ヒマワリとミツバチ
天気のよい日、ヒマワリの花にはミツバチがひっきりなしにやってくる。強い日差しがエネルギーになり、大きなヒマワリの葉で盛んに光合成が行われる。光合成で作られた糖の一部が花に集まり、ミツバチが集めに来るというわけだ。暑い暑い夏の盛り、ヒマワリの大きな花を見ると、舐めたら相当に甘いんじゃないかという妄想が広がる。
ホントウに舐めたことはないけど、人間が舐めておいしいとはやっぱり思えない。花をよく観察すると、黄色い花粉がたくさんついている。舐めたら口の中が黄色くなりそうである。花粉の味ってきっとおいしくないに違いない。
ミツバチを観察すると、この花粉が後ろ足に団子状になってついている。ミツバチが蜜を吸うたび、花粉が体毛に付き、他の花に受粉のための花粉を運んでいる。植物にとって子孫を残すための大切な役割をハチに任せているのだが、ハチは蜜を集めるだけではなく、花粉も利用している。体についた花粉を足の体毛を使い、後足に集める。集めた花粉は巣に持ち帰って幼虫のエサになるという。こんなものを食うとは。虫は味覚ってものを持っているんだろうか。
さて、ホバリングをしているミツバチをステレオで撮ると、空中に浮かんだ姿が立体視できるのでオモシロイ。ホバリング中のミツバチを追いかけるのは大変なので、蜜を吸っているときにピントを合わせて待ち伏せする。飛び立った旬簡にシャッターを切る。こうするとミツバチの頭が花とは逆のほうを向く写真になるのではないかと思うが、必ず後ろ向きに飛び立つので常に花のほうを向いた写真になる。今から花の蜜を吸う姿勢に見えるが、実は吸った後なのだ。
そういうわけなのでミツバチが飛びながらカメラのほうを向いた写真、というのは偶然でなければなかなか撮れない。いつも同じような写真しか撮れないので、なんか面白いやり方はないかなぁ、と思案している。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月27日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
金魚ちょうちん祭り
山口県といえば下関のふぐ、ふぐちょうちんのイメージだが、似たような形のちょうちんで金魚ちょうちんというのもあるというのを知った。なんともかわいらしいちょうちんである。いったいどこのものだろうと調べると、柳井市に古くから伝わるもので、8月には祭りがあるという。町中にこのちょうちんが飾られるという。
そんな楽しそうな祭りなら、一度行って見なければならん。というわけで、ステレオカメラをお供に出かけた。柳井市の大通りには屋台が立ち並び、多くの人であふれかえっている。一方で古い町並みが残されており、ここに一歩踏み入れると子どものころに遊んだ路地裏の雰囲気がよみがえってくる。家々の軒先には金魚ちょうちんが並んでいて、大通りとは趣の異なる、昔の素朴な祭りの風景が広がっていた。
撮影するのも忘れて散策していると、古くから構えているふうの商店があった。入ってみると醤油屋さんである。柳井市は甘露醤油という独特の醤油が名産であるとか。店の中は昔の雰囲気そのままで、あちこち見入ってしまう。天井には金魚ちょうちんが吊るしてある。店の方にお願いして、店内の写真を撮らせてもらった。醤油を一瓶購入し店を出たが、ここは間違いなくこのカメラより古い歴史を持っている。醤油屋だけでなく、文具店とか理髪店、土産物屋でさえ旧家のままで、その造りを活かしながら使われている。
夕刻になるにつれ、祭り客が増えてきた。金魚ちょうちんに明かりが灯り、祭りの雰囲気が盛り上がる。デジタル一眼レフと三脚を抱えたおじさん達の集団があちこちで目に付く。このところ、写真を趣味にしている人が増えているような気がする。だけどフィルムで撮影している人は誰もいない。ステレオで撮影している人も誰もいない。それが寂しいかというとそうでもない。時代がどのように流れようと、残るものは自然と残っていくような気がする。この街並みのように。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月23日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
古代ハス
ハスの花はどこか神秘的な雰囲気がある。仏様が座る台座にもハスの花がデザインされているからだろうか。大きく優雅で、触れてはいけないような雰囲気を漂わせる。この花、受粉すると種を作るのだが、ラッパのような形をした実が熟し始めると茎が大きく伸びてくる。中には大振りの種が並んでいて、美しい花に比べると奇妙な形をしている。
この中の種、一般には「ハスの実」と呼ばれ食用になる。結構おいしいらしい。で、この種は他の植物の種に比べると皮が厚く、保存状態次第で長い期間にわたって発芽能力を維持することができる。ハスは底に泥が厚く堆積した水辺で繁殖するが、種がこの泥の中に埋まり、酸素から遮断した状態に置かれると、何百年も発芽能力を維持したまま生き残るらしい。
そんなハスの種が地中から発掘され、発芽したのが昭和27年。世界的な話題になったという。その古代ハスが株分けされ、各地で花を咲かせているという話をだいぶ前に聞いたのを思い出した。どうせハスの花を観賞するなら古代ハスを観に行こうと決め、茨城県古河市にステレオカメラを持って早朝に出かけた。ハスの花は朝開き、午後には閉じてしまうからだ。
到着すると大きな蓮池がある。これが全て一粒の種から生まれた子孫か、と驚くほどに繁茂している。朝も早いというのにもう観に来ている人がちらほら。失敗したのは脚立を持ってこなかった。奥のほうまで見渡すことができない。
奥のほうの花を見るために池の中に入ってゆくわけにも行かない。撮影するだけなら長い棒の先にカメラを付けてみるか。でもどうやって付ける?シャッターはどうやって押すの??そんなどうにもならないことをあれこれ考えているとフラストレーションが蓄積する(笑)。そんなこっちの思いなど関係無しに、ハスの花は優雅に咲いていた。これが2000年間眠っていた種から生まれた子孫であるとは。生命というのはなんと不思議な存在であろうか。なむなむ。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月20日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
SLに乗ろう
えすえる。スチーム・ロコモーティブ。蒸気機関車である。僕はもうおじさんの年代だが、子どもの頃にSLが走っていたわけじゃない。だけど、蒸気機関車を見るととても懐かしく思えてしまうのはなぜだろう。SLは電車とは違って、遠いどこかの知らない土地に連れて行ってくれる乗り物というイメージがある。思えば、貨物列車の最後部に車掌車が付いていたころ、あの車掌車に乗ったらやっぱりどこか知らない土地に行けるような気がして、一度でいいから乗ってみたいと思っていた。因みに車掌車というのは貨物列車の後部ブレーキの役目も持っていたらしく、ブレーキ制御が高度になった現代では車掌車は廃止されている。この車掌車というのも機関車同様に黒く塗装されていて、イメージが似ている。
車掌車を見なくなってずいぶん経つが、SLは一部の区間で今も運転されている。観光のために復活したものだが、それでも嬉しいものである。夏の盛り、山口線に臨時列車として運行されているやまぐち号に家族そろって乗ることにした。事前に予約が必要とのことで、近所の「みどりの窓口」で手続をしておいた。特急扱い、全席指定である。実は動いているSLを見るのははじめてであった。動かないSLならその辺の公園なんかにも置いてあるが、遠くからヘッドライトを点け、煙を吐きながら近づいてくるのは迫力が違う。駅舎にゆっくりと近づいてくる。ああ、コイツはまさに生きているのだ。
客車の中も昔のまま。冷房も効いていて快適だが、電車とは違うリズムが聞こえる。同じレールなのになぜだろう。なぜか気持ちが落ち着く。このまま、どこか遠くの土地まで行ってしまいそうである。さて、旅行のスケジュールの関係もあって終点の手前で下車する。やまぐち号とここでお別れだ。小さく見えなくなるまで見送ったが、実は終点まで行きたくなかったのだ。それは、もうここで終わりなんだと実感してしまうから。想像の中では、彼は知らない土地をいつまでも走っている。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月16日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ハンミョウを追え!
昆虫図鑑をめくると、様々なきれいな虫達が登場する。蝶の羽がきれいなのは誰でも知っているが、甲虫の中にも美しいものがたくさんいる。メタリックな輝きを持ち、色とりどりに輝く甲虫。よく知られているのはタマムシだろう。緑の中に黄色や赤の線が輝いて美しい。少年のころカブトムシ採集をやったことがあるなら見たことがあるだろう。
タマムシのように輝く美しい昆虫にハンミョウがいる。図鑑で見ると、赤と緑、青のような体色に白い斑紋があり、メタリックに輝く。あまりメジャーな虫ではないので見たことの無い人も多いだろう。夏場の砂地や林の近くの道端に普通に見つけることができるが、小さいし近づくと飛んで逃げる。この虫は「道教え」とも呼ばれていて、近づくと飛んで数メートル先に着地する。また近づくと飛んで着地。これを繰り返す。
この逃げ回る虫をマクロステレオで撮影することにしたが、これが大変だった。近づくとすぐに逃げる。数メートル先に着地するからそーっと近づく。フォーカスを合わせているうちに視界から消える。また追いかける。これの繰り返し。蝶やトンボなら危険を感じるとさっさと遠くに飛んでいってしまう。それなら諦めもつくが、ハンミョウは何回も数メートル先に着地して待っている。何回も何回も。虫ってヤツは疲れないんだろうかと思うほど繰り返す。こっちもバテて来る。
追いかけて追いかけて、しまいには遠くに飛んでいってしまうこともあるが、しばらくすると戻ってくる。こんなことを繰り返すうち、ヤツも疲れてきたのかおとなしくなってきた。残念なのは、正面から撮ろうとすると逃げてしまうので斜め横からのショットが精一杯だった。それでもこの一時の相棒の、美しい体色を捉えることができた。今度はもうちょっとこっちも体力を付けて、正面からのショットに再挑戦したい。ハンミョウの大きな牙とそのユーモラスな顔を撮るのだ。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月13日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
かえるちゃん
最近はあちこちの自治体が休耕田などを利用して向日葵畑を作り、市民の憩いの場として公開しているような場所が増えた。インターネットというのは便利なもので、どこにそういう場所があるかといったマイナーな情報もすぐに知ることができる。そういうわけで、だいぶ昔になるが埼玉県のある町で作った大きな向日葵畑に行ってみた。
この頃はマクロステレオカメラの自作がうまく行き、あちこちの花畑にいっては撮影を繰り返していたのだ。ここで栽培していたのはちょうど大人の背の高さぐらいで、手のひらより一回りほど大きな花を咲かせていた。
はて、向日葵というのはもっと大きくなるんじゃなかったっけ?確かに昔の向日葵は大きかった。それは子供の頃に見たから大きく見えたということではないらしい。どうも向日葵にもいろいろ品種があり、小さな花瓶にも映えるようなごく小さなものから、花の直径が30cmを超え、高さが軽く2mを超えるものもあるようだ。こういうのになると・・・マンモスフラワーか?
まあそれはさておき、この向日葵畑の花たちはヒマワリらしいヒマワリというか、花の形もよく、撮影するにもちょうどいい高さで咲いている。向日葵の蜜は相当に甘いのだろう。たくさんのミツバチが集まってきている。これをマクロで撮影していると、花の中に緑の見慣れないものが・・・まさか。僕は芋虫が大嫌いなのだ。・・・何かと思えばアマガエルだった。
何でこんなところにと思ったが、たまたま居たのではなく、こういうことはよくあるようなのだ。もちろん、僕がファンタジーな写真を撮るという目的で、かえるちゃんを無理やり、作為的に花の中に押し込めたというのではない。良く調べたわけではないが、花に集まる昆虫を目当てにこんなところに隠れていたようなのだ。アマガエルの主食は昆虫なのだ。
アマガエルが鳴くと雨が降るとか、ねっとりとした感じの皮膚には実は毒があるとか、そんな話を思い出しながら撮影。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
なんだこれは
デジタルカメラの天敵はホコリだそうである。レンズ交換のたびに撮像素子に降り注ぐ、塵やホコリがとてもいけないんだそうだ。で、ユーザーで掃除をすることができない厄介なものだという。意外だね。そんなこと常識じゃないかと言われるかもしれないが、僕は機械カメラしか使わないからデジタルのことはほとんど知らないのだ。それにしても、デジカメではホコリがそれほど厄介だとは本当に思いもしなかった。フィルムの場合は常に新しい面が出てくるからホコリの影響はまずない。
そんな風にのんきに構えていたら、マウント作業のときに画像に異常があることがわかった。右画面の左下に、おかしな影が映っている。蜘蛛のような変な形。撮影のときにレンズの前にゴミでもあったんだろう、と思っていたが、多くのコマで同じように写っている。別の日に撮影した、別のリールのフィルムでも同じように写っている。
これはカメラ内部に何かあるとひらめいた。画面の左下ということは、カメラ内部では上下さかさまの映像になっているから・・・おそらく右上の角に何かある!もしかしたら蜘蛛が巣を作っているのかもしれない。さて、どのカメラで撮ったのか。記憶をたどると、今まさにフィルムが入っているリアリストだった。途中までの撮影枚数をメモして、ゆっくりフィルムを巻き戻す。フィルムをはずして、まさにこの位置という場所を恐る恐る覗き込む。
なんと、そこにあったのは蜘蛛ではなく、毛玉だった。たぶんフィルムをセットするときに、袖口に当たったかして毛玉がくっついたんだろう。それにしても、フィルムを変えた時にも気がつかなかったとは。
フィルムをセットするときには確認をしなければならない。当たり前のことに気がついた。幸い、毛玉は簡単に取り除くことができた。蜘蛛が巣を作っていなくて、ホントウによかった。
投稿者 sekiguchi : 2010年07月06日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
花火を見よう
打ち上げ花火は、星と呼ばれる火薬玉の集合体を、球状にまとめたものを打ち上げる。だから上空では球状に展開しているのだ。遠くにあるので平面的に見えるが、巨大な球の形に広がっている。これを確かめるには巨人の視点で眺めるとよくわかる。2台のカメラを使ってステレオベースを数mのレベルで広げた撮影がこれを実現してくれる。巨人の視点で見た、大きく広がった花火を縮小化して立体視するというものだ。ハイパーステレオと呼ばれている。
僕はこのようなハイパーステレオ撮影をやったことがない。やり方はわかるのだけど、実際に大勢の花火見学客がいる中で2台のカメラをセッティングする体力がない(笑)。ステレオクラブの例会で、メンバーが撮ったステレオ花火を鑑賞させてもらったが、実にすばらしい。色とりどりの光跡が球状に展開しているのが手に取るようにわかる。
見せてもらうとやりたくなるのだが、いまだに実現できていない。僕にとって花火観賞は、ビールを右手、イカ焼きを左手に持つのが常である。これではとても2台のカメラをセットして、構図と同期を見計らって撮るという余裕がない(笑)。それでもイカ焼きを食べた後の左手には余裕ができるので、リアリストのシャッターを押すぐらいはできる。
そういうわけで、ハイパーステレオにはならないけど花火の写真をちょっとだけ撮影した。面白い仕上がりにするため、花火見物客を入れて立体的にしてみた。広島の宮島水中花火大会では、海面で展開する花火が迫力満点だ。これならシルエットがうまく出る。みんな三脚を立てて撮影しているが、僕はスローシャッターにしてあえて手持ち撮影だ。おでこホールドなら1/2secまでブレない自信がある。少々酔ってはいるが、呼吸を整えて花火が展開するタイミングにあわせてシャッターを押す。機械式のカメラはレスポンスがいい。

