手に入らない。
あれこれ探してみると、かつて流行(継続中?)のトレーディングカードのファイル・リフィルが米国製で3つ穴だ。これを綴じるためのファイルも同じ店においてある。たぶん米国から輸入したものだろう。これはいい、と思ったらファイルにカードのキャラクターがプリントされている。これはちょっといただけない。さらに探すと、落ち着いた無地のファイルも僅かにあった。これだ。というわけで便利な専用ファイルが手に入った。
これでも量が多くなると書棚があふれてしまう。というわけで僕は省スペース化のために、専用の収納箱を厚紙から自作している。1箱40枚の収納で、側面には整理用のラベルを貼っている。これは便利です。それから、マウントにはテーマごとにスタンプを作って押している。うまくできているでしょ。
投稿者 sekiguchi : 2008年02月16日 13:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