投稿者 sekiguchi : 2010年07月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
水準器
ステレオ撮影をするときは水平にすること。と、よく言われる。立体視するには水平にすることが大事なんです。と説明されることもある。コダックステレオとか、ステレオVivid、ビューマスターパーソナルなんかにはビューファインダーで確認できる水準器を内蔵しているものもある。でも、本当に水平にして撮らなきゃいけないんだろうか?
水準器を内蔵しているそのほかのカメラといえば、レンズがスイングするパノラマカメラがある。これは、左右を水平にするだけではなく、俯仰角の水平も確認できる水準器が付いている。なぜかといえば、この方式のカメラは画面が大きく歪むので、水平から外れると写真の雰囲気がまったく変わってしまう。たとえば、カメラを水平にして風景を撮ると、地平線が直線に記録されるので違和感が無い。しかし、カメラを上に向けると地平線が凸形に変形するし、下を向けると逆にへこむ。作画を意識して歪ませるものオモシロイが、そうでないならば厳密に水平にせねばならぬ。ビューファインダーだけではこの「厳密に」というところが難しいので水準器が内蔵されている、というわけだ。
ステレオでは、わざわざカメラを傾けて撮ることは少ないだろう。画面が傾いても画面が歪むわけではないし、少しぐらい水平じゃなくても不自然に見えるわけではない。そんなわけで、僕は水準器が付いていようといまいと完全に無視して使っている。でも、初めのころは水平にして撮らなければイケナイんじゃないかと思い、リアリスト用に売られていた後付の水準器をebayで購入したことがある。純正のものではなく、後発のアイデア商品だ。取り付けてみると、ビューファインダーの画面が大きく狭まって見えづらいことこの上ない。こんなものイラナイ。もっといいものができるはず、とバラバラにしてみたが、水準器の必要がないことがわかったので今もバラバラのままだ。

△撮影したときと同じに、見上げる姿勢でビュアーを覗くと臨場感が出る。
投稿者 sekiguchi : 2010年06月29日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
おまつり
僕はお祭りが大好きだ。神輿を担ぐのが好きとかいう分野じゃなくて、夜店を見て歩くのが好きなのだ。白熱電球で照らされた駄菓子やおもちゃが、いつもとは違ってキラキラと光っている。今ではずいぶんと減ってしまった駄菓子屋も同じように好きなんだが、楽しみの傾向としては同じなのかもしれない。
ただ、僕が子供の頃に比べると夜店のスタイルもずいぶんと変わってしまった。最近の夜店は食べ物を扱う店が圧倒的に多い。金魚すくいは定番として生き残っているものの、射的や輪投げなんていうのもあまり見かけなくなった。夏祭りなら鈴虫や蛍を売る店、吊り忍と風鈴なんていうのがあったのに今では見ない。七味唐辛子の口上売りというのもない。子供の頃は唐辛子なんて無縁だったが、大人になったら好きな風味にブレンドしてもらおうという夢も遠いものになった。
それでも夜店を見て歩くのは楽しい。夜店の定番、綿菓子屋やお面屋も健在だ。大人になってビールを片手に散策するというのもいものだ。浴衣に下駄履きでリアリストを首から下げる。一眼レフじゃなくてレンジファインダーというところがポイント。クラシックであるというところもポイント。このときだけは撮影はおまけ。気が向いたときだけ、ちょっとだけ撮る。ビールを右手、イカ焼きを左手に持っていたのではカメラの操作もうまく出来るわけがない、というわけだ。
さて、子供と一緒に祭りに出かけるようになって気がついた。そうか、昔の夜店は子供達の視点で楽しめるようになっていたのだ。子供達が欲しがるようなものがこれでもかというぐらいに並べてあった。こづかいを握りしめながら次は何を買おうかと迷ったものだ。夜店のスタイルが変わってしまったのは、子供たちの興味の対象が大きく変わってしまったことも理由にあるのだろう。ゲームばっかりやっていないで、こういう楽しみもあるよ。おじさんになった僕は、今そう思う。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月25日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
目の錯覚
リアリスト・レッドボタンビュアーを使って、池に浮かぶ睡蓮の花のスライドを見ていて気がついた。平面のはずの池の水面が湾曲している。言葉で表現するのが難しいんだけど、画面の真ん中が膨らんで見える。ちょうど、大きなボールの表面のように池が湾曲して見える。睡蓮の花はしっかり立体で見えている。マウントの仕方が悪かったのだろうか。
こんな現象は聞いたことがないのであわてた。自分の視力もとうとう限界に来たかと落胆もした。でも待てよ、とビュアーの目幅調整をしてみる。フォーカスがずれるので合わせ直すと、立体感はそのままで今度は池がへこんで見えるではないか。ということは、ちょうど良い目幅ポイントがあるはずだ。というわけで目幅を合わせると自然な池の水面が現れた。
今まで、ビュアーの目幅調整なんておまけ程度と考えていた。実際、目幅の調整をしたところで立体感に差はない。これは、画面の湾曲を調整するために必要なものだったのだ。こんな現象が起きる理由についてはわからないが、たぶん左右の画面の中心とレンズの光軸、目の角度のズレによって錯覚が起きるのだろう。この現象について気がついている人は少ない。ステレオで撮影したスライドをただ鑑賞しても、被写体によっては感じにくいからだろう。
試しに、いくつかのスライドを用意して画面の湾曲を意識して鑑賞すると、画面の湾曲が気になってくる。目幅を調整して鑑賞しないと気分がしっくりこない。意識しているか否かで感じる似たような現象に「ステレオは書き割りのように見える」というのがある。僕もステレオを始めたころは被写体によってカキワリのように見えることがあった。でも、慣れてくるとカキワリに見えなくなってしまった。頭脳というのはマコトに不思議なもので、順応というすばらしいものを持っている。このために気がつかないでいることがあったり、錯覚を起こしていることもある。という話。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月22日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
トマソン物件
昔、TVのタモリ倶楽部でやっていた「東京トワイライトゾーン」のコーナーが好きだった。なんでこんなものが存在するのだ?という、街中にある奇妙な物件を紹介するというもの。一つの通りの中にマンホールが異常に多く存在する「マンホール銀座」とか、住宅の2階の壁面に唐突に設けられた蛇口とか、記憶に深く突き刺さっているものが多い。毎回楽しみにしていたのだが、終了してからだいぶ経つ。500円札を知らない世代には、何のことだかわからないだろう。
録画したものなどないので確かめようがないが、あのコーナーを担当されていた久住さんか滝本さんが首からぶら下げていた奇妙なカメラ、あれはスレテオカメラではなかったか?久住さんが赤瀬川さんの本に登場しているのを発見し、このコーナーがトマソン、路上観察に深く関係している、と気がついたのはコーナーが終了してだいぶ後になった頃だった。
そんなわけで、僕もトマソンというかトワイライトゾーン的な物件を観察するのは好きである。ステレオカメラをぶら下げて散策しているときも、トマソン物件がないかとつい探してしまう。でも、自分でそういう物件を探し出すというのはあまり得意ではない。見つけようと思う時に限って見つからない。ぼんやり歩いているときの方が遭遇しやすいが、これは!?と思うものがあってもなか記録に残せない。いざとなると、こんなもの本当に面白いかなぁ、と考え始めてしまうのだ。
そんなぼんやりとしていたある日。とある海岸の駐車場である。海水浴のシーズンも終わるという頃。駐車している車が少ないナーと思ったら、不審車が一台。だが、これを一台と呼ぶべきかどうか。ハッチバックの後の扉だけなんである。扉だけ置いてあるなら不法廃棄の自動車と同じであるが、これにはちゃんとナンバーが付いている。邪魔だからと、勝手にどかしたりしてはいけない。どうしてもどかしたいなら、警察に電話してレッカー車を呼ばなければならない。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月18日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
水滴
梅雨の季節がやってきた。どこへ行くにも足元が濡れるし、気温が下がる日もある。体調を崩しやすく憂鬱な気分になる。カメラを持って出かけるといっても、お天気が悪いのではいい被写体にも出会えない。余計に憂鬱な気分になる。
マクロカメラなら何か面白いものが撮れるかもしれないと思い、傘をさして外に出た。雨の中でもよく観察すると面白いものがありそうだ。あちこち見て回ると、たくさんの蕾をつけたナンテンの木が、水滴をたくさん含んでいる。慶事で出される赤飯に添えられる小さな枝葉、これがナンテンだ。難を転ずるという意味から来ている名前らしい。
この日は細かい雨がずっと朝から降っている状態で、そのためか水滴がナンテンの蕾とか枝葉にたくさんぶら下がっている。これをマクロで撮り、マウントしてみた。マウント前はなんだかごちゃごちゃした構図に見えるが、立体視してみると結構面白い。水滴の粒に周囲の景色が小さく写りこんでいて、これが同じようにたくさん並んでいるのだ。よく見ると、空中に球状のものが浮かんでいる。はじめはゴミだろうと思ったのだが、左右の画面に同じように写っている。
これはナンテンにぶら下がっていた水滴が落下したものだった。落ちてゆく水玉を偶然捕らえたというわけだ。小さいのでフィルムをスキャンした画像では存在自体がわかりにくいが、完全な球の形をした水玉だ。
僕たちはイメージで、落下中の水玉は頭がとんがったいわゆる「水滴型」だと思い込んでいるが、自由落下中の水滴自身は無重力状態にあるから完全な球になる。はじめにゴミだと思ったのも、こんな思い込みからきている。
空から落ちてくる雨粒はどんな形をしているか。こんな疑問が話題になったりする。空気抵抗のために底が平らになった形じゃないか、とかいろいろ推測されたり、理科実験のネタになったりする。雨粒をステレオ視できたら面白いだろうに。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月15日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
レンズカバーの修復
リアリストのレンズカバーは以前に紹介したことがある。ベークライトでできているので、これが割れるとなんとも情けない格好になってしまうのだ。だが、スペアを手に入れることができる。ebayにも数多くのステレオアイテムを出品しているDr.T氏がいくつかの在庫を持っているようだ。彼が時折出品するので、スペアのカバーを購入しておくとよい。
僕も彼からスペアを購入したことがあるが、これは後期モデルのCUSTOMに使われていたものと同じだ。丸いでっぱりが無く、「Realist」のロゴも入っていない。CUSTOMにはロゴ入りのアルミプレートが取り付けられるが、プレート無しでもそれなりにカッコいい。僕が特別にチューンした一台は、このロゴ無しのレンズカバーを使っていた。
ある日、バッグに入れた状態で無理な力をかけてしまい、レンズカバーを壊してしまった。落としたのではないから粉々になるのは免れたが、きれいに二つに割れてしまった。スペアを持っていたのでこれに付け替えようと思ったが、壊れたからといって捨ててしまうのはもったいない。うまくつなげば直るはずだ。というわけで、シアノアクリレート系の接着剤、平たく言えば瞬間接着剤でくっつけた。瞬間接着剤は便利だが、一般的には万能ではない。だが、ベークライトに対しては完璧な接着を発揮するのだ。隙間が無いように張り合わせると、完全に一体化する。少し磨けば、接合の跡も目立たない。
せっかくチューンした機体に取り付けたのだから、オリジナルのプレートを取り付けてみようと思った。金属で作るのは大変だから、紙と粘着シートで作ってみた。銀色で梨地の紙があったので、これを長方形に切り取り「Realist」のロゴをスタンプした。この上から透明な粘着シートを貼り、耐久性に問題が無いようにした。レンズカバーには両面テープで貼り付け。カメラ本体の銀梨地とマッチしている。いいかんじでしょう。
投稿者 sekiguchi : 2010年06月11日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
地下鉄
都市の地下深くに張り巡らされた迷路。どこまでも続く迷路。
暗く、曲がりくねった道が縦横に走る。地上の明かりは届くすべもない。
壁からは地下水が少しずつ染み出ている。暗く、暗く、湿った臭い。
ここには昼も夜もない。夏も冬もない。闇があるだけ。
もしかしたら。
闇の中に誰か隠れていませんか。
世の中が嫌になってこんなところに隠れていませんか。
おーい。出ておいで。
僕は地下鉄に乗って窓の外を覗き込む。そこには暗い闇しか見えない。
もしかしたら。
おーい。出ておいで。
心の中で声をかけてみる。
だけど、窓には自分の姿が映って見えるだけだった。
君も地下鉄に乗ってみませんか。
彼を探してみませんか。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月08日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
続・湿原の植物
マクロステレオカメラを作ってから、草花の写真を多く撮るようになった。花壇に咲く花を撮ることもあれば、野原に行って撮ることもある。そうした中で気付くのが、園芸種と呼ばれる人の手によって品種改良された花と、自然のままに咲く花とはだいぶ趣が異なるということ。往々にして品種改良されたものはより花をきれいに、大きく咲かせるように選択と交配が重ねられたものだから、見ごたえはあるが素朴さというものは失われている。
どちらがいいとも言えないのだが、自分にとってはマクロで撮って面白いのは野生の花の方のような気がする。とはいえ、近所の空き地で咲いている花なんかは、野生なのか園芸種なのかわからない場合もある。古い花壇に植えられていたものから種が代々芽を出し、花壇がなくなってからも花を咲かせているたくましい奴らもいる。植物図鑑で調べればいいのだろうけど、これが結構面倒くさい。いろいろ撮影しても未だに名前のわからない花というのも多い。
湿原に行って撮ったきれいな花も、名前のわからないものがある。遊歩道の脇にいくつか咲いていたもので、赤い小さな花が鞠のように集まっているものがあった。この花は湿地ではなく、だいぶ踏み固められ、草がだいぶ生えているところにあった。そのため、湿原の植物として調べても出てこなかった。たぶんマイナーな部類になるんだろう。もうちょっと気合を入れて調べればいいんだが、どうにも面倒だ。誰か教えてください(こういう楽な方向に流れるのがイケナイ)。
花の名前を調べるのは面倒というだけでなく、苦労して判明した割にはつまらない名前だったり、なんとも変な由来だったりすることもあり、がっかりという場合が結構ある。スライドマウントに和名を記載するぐらいなら、学名をラテン語で入れておいたほうがカッコイイんじゃないかとも思ったりする。で、学名まで調べるとなるとさらに面倒くさいというわけ。

投稿者 sekiguchi : 2010年06月04日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
湿原の植物
車山高原で、山を降りて疲れきった後の話。日没までまだ時間があるので、湿原に行ってそこの植物を撮ることにした。湿原というのは簡単に言っちゃえば浅い沼に草やコケが生えまくり、枯れた植物が積み重なっていった水はけが悪い土地である。積み重なった枯れ草は、気温が上がらないため分解しきれずに炭化し、泥炭になってゆく。
湿原は標高の高い土地によく見られるが、これは年間平均気温が低いためである。南の土地になると、標高が高くても年間平均気温が高くなるので湿原が維持できない。だいたい中国地方あたりに南限があるらしい。
こういった日当たりがよくて水が豊富にあるにもかかわらず、気温が低く、土地の養分が低い環境では珍しい植物が繁殖している。湿原でよく見られる食虫植物は養分を補うために虫を取るのだと聞いたことがある。
そういうわけで、普段は見ることのない植物がたくさんあるだろうと考えた。ただ、僕は植物の専門家じゃないし、事前に調べておいたわけでもない。とにかく、珍しそうなもの、きれいなものをステレオ撮影することにした。
整備された遊歩道を歩き、ここから撮影する。湿原の内部に足を踏み入れてはいけない。それは安全のためではない。踏み固められた場所は普通の植物が根を下ろしやすく、湿原の草原化が進んでしまう。湿原の保護のため、遊歩道以外を歩くことはいけないことなのだ。それでも、遊歩道からでもたくさんの植物を観察することができる。
日没が近くなり、そろそろ引き上げようかとしたとき。カメラのシャッターダイヤルを見ると1/125sになっている。しまった!どこかでうっかりダイヤルを回してしまった。1/60sでないとストロボが同調しないのだ。結局、湿原で撮ったフィルムの半分がボツになった。デジタルでもフィルムでも、撮影前の機材点検。これ、とっても大事です。

投稿者 sekiguchi : 2010年05月28日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
マツムシソウとタテハチョウ
高山植物というのは日常ではあまり触れることのない花が咲き、観賞の対象として面白い。シーズンオフのスキー場など、夏場の観光用にリフトを運転しているところもある。こういったものを利用すると楽である。本格的に山に登る装備をしなくても、撮影機材が多少あっても山の上のほうに行くことができる。山を徒歩で降りながら撮影するというわけだ。
だいぶ前になるが、長野県の車山高原に行くことがあった。初夏のさわやかな風が吹く中、ステレオ撮影機材を担いでリフトに乗った。山々が見渡せ、雲がたなびき、いい気分である。リフトから眺める足元には、色とりどりの花が咲いている。あれもこれも珍しい。リフトを降りたら順番に撮影しよう。撮影意欲が涌いてくる。
だが、リフトを降りたとたんに気がついた。予備のブローニーフィルム全部を車の中に置き忘れてきたのだ。機材の準備をするときに、10本入りの箱ごと座席の足元に置いたのだ。日が当たって温度が上がらないようにと一時的に置いたのだ。それをバッグに入れ忘れた。リフトを降りたとたん、記憶のスイッチが入ってそのときの記憶が鮮明によみがえったのだ。
下りのリフトに乗ってフィルムを取ってこようか、とも思ったが、とりあえず手持ちのフィルムで撮影しながら降りると決めた。これがいけなかった。スキーで降りるのなら1分もかからない。そんな記憶が判断を誤らせた。撮影しながら徒歩で降りると思ったより時間がかかる。1時間歩いて半分しか消化できない。こんなに時間がかかるとは思わなかった。
カメラのフィルムカウンターを気にしながら撮影するのは疲れる。ようやく下まで降りきったときには疲れ果てていて、フィルムを持ってもう一回登る気にはならなかった。一休みして、別の撮影スポットで気分を変えることにした。
デジタルでもフィルムでも、撮影前の機材点検。これ、とっても大事です。

投稿者 sekiguchi : 2010年05月25日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
セルフタイマー
自分の姿も一緒に写真に写りたい、そんなときに使うのがセルフタイマーだが、リアリストをはじめとしてセルフタイマー機構が備わったステレオカメラは皆無だ。いや、たぶん皆無だと思う。どうだったかなー。見たことがない。
では、そういう目的でステレオ撮影ができないかというとそんなことはない。後付のセルフタイマーというのがある。これは子供の頃にウチにもあった。セルフ機構のないカメラにレリーズネジを使って取り付けるもので、ぜんまい仕掛けで動く。セットレバーを回してスターとボタンをスライドさせると、内部でガバナー機構がジーっという音を放ちながら作動する。セットレバーが定位置にくると、シャッターを押す棒が繰り出されてシャッターが切れるという仕組だ。
レリーズの取り付け部分が二重のネジになっていて、押し棒の繰り出し量をカメラに合わせて調節できるようになっている。注意するのは、この押し棒はぜんまいの力で無理やり押すので、よく調整しておかないとカメラのシャッター機構を壊しそうな勢いで押しまくる。また、用心しすぎて繰り出し量が少ないとシャッターが切れない。
子供の頃はおもちゃにして、歯車の音を楽しんでいたが、その時のものはもうない。こんなもの、昔のものを中古で丹念に探さねばならないのかなぁと、姿かたちを思い出していると、まだ現役で作られて販売されている。早速購入してみると、形もほとんど一緒。おもちゃにして遊んでいた頃の記憶がよみがえる。こういうものは一つあると便利だ。
しかし、タイマーだとなかなかシャッターのタイミングが合わないというご意見もあろう。こういう場合はエアレリーズがお勧めだ。5mほど離れて、自分でシャッターを操作することができる。チューブを継ぎ足せばさらに離れて撮影もできる。それにしてもこのエアレリーズのポンプ、空気圧でぴょんぴょん動くゴムのかえるちゃんに付いているヤツに似ている。
投稿者 sekiguchi : 2010年05月21日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
露出計の話・再び
露出計は大きく分類して2種類ある。反射光式、つまり被写体の明るさを直接計測する方式は今やどのオートマチック・カメラも採用している。この方式に慣れてしまってから全く方式の異なる入射光式の露出計を使うと、こんな大雑把でいいのかな?という感じで戸惑うだろう。もっとも、デジカメをフルオートで使っている限りは知る由もない世界なんだが。
一眼レフで採用されているTTL露出計は反射光式を発展させたものだ。レンズを向ける方向によって数値がめまぐるしく変化する。数値を追いかけながら、光を読んでいる気分になる。被写体の明るさを分析している気分になる。
一方、入射光式露出計が示してくれる数値はそんなにめまぐるしく数値が変わらない。被写体に降り注ぐ光の強さを教えてくれるからだ。だから同じ季節、同じ時刻の同じ方角を向いた屋外の露出というのは大体同じ。
感覚的に、細かく数値を教えてくれる反射光式のほうがいいンじゃないかと感じても、使い比べると入射光式を使ったほうがきれいに撮れている。白いものは白く、黒いものは黒く写る。ステレオではこちらのほうが合っている。見た感じそのままを写そうと思えば、入射光式の方が性に合っているのだ。一眼レフの多くは、画面の平均の明るさがある基準のグレーと同じ明るさになるように数値を示している。露出計の方式で、使い方は全く異なるのである。
僕は、日中屋外でのリアリストの相棒にはスタジオデラックスが一番だと思っている。この露出計にはオプションで直読式スライドという測光部のマスクがあって、フィルム感度とシャッタースピードを決めておけば絞りの値を針が指してくれる。でも、リアリストの国際系列のシャッターに合うようには作られたものがない。そこで黒ケント紙を使い、光の通る穴の大きさを調整して自作してみた。ISO・100、1/200secで絞りが直読できるスライドだ。なかなか便利です。
投稿者 sekiguchi : 2010年05月18日 10:00 | コメント (2) | トラックバック (0)
除虫菊の里
夏が近づくと、あのいやな虫、蚊が飛び回る。奴らはほんの少しの水溜りさえあれば繁殖する。バケツに水を入れて外に放置しておこうものなら、ボウフラがたくさん涌いてくる。それにしても、奴らはどうやって冬を越しているんだろう。
蚊を退治するのに今ではいろいろと殺虫成分を配合した商品が売っているが、僕らの世代で馴染み深いのはやはり蚊取り線香だろう。少々煙たいが、ブタを模った線香置きなど趣深い。線香の渦巻き型、昔は手でこねた線香のモトをひも状にして巻いて形作った。燃焼時間を長くする工夫だという。この線香のモトに、蚊が嫌う殺虫成分を錬り込んであるというわけだ。
蚊取り線香のパッケージには菊がデザインされている。そういえば子供の頃、蚊取り線香には菊が練り込んであると聞いた。だから強烈に濃い緑色なのか、と納得したのを思い出す。だけど、仏壇の線香も含めて、線香は緑色が普通だったじゃないか。やはり、なぜ緑?・・・まあ、それはさておき、練り込んでいる菊は普通の菊ではなく、殺虫成分を多く含む除虫菊であるということを最近になって知った。今は大量生産のために合成された殺虫成分が使われているが、今でも昔ながらの蚊取り線香がある。
この除虫菊の花畑が瀬戸内海の因島で見られるという。5月ごろが見ごろだというので行ってみた。日の当たる斜面を利用して除虫菊が植えられている。小さな白い花が一面に広がっていて美しい。こういう花畑を立体写真にすると面白い。立体で見ると、一つ一つの花が分離して、どの花も主張しているように見える。これが線香になるとは想像もつかない。
それにしても瀬戸内海というのはいつ行っても波が穏やかだ。静かな海に小さな島々が浮かぶ。風は穏やかで波の音もせず、海はまるで大きな湖のようだ。ふと見上げれば、除虫菊の咲く丘から島々を結ぶ吊り橋が見える。これだけ美しい風景がありながら、派手な観光地にならずに島の暮らしが残っている。のんびりと海からの風を身に浴びるのが心地よい。

投稿者 sekiguchi : 2010年05月14日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
対馬
たまたまある用事で、対馬に行くことになった。九州と朝鮮半島のあいだにある南北に細長く伸びる島。あらためて地図をよく見ると、朝鮮半島と九州のちょうど真ん中辺りに位置していて、朝鮮半島までは50kmほどしか離れていない。地理的な関係から、大陸との交易の拠点になったであろう事は歴史を調べるまでもなく容易に想像できる。
日帰りの用事であったが、時間的に余裕があったので万松院に行ってみた。ここは約400年前に対馬藩主である宗家が建立した寺であるという。ここでいろいろ聞いたのが、宗家は当時の朝鮮王朝との交易で中心的な存在であり、重要な役割を持ってそれに仕えたこと、山手には代々の墓が建立されていて、墓所の内部には財宝が隠されている、とか。また、その墓は朝鮮王朝の文化を取り入れた朝鮮様式であるとか、墓石が重すぎて墓荒らしの盗賊が途中で諦めた跡がある、とか。
墓所までの階段には和風の灯篭が並んでおり、ここ全体が朝鮮との折衷様式になっているという。そんな話を聞きながら、やっぱり僕は歴史が得意じゃないと思い知らされた。この辺の歴史は学校でも習ったのだろうが、ちっとも憶えていない。
せっかく立ち寄ったのだから、階段を登って宗家の墓所にお参りに行ってみた。驚いたのは墓所の周りに杉の巨木が並んでいる。木の勢いも良く、幹が太い。これだけ大きな杉というのも珍しい。おそらく樹齢は1000年を超えているのではないだろうか。万松院が建立された以前からここにいたに違いない。
日が暮れる前には島を後にしたのだが、昼食の定食で出た刺身が最高においしかったのを思い出す。泊りであるなら、夕食には刺身の舟盛をオーダーしたことだろう。対馬海流が流れるこの島は、漁場として最高の場所にある。とびきり鮮度のいい魚が手に入るのだろう。次に行く機会があったら、極上の刺身醤油を持ち込んで旬の魚を存分に味わう、と決めている。

投稿者 sekiguchi : 2010年05月11日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
鉱物の世界
水晶の結晶のような、透明で規則正しい形をした鉱物が地中で作られた、というのはなんとも不思議なものである。地面を構成しているのは地味な石ころや砂ばかりだが、これらも美しい鉱物たちも、組成の成り立ちは同じようなものである。地殻を構成する元素が、何らかのプロセスを経て結晶の形になったものが美しい鉱物として現れる。
特に硬いものは磨かれ、宝石として扱われるが、その原石とか、宝石としては扱われない鉱物を目にすることは少ないかもしれない。鉱物を扱っている店というのもあるが、扱う種類が多くはないし、特にきれいなものだけ売っているので高価である。
そんな中、毎年新宿で開催されるミネラルフェアというのがあり、ここに行くとその規模に圧倒される。国内外から多くのディラーが集まり、鉱物、化石、隕石などなどが展示販売されている。値段も手ごろなものからあり、買わずとも一日中眺めて回っても面白い。聞いたこともない鉱物に会えることもある。僕にとっては、手のひらほどの小さな結晶を値切って買うのがいつもの楽しみだ。
さて、購入した鉱物はルーペで拡大してみると一層面白いのだが、ルーペでの観賞は片目になる。両目でステレオ視したら面白いだろう、ということで拡大したステレオ写真を作ることにした。これにはフィルム一眼レフを使い、接写リングに標準レンズをリバースで取り付け、特に倍率を大きく設定した。慎重にフォーカスをあわせ、1枚目を撮影したら鉱物をわずかに横にスライドしてもう一枚を撮る。これで視差のある左右画面が撮れたはずである。スライドの幅はテキトウだ。
現像してマウントにセットすると、実に自然な感じで立体視できるではないか。鉱物結晶を拡大してステレオ観賞するのはオモシロイ。こんなものがどうやって作られたのか。地底というのは本当に神秘の世界である。ステレオ観賞はオモシロイが、写真だといろいろな角度で見られない不満が出てきた。やっぱり実体顕微鏡が必要かな。

△ミネラルフェアの化石ブース

投稿者 sekiguchi : 2010年05月07日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
パノラマカメラ
ちょっと変わったカメラのカテゴリーということで、たまにはパノラマカメラの話題を。普通の画面の上下をトリミングしてもパノラマ風になるが、強烈な画角は得られない。本格的に驚異的な画角で撮りたい。レンズを横方向にスイングする本物のパノラマカメラが欲しくなった。さて、現行品として販売されているのはウクライナ製のホリゾン202である。ebayで検索すると出てくるのだが、入札する段になって迷いが出てきた。こんなプラスチック風のカメラで楽しめるだろうか。
やっぱりクラシックでいこうというわけで、ホリゾンの原型となったHORIZONTをebayで手に入れることとした。この手のものは光線漏れがひどく発生すると聞く。それを修理するのも面白いぢゃないか。しばらくマーケットをウオッチして、前期型が出ていたので落札した。こいつはソ連時代のものである。はるばるロシアから送られてきた。さっそく動作確認をして問題が無いので試写してみると、案の定光線漏れがひどい。よく調べてみると、ボディとレンズユニットの隙間を遮光している部品が劣化していることがわかった。これを交換するには底蓋をあけてガバナー機構を外さねばならない。
苦労して分解し、フィルムパトローネの口にある毛の生えた(?)遮光パーツを使って再生した。困ったことに、組み立てるときに部品がうまく合わない。加工精度が悪いのに、無理やり組まれていたから分解した後で位置が合わないのだ。部品を加工修正してなんとかしたが、ガバナーがうまく動くように組むのが大変だった。ついでにファインダーのクリーニングをしようとしたが、分解できない。接着してあるので、お湯で煮て無理やり分解(笑)。ついでに液漏れしていた水準器も分解再組立した。
修理後は光線漏れも解消して快調。キリル文字の機体も気に入っているし、脅威の画角を楽しんでいる。プリントはスキャナーで取り込み、ネットプリントを使ってパノラマプリント指定で仕上げると安くて簡単だ。おもしろい。
投稿者 sekiguchi : 2010年05月04日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
鍾乳洞探検
一度でいいから行ってみたかった、山口県の秋芳洞。図鑑で見る秋芳洞の千枚皿や、巨大な鍾乳石は、平面の写真でありながら不思議な雰囲気と美しさを伝えてくた。人間の手が一切加えられていない、自然の力のみで作られた神秘の世界。これを間近で見たらどんなに素晴しいだろう。少年のころの思いがやっとかなう時が来た。洞窟に一歩入ると、不思議な世界が広がる。
これをステレオ撮影するために、リアリストに大型のストロボをセットすることにした。大型といってもガイドナンバー36だからそんなに大きいわけじゃない。でも、最近のカメラ内蔵型のストロボが当たり前に見えてくると、なんとも巨大なものに見えてくる。このストロボはパナソニックがまだナショナルだったころのもので、海外にも大いに輸出されたもの。国内で販売されていたものを持っていたが、シューの部分が破損したので同じものをebayで手に入れたのだ。
さて、鍾乳洞とか洞窟というものは、年間を通じて気温があまり変化しない。夏場だとひんやりと涼しい。しかし湿度は異常に高い。天井からも水滴がポタリと落ちてくる。この水滴が鍾乳洞の中の神秘的な造形を生み出したモトなんである。水滴の中の成分が不思議な造形を作っている。
しかしこの湿度、電気製品には酷な環境だろう、と思っていた矢先にストロボが発光しなくなった。マズイ!と思っていたら内部から破裂音がしていやな臭いが。。。ああ、またコンデンサーのヤツが!!
これ以上使っていたら何が起こるかわからない。電池を抜いてバッグに放り込む。しかし鍾乳洞の中に照明があるものの、撮影には暗すぎる。ううむ。ストロボ無しではどうにもならない。しばらくの後、もう一度だめもとで電池を入れてみた・・・おおっ。動くぢゃぁないか。購入した相手の英国人は長年使っていなかったのだろう。中にホコリでも溜まり、それが湿気を吸い、高電圧がかかってショートしたのかも。というわけで、ちょっとビビリながらであったが、無事神秘の世界の撮影を終えた。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月30日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
暗視装置
暗視装置と言っても、スパイ映画に出てくるような光を増幅する装置じゃない。前に紹介した自作のマクロステレオカメラだけど、レンズの絞りが固定なので薄暗くなるとピント合わせがまったくできなくなる。被写体までの距離を測ってカメラをセットすればいいのだけれど、動き回る被写体とか、昆虫や小動物のように逃げてしまう被写体には使えない方法だ。
ピントを合わせる間だけ、被写体をライトで照らしてやればいいのだが。露光の邪魔になるので、シャッターを開けるときはこのライトはOFFにしなければならない。カメラを構えたまま、一連の撮影動作でライトのスイッチ操作をやるのはムリ。そこで考えたのが、カメラのシャッターボタンに押しスイッチを付けて、このスイッチを押している間はライトがOFFになるような仕組み。ライトをOFFにするスイッチをシャッターと一緒に押し込めば、撮影動作の中にライトの消灯動作を組み入れることができる、というわけ。
早速、秋葉原に行って部品の調達だ。一番肝心なのはライト。懐中電灯程度のものでいいのだが、発光する部分がコンパクトじゃないといけない。これがなかなかいいものが無く、途方にくれていると安売り雑貨屋の店頭に粗末な懐中電灯が売っていた。1個100円なり。なぜか電球の部分が中途半端なフレキシブルになっていたが、これが使える。
このライトを適当に切断し、電池やリレー、スイッチを収納したボックスに無理やりエポキシ接着剤で取り付けた。このボックスはマミヤ645の三脚ネジ穴を利用して、カメラの底部にしっかり固定できるように作っている。ちょっと仰々しい姿になったが、薄暗いところでの撮影に絶大な威力があるカメラに変身した。暗闇でもピント合わせが簡単にできるのだ。
目下の目標は、暗くなると出てくるヤモリの撮影に使おうと思っている。でも、ヤモリにも行動範囲があるのか、屋根の端っこのほうにしか出てこないのでなかなか撮影の機会に恵まれない。
投稿者 sekiguchi : 2010年04月27日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
カマキリ・ファイト
秋口になると、草むらでカマキリの卵を見つけたものだ。子どもの頃はその形の面白さから採集したりもしたが、最近の子供たちはカマキリの卵を知っているだろうか。大人になった今では採集することなどないが、僕が子供の頃の話。葦の茎に産み付けられたオオカマキリの卵を採ってきた。それを、部屋のどこかに置いたままうっかり忘れてしまった。その後の顛末を紹介しよう。
春先になり、だいぶ暖かくなってきたある日、部屋のあちこちに小さなカマキリがいるのだ。初めは外から迷い込んできたのだと思ったが、あまりに数が多い。気味がわるくなって良く考えると、外から持ち込んだ卵を棚の奥に置きっぱなしだったことに気がついた。あわてて手にとっても遅い。スポンジ状の卵殻はすでに中身が空っぽだ。
そんな悪夢のような、忘れていた思い出は、マクロステレオカメラを持ってフィールドに出たときに。初夏にさしかかろうという季節、大きくなり始めた草木の葉に、あの小さなカマキリがいるのを見つけた。まだ小さく、生まれてからさほど経っていないに違いない。あの時部屋にいた、たくさんの子カマキリたちの姿が脳裏に浮かんでくる。
ということは、この近くにまだたくさんいるはずだ。一匹見つけたら百匹はいる。どこかで聞いたようなフレーズが浮かんでくる。草木の葉の隅々を観察すると・・・いるいる。たくさんの子カマキリがいる。だが、卵から生まれた兄弟たちはもっと数が多かったに違いない。彼らは生まれてすぐの頃は共食いをするのだと聞いたことがある。
レンズを向けるとこちらの動きを察知して逃げる。葉の表にいたヤツが、サッと葉の裏側に回りこむ。しかし、逃げた先には先客がいた。たぶんコイツの兄弟だ。お互いに睨み合い、ファイティングポーズをとったまま動かなくなった。さあ、どちらが先に仕掛けるか・・・シャッターを切った後、僕がレフェリーになって片方を別の葉に追いやった。やれやれ。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月23日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
単体距離計
僕は目測というのが嫌いだ。日中の屋外で絞りを十分に絞っているから、適当にフォーカスをあわせておいても大丈夫。という状況でも距離計を使わないと落ち着かない。手を抜いているような気がしてしょうがないのだ。これがビューマスターパーソナルのように、フォーカスダイヤルがもともとありません、という状況なら諦めて使うのだけどね。だけど、フォーカスダイヤルが付いているのに距離計がない、というのはどうしてもダメである。第一、機械として面白くない。
そんな距離計の付いていない代表格がベルプラスカだろう。このカメラ、フォーカスダイヤルを回すとそれに連動してビューファインダーの視野が動き、パララックス補正をするようになっている。そこまで凝った機能を持っているなら、距離計ぐらい付けておいたらどうなんだ。と怒ったってしょうがない。単体の距離計を探してくればいいのだ。
単体距離計は二つの窓を持った箱型の構造で、アイピースを覗くとそれぞれの窓から入った風景が見える。覗きながらダイヤルを回すと内部のミラーが動いて、二つの像が合う。このときのダイヤル指標で距離を知るというもの。この距離にあわせてカメラのフォーカスダイヤルを操作する。小さくてカメラのアクセサリーシューに取り付けられるものがいい。
気をつけなきゃならないのは、距離表示はメートルとフィートの2種類がある。カメラと距離計は同じ単位系にしておかなければ使いづらい。ベルプラスカはメートル系だったので、メートル表示の距離計を探した。もちろん中古で。
欲しいとなるとなかなか見つからない。あちこち歩いて、やっと上野のお店で見つけた。なぜかこれにはアイピースが二つある。何だろ?と思って手に取ると、光学式の露出計であった。ここを覗いて一番暗く見える数字を探し、上にあるダイヤルでシャッターと絞りを選定する。面白いものを見つけた。ベルプラスカにぴったり。よしよし。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月20日 10:00 | コメント (2) | トラックバック (0)
飛行機を見に行こう
世の中に交通機関は数あれど、空を飛ぶものは乗ることはあっても手が触れるような間近で見ることは少ないだろう。空港に行って旅客機を見ることはできても、エンジンの中を覗き込んだりすることはできない。でも、航空機を展示している場所だったらできるのではないか。そう、自衛隊の一般公開がこんな望みをかなえてくれる。航空機だから航空自衛隊かというと、空自は飛行展示がメインであり、着陸している機体には近づけない。陸自は車輌がメインで、航空機となるとヘリコプターが若干展示されるのみ。ヘリもいいけどやっぱりジェット機がいい。となるとお勧めなのが海自の下総基地だ。
ここは海上自衛隊の直轄部隊であり、教育航空集団を構成する組織なのだ。航空機に係わる隊員たちの教育を行っている。ここも他の駐屯地と同様、記念行事として年に一回の一般公開をしている。戦闘機こそはないものの、様々な用途の航空機が集まり、展示されている。これがまた、手に触れることができるほどに間近で見ることができる。もちろん、オ手ヲ触レナイデクダサイとういことなんだけど。ステレオで撮影すると、本当に触れることができるのではという感じが伝わるかな。ヘリコプターのプロペラなんかはステレオで撮ると面白い。マウントのときに、わざとステレオウインドウより手前になるように左右画面を調整する。そうすると「飛び出る」ステレオ写真になる。これはオモシロイよ。
航空機を眺めるだけでなく、基地内では様々なイベントが実施されるのでこれを見るのも楽しい。時間の経つのもあっという間で終わりの時刻になり、そろそろ引き上げようかという頃。名残惜しいなぁと思っていたら、展示の航空機達が順番に飛び立ち、元の所属に帰ってゆくではないか。さっきまで近くで見ていた機体が飛び立ってゆくのである。これには感動した。バンクで翼を振り、去ってゆく。やっぱり、航空機は飛んでゆくところを見送らねばしっくりこないものだ


投稿者 sekiguchi : 2010年04月16日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ミドリの恐怖
春先の森や雑木林に行くと、木々の新芽や、つつじのつぼみが膨らみだしている。落ち葉で覆われた地面からも、ところどころ草の芽が出始めている。真夏になると藪に覆われてしまうところも、春先ならいやな虫に会わずに奥のほうまで入ってゆける。カメラを持って、何か面白い題材はないかと散策をしたときのことである。
この日にカメラに装てんしたフィルムは、当時新しく期間限定で発売されたフジのフォルティア。従来のフィルムより鮮やかで、原色が際立って表現されると聞き、興味津々で初めて使ったのだ。こういうのが出てくるというのは本当に嬉しい。フィルムの種類が減ってゆく中、新しいフィルムを出してくれることに感謝している。
さて、近所の山に行ってみる。どうということのない山であるが、とりあえず遊歩道がある。あちこちにもう花が咲いている。地面にはスミレが群生していて、小さな紫の花がたくさん咲いている。こういうのはもうだいぶ撮ったので、もうちょっと変わったものがないものか。見たこともないような、不思議な生物に出会えないものかと森の奥のほうに入ってみる。
しばらく歩くと、道が手入れされていない、苔むした感じになってきた。倒木が道をふさいでそのままのところもある。なかなかイイ感じにワイルドになってきた。もっと進むと、どうやって進めばいいんだ?というような道なき道になってしまい、こんなところで遭難?という思いがよぎる。ついには湧き水が沢になった場所に出くわし、進めなくなった。
足元を見ると、シダの仲間が生い茂っている。新芽がゼンマイのように巻いている。この形、よく見るととても不思議だ。突然開いて、襲われるのではないかというような不気味な形でもある。これをステレオで撮る。
現像すると、フォルティアは緑の発色が濃く、独特だった。意図した以上に不思議な生物感が溢れる仕上がりになった。


投稿者 sekiguchi : 2010年04月13日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ロケット基地の見学
日本のロケット打ち上げ場は2箇所ある。鹿児島県の大隈半島にある内之浦宇宙空間観測所と種子島宇宙センターだ。どちらもだいぶ前に見学に行ったのだが、内之浦のほうは撮影をしなかった。してはいけなかったのか、勝手に遠慮したのか覚えていないが、普通は入れない施設の中も見せていただいた。古い建物の片隅にニキシー管表示の制御装置か何かがあってとても興味深いものがあった。日本ではじめて人工衛星を打ち上げ「おおすみ」と名付けたのは、打ち上げ場所のあるこの半島の名前から取っている。その頃の装置かと思うようなものが置いてある一方で、別棟では最新の電子機器が使われている。小ぢんまりとした感じでありながら、日本の宇宙開発の歴史を感じさせてくれる場所である。
種子島に渡って、宇宙センターではH-Ⅱロケットの発射台を見学した。内之浦の固体ロケットとは違い、大型の液体燃料ロケットを発射する場所であるため発射台にも工夫がある。ロケット噴射を受け止める部分はコンクリート製の大きな水槽になっていて、燃焼ガスの威力を受け止める仕組になっている。実際にロケットがセットされていれば相当な迫力であろう。発射台だけでも、ここから宇宙に飛び立つのに必要な多くの課題を克服するための工夫が盛り込まれている。
さて、種子島といえば鉄砲伝来の島である。異国の技術を基にしているとはいえ、日本の鍛造技術があってこそ鉄砲を国内で作ることができたのだ。今でも種子島には昔からの鍛冶屋さんがおり、鋏などの製造をしている。鋏を一丁購入させていただき、作業の様子を見学させていただいた。ふいごの炭火で真っ赤に加熱された鋼を、ハンマーでたたいて命を吹き込む。硬い刃先と持ち手の鋼をつなぎ合わせる。あわせ面に硼砂と砂鉄を混ぜたものを挟むそうである。ハンマーをひと振り。飛び散る火の粉が美しい。物造りの素晴しさを感じる一瞬である。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
2回撮りマクロ
マクロでステレオを撮るというのはオモシロイものである。それにしても、なぜ「マクロ」と言うのだろう。辞書で調べると「マクロ経済学」なんていうのが出てくる。この場合の意味は「経済を巨視的に見る・・・」なんて書いてある。ええっ?巨視的に見るって、マクロ写真の意味には当てはまらないんじゃないの?ミクロ写真とか、ミクロレンズって言ったほうがぴったりなんぢゃねぇの?と、頭の中が混乱してくる。
どうやら、被写体を拡大して撮影するという意味で、拡大の意味を持つ「マクロ」を冠しているらしい。拡大写真、拡大レンズ。なるほど。そうなると、「マクロ・ステレオ」と言うならば、フィルム上で等倍以上の画像が得られるべきではないか、というわけで、強力に拡大したステレオ写真を撮影してみることにした。
拡大率を大きくしながら画面サイズを確保したステレオカメラというのは、構造的に作るのが難しい。一眼レフに接写レンズをつけて、カメラか被写体を左右にずらして2枚撮り、視差を得るというやり方が簡単だ。どのくらいずらせば良いかというのはやってみて確かめるしかなさそうだ。被写体が勝手に動いては困るので、室内で動かないものを対象にした。
接写専用のレンズが手元になかったので、一眼レフに標準レンズを接写リングを介してリバースで取り付ける。レンズの前玉がフィルムのほうを向くように取り付けるのだ。こうしたほうが強拡大の場合はいい結果が得られる。絞りを最小にして、被写界深度をかせぐが、それでもピントの合う範囲はごく薄くなる。暗くなったピントグラスがとても見えにくい。
今回は被写体をわずかに5mmほど左にずらしてみた。現像すると同じようなコマが二つ並んでいるだけのように見える。マウント前に裸眼の平行法で確認してみると、確かに立体になっている。これはオモシロイ。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月06日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
てんとう虫
飛んでいる昆虫を撮影するのはとても難しい。動きが素早く、予測不可能な動きをするからだ。マクロカメラの薄暗い、焦点の浅いファインダーで追いかけて撮影するのはとても大変だ。ハエを箸で掴むようなものだ。だから飛び立つ瞬間を待ち伏せで撮る。甲虫の場合は、羽を広げて飛ぶまでフォーカスを合わせて待ち伏せて撮る。この甲虫を撮るのが大変。
カブトムシやカミキリムシがいつ飛び立つかなんて予測がつかない。待ち伏せているあいだも動き回るので追いかけるのが大変。そんな中でも、テントウムシのように棒の先端に登りきったところで飛び立つ習性を持つものはまだ撮りやすい。それでも、わざわざ棒を立てて撮影するのも無粋だなあ、ということで、草むらの中で動き回るテントウムシを追いかける。
葉の先端に行ったところで飛ぶかな?と予想をつけてカメラを構える。でもそのまま折り返して、違うところに行ってしまうことも多い。そんなことを繰り返しているうち、運よく飛び立つことがあるのだが、こっちはあわててしまう。シャッターを切った瞬間にはフレームの外に飛んでいってしまっていることのほうが多いのだ。
そんな苦労の末、なんとかフレーム内に納まったものがある。テントウムシは外側の羽を大きく広げ、内側の薄い羽を羽ばたかせているのがわかる。飛しょうの光跡が尾を引いている。おや?この光跡、テントウムシの頭側から伸びている。
バックしながら飛んでいるわけではない。マクロカメラのベースとなったマミヤ645のストロボシンクロは、先幕シンクロといって、シャッターが全開した瞬間にストロボが発光するようになっている。一般的なフォーカルプレーンシャッターは全部先幕シンクロだ。シャッターが閉じ始めた瞬間にシンクロする後幕式ならテントウムシの後に光跡が伸びるように写るのだが。
いつかマミヤ645を改造して後幕シンクロを増設してやろうと思うのだが、壊れても困るので躊躇しているところ。

投稿者 sekiguchi : 2010年04月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
逆ステレオ
マウントのとき、左右の画面を間違えてセットすると凹凸が逆になった妙なステレオ写真ができてしまう。左右を間違えなくても、フィルムの裏と表を間違えても同じことが起きる。完全に貼り付けてから気がつくと、マウントをはがしてやり直さなければならないから大変だ。大事なフィルムに傷がついてしまうこともある。
左右を間違えないようにという意味で、ステレオカメラの画面には切り欠きが付いていることがある。リアリストの場合だと、右側画面の下(フィルムだと上下が逆になるから上)に台形のくぼみが付いている。でも、実際に撮影したフィルムではこのマークは見えにくい。僕はマウント作業のときにこのマークをあてにせず、フィルムのコマナンバーの大小で左右の確認をしている。ただ、作業の時には画像が逆になる位置でセット作業をするので、コマナンバーは逆文字で見なければならない。うっかりするとフィルムの裏表を間違えてセットしてしまうことがたまにある。
話は変わり、山の中で咲いている桜の撮影に行ったことがある。公園に咲いている桜とは違い、人の手が入っていないから樹高が高い。低い位置に枝が伸びていないので、桜の花は遥か頭上にある。おまけに足元は膝ぐらいまで伸びた雑草でいっぱい。見上げた姿勢で撮影するしかなかった。これをマウントして鑑賞すると、やっぱり花が遠くて面白みが無い。
何枚かマウントしているときに間違って逆ステレオにしてしまった。ところが、桜の花が近くに飛び出して見える。ちょっと変わった感じの写真になったが、密集した木々の葉枝を背景に桜の花が手前に見える。普通にマウントすると地味に背景に埋もれてしまう花が、よりきれいに見えるではないか。これは面白い。マウントをやり直すことなくそのまま仕上げた。逆ステレオの使い方として新しい発見をした気分だ。積極的に使えるワザでもないが、こんな効果もあるんだというお話でした。

これは平行法でご覧下さい。
投稿者 sekiguchi : 2010年03月30日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
一本桜
春といえば桜。なじみの深いのはソメイヨシノ。いっせいに開花するので桜前線が北上して・・・というようなニュースを毎年聞かされる。ソメイヨシノというのは栽培種であり、人間が手を加えて品種改良し、全国に広めていったものである。では、品種改良したのならそのモトとなった桜は?といえは、山に咲く山桜である。山桜と一口に言っても亜種が多く、その木特有の花を咲かせたりする。ソメイヨシノより早く咲くものもあれば、だいぶ後になって咲くものもある。
山里には古い山桜が大事に残されていて、巨樹となり、その地域の一本桜として有名になっている場合がある。天然記念物に指定されているものもある。広島県の比婆山脈にある山里に、こうした一本桜で有名なところが3箇所ある。それぞれ車で20分圏内に隣接しているから、開花の時期がうまく合えば1日で3箇所を巡ることが出来る。最近はこうした一本桜巡りがブームなのか、見に行く人も多いので桜の周りに囲いがしてある。根を踏みつけると木が傷むからである。どれも樹齢が数百年と推定される貴重なものだから、毎年花を咲かせてくれるよう配慮してあげねばならぬ。
3本のどの桜も見事だが、千鳥別尺の山桜と呼ばれるものは視界が開けている中にドンと立っている。のんびりと花見をするのにちょうどいい。樹高が高く、周りが刈り取ったあとの田になっているので、囲いの外で弁当を広げても木の全体が見渡せる。ちょうど近くの田では田植えの前の代掻き作業をしていて、水を張った水田に大きく桜が写っている。夕刻までのんびりしていると、対面の山から満月が昇ってきた。水田に満月が映える。こういった幻想的な風景は写真に残すのがとても難しい。イメージ通りにはなかなか撮れないものだ。
こういった風景はいつまでも失われること無く残って欲しいと思う。

木の根本に小さなほこらがある
投稿者 sekiguchi : 2010年03月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビュアーへパワーを投入せよ
乾電池というのは、得られる電力に比べ、その製造に使われるエネルギーのほうがはるかに大きい。だから電池は便利でも、よく考えて無駄なく使わなければ環境にやさしいとはいえない。ステレオビュアーのバックライトには、単1乾電池を使うものがほとんどだ。使い捨ての乾電池を屋内で使うのはやっぱりもったいない。
では、家庭のコンセントから得られる電力、昔は電灯線と言っていたこのエネルギーで、まさに電灯を灯してみようというわけだ。豆電球用の電圧に落とすにはトランスを使えばいいのはわかっているが、僕は何度も言うように電気工作が苦手である。100Vの電気を扱う勇気は無い。
じゃあ、簡単なところでACアダプタを使ってみっか、となったのだけど、電圧は適合しても電流が適合しないと危険らしい。豆電球というのは、意外と大きな電流が流れるらしいのだ。試しに使ったACアダプタでは電流量が足りないらしく、豆電球が蛍のように光っている。この状態はACアダプタにとって負荷が高い状態になっているのかもしれない。
いろいろ当たってみたが、大きな電流のACアダプタというのはあまり一般的ではないようだ。あるとき、ホームセンターに立ち寄ったら、お買い得品コーナー(早い話が売れ残り)のワゴンの中に、携帯電話専用の充電用ACアダプタが置いてあった。異様に大きいので規格を確認したら、3.0Vの2Aとある。これならいけるかなと思い、いつも使っているクリプトン電球につないだら、一瞬明るく光ってフィラメントが切れてしまった。普通電球の3.0Vに付け替えると、クリプトン電球並みに明るくなった。長時間使ってもACアダプタは異常がないようだ。これなら大丈夫かな。
というわけで、今はなんとなく不安を抱えながら使っている。いつかのようにバン!!というのは経験したくないものだ。
投稿者 sekiguchi : 2010年03月23日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
火星大接近
今から約6年半前の2003年8月に火星が地球に大接近した。地球も火星も太陽の周りを楕円軌道で回っているから、あるところで大きく近づくことがあるのだ。このときはマスコミも大きく報道し、各地の公開天文台は見学客でにぎわった。僕も大きな望遠鏡のある天文台に出かけ、約5600万km彼方の火星の姿を見せてもらった。地球に大接近した火星はマイナス2等級ぐらい。望遠鏡で拡大すると赤く輝く円盤に、微かな模様が浮かび上がる。
にわかに天文熱が出始め、情報を収集すると9月9日には月に近づいて見えるという。これは距離が近づくという意味ではなく、見かけ上の位置が近づくということ。角度で6分まで近づいて見えるというではないか。明るく輝く火星は、満月に近い月に近づいても霞むことなく見えるし、望遠レンズを使って両方を同一画面に写すこともできるだろう。
ところで、星は地球の自転によって東から西に移動して見える。月も同じように動くが、月は地球の周りを回っているので、この分だけ移動する速さが違う。厳密に言えば、火星も太陽の周りを回っているから、恒星とはわずかに移動する早さが違うのだ。この辺の詳しい話はやめておく。火星と月の間隔が時間とともに変わるということだ。というわけで、一眼レフに350mmの望遠レンズを付け、三脚に固定してわずかな露出で撮影した。時間を置いてもう一回撮影。これをステレオペアに見立ててマウントすると、間隔の変化が視差と同じように働く。月の奥に火星が輝く立体写真が完成した。
わざわざ立体にしなくてもよいではないか、という声も聞こえてきそうであるが、ちょっとやってみたかったのである。空を見上げたときには月に火星が接近するように見えるが、これは見かけ上のことであって、実は相当な距離があるのだ、という写真にしたかったのだ・・・大きな望遠鏡で撮影した写真でやったら、もっと面白かったかもしれない。

投稿者 sekiguchi : 2010年03月19日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フォーカスの調整再び・後編
さて、お茶を飲んで気持ちをリラックスしてから調整の作業に入る。まず、遠景の被写体で距離計にずれが出ていないことを確認しておく。これをやっておかないと後で全部の調整がやり直しになる。ここで紹介するのは、前に紹介した遠距離を基準としたものではなく、近距離の被写体でばっちり調整する方法だ。
テーブルに小型三脚を置いて、カメラを載せる。レンズの絞りを開放にし、シャッターをTにして開ける。ピントグラスを、ガタつかないように輪ゴムを使ってフィルムレールに密着させる。さて、被写体は何にしよう。テレビをつけると、日曜だったのでゴルフトーナメントがやっていた。これにしよう。部屋の照明を落とした状態のテレビ画面はピントグラスでよく見える。また、ゴルフでは画面の隅にスコアが小さな文字で表示されるので、これを使うと正確な確認ができる。
被写体までの距離は、距離計を使って約4フィート。ピントグラスで像を確認すると3フィート強になっている。一度分解したので、初めからこうなっていたのではない。この状態は、フィルムとレンズの距離を大きくするよう調整する。フィルムレールの調整ネジを右に回す。尻に目印をつけたドライバーで少し回して距離計に合わす、という作業を繰り返す。
まず右フレームのセンターで合わせ、次に左のセンターで合わせる。もう一度右のセンターを確認する。次は右の上ハジで合わせ、次に左の上。右の下に移って同様に調整する。全部調整したら、ネジが4本なのでどこかレールにガタがあるはず。ガタの位置を確かめたら、1本だけ低くなっているネジをゆっくりと右に回してガタを取る。カメラに耳を当ててレールを触り、慎重にガタを確認する。ここまでやったら、もう一度左右のフレームの各部分でフォーカスが出ているか確認。ネジの回り止めの処置をしておしまい。ちょうどゴルフの番組が終わったところだけど、誰が優勝したのか覚えていない。

近距離でもジャスピン(笑)
投稿者 sekiguchi : 2010年03月16日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フォーカスの調整再び・前編
久しぶりにリアリストのお話。手持ちのリアリストの中で、特別にシャッターをチューンした1台があるけど、そのときに調整したつもりのフォーカス位置が合っていないことに気がついた。これはもう一度調整しなければならない。
ところで、リアリストのフィルムレール、つまりフィルムが乗っかって擦動するところは黒い塗装がしてある。前から疑問に思っていたのだけど、寸法精度とか、面の平行度が厳しく要求される部分には塗装はしないものである。近代的なカメラになるとこの部分は精巧な工作機械で切削されていて、金属の素地が出ているのだ。もっとも、リアリストの場合でもごく後期のもの、CUSTOMなどは塗装ではなく切削した金属面になっているものがある。
せっかくフォーカスの再調整をするなら徹底してやってみることにした。フィルムレールを外し、フィルムとのコンタクト面を水平に研磨するのだ。600番のサンドペーパーから始まって、4000番まで使って仕上げる。平らな面にペーパーを置いて、力が偏らないように磨りあげるのが一番大事なところ。匠の気持ちで仕上げてゆく。削って気がついたのが、オリジナルの塗装の状態のままでも平面性は悪くない。しかし、ここはスペシャルに仕上げよう。
仕上げたフィルムレールを再び組み入れる。そこにフォーカス確認用のスクリーンをセットする。適当なすりガラスが無かったから、透明なガラスをガラス切りでカットして、この上に乳白色の薄いフィルムを貼り付けた。精度よく調整するには、このフィルムはできるだけ薄いほうがいい。あまり厚いものだとどこにピントがあっているのかわからなくなる。フィルムレールには調整用のネジ穴があり、ガラスはこの穴を避けるように窪ませなくてはいけない。荒い砥石でゴリゴリやって作ったのだけど、ここまでくるのに一苦労。次は精神力の要る調整作業だ。さて、いっぷく一休み。
投稿者 sekiguchi : 2010年03月12日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
幸福の木
何かのお祝いで貰った「幸福の木」という植木が実家にある。30cmぐらいの丸太が植木鉢に立ててあって、その丸太から葉が出ているという、文章にするとなんとも変な姿しか想像できないような代物なんだが。これが、環境が合っていたのかどんどん育っている。植え替えたりしながらもう今では10年以上経つ。茂った葉が天井に届きそうになっている。
特に花も咲かない、いわゆる観葉植物というヤツだ。成長に勢いがあり、いったいどこまで伸びれば気がすむのだろうと思っていたら、見慣れない芽のようなものが出てきた。その形からもしや花の芽か?と思っていたら大きくなりながら伸びてきた。白いつぼみのような、球状の集合体が枝についている。この球状体がいくつも枝にぶら下がっているのだ。
これは珍しいコトかと思って調べたら、やっぱり珍しいコトらしい。幸福の木というのは、「ドラセナ」という植物の、いくつかの亜種のうちの一つのようである。花を咲かせるのは珍しく、数年に一度しか咲かないのだそうだ。それに、たいていの家庭は花が咲く前に株ごと枯らしてしまうらしい。そんな珍しいものなら、無事に開花して欲しいものだ。期待して待つ。
ようやく花が開き始めると、甘い香りが部屋中に広がる。こんな小さな花なのに、これほどまでにと思うほど香りが強い。放射状に並んだ花はマクロステレオに最適の被写体、ということで早速撮影。マウントに仕上げるとなかなか面白い。
数日の後、花は全て散ってしまい、あの甘い香りも部屋から消えた。花が散ったら株ごと枯れてしまうかと心配したが、相変わらず旺盛に成長している。あれから2回目の開花の兆しはない。たまに写真を見ては懐かしく思うくらい印象的な出来事だったのだが。はて、あの甘い香りはどんな風だったか。時が経つと記憶が薄れる。ステレオマウントに香りも記録できれば面白いだろうに。将来デジタル技術が進歩し、いずれは香りも記録できるようになるだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2010年03月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
下北再び
シモキタと言っても下北沢じゃないよ。本州の最北、下北半島である。最近は大間のマグロ一本釣りでTVに登場したりするが、他にも見所がいろいろある。前に恐山の話を書いたが、その後、寒さが和らいだ季節に再び行く機会があった。その話。
この半島は本当に不思議な形をしている。マサカリの柄の部分は両側を海に囲まれた南北に伸びる陸地なのだが、たとえば羽田発-千歳行きの飛行機に乗るとこの上空をまっすぐ通り、その地形を観察することができる。東側は太平洋の荒波、西側は湖のように静かな陸奥湾に挟まれている。この海に挟まれた土地には菜の花の耕作面積が日本一の横浜町がある。春先には菜の花がいっせいに花開く。上空から見ると黄色いモザイクが一面に広がって美しい。
今回は三沢空港からレンタカーを借り、太平洋側の道を北上した。菜の花畑は実に広大で、どこまでも黄色いじゅうたんが広がっている。ステレオ写真というのは、ハイパーステレオにしない限り遠景の立体感は出ないのであるが、こういう手前から奥まで花畑というような状況なら臨場感があるのではないかという気がしていた。スライドに仕上げると広大な風景がビュアーの奥に広がるではないか。さて、モニターでどこまで再現できるか。。。それにしても本当に広い菜の花畑だ。
黄色一面を堪能し、さらに北上すると、鳴り砂のある海岸があり、さらに北上して最先端まで行くと尻屋崎という岬にたどり着く。ここには天然記念物の寒立馬と呼ばれる野生馬がいる。ずんぐりとした体形がかわいらしい。野生といっても管理された放牧環境にある。岬には灯台があり、海と灯台と馬という不思議なコントラストの風景がここにあるのだ。
さて、陸奥湾の名物はホタテである。ここのホタテは大きくて味が良い。残念ながらこの時期は旬をやや過ぎていた。代わりに乾物のホタテを味わうと、これが実に旨い。ビュアー片手に土産の乾物ホタテで酒が進んでしまうではないか。


投稿者 sekiguchi : 2010年03月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
測距儀
リアリストのレンジファインダーはミリタリータイプだと以前に書いたことがある。戦場で砲撃をするには、まず標的までの距離を測る。この距離に弾丸が落ちるように調節して弾丸を発射する。どうやって調節するかというと、弾丸が飛ぶ速度と砲の仰角で調整する。砲によっては射撃のたびに火薬の量を調節し、弾丸が飛ぶ速度を変えられるものもある。
そんなわけで、戦場では目標物までの距離というのは重要な情報で、レーダとかレーザー光線を使った距離計で計測をする。光学機器としては測距儀があり、現代では射撃には使わず、僚艦との距離を測ることなどに使われる。
このレンジファインダーの親分みたいな機械、海上自衛隊が行う観艦式で見ることができる。昔、運よく観艦式の予行に参加する艦船に乗船できた。横須賀港を出航し、各方面から来た艦船と相模湾で合流。縦一列になって進んでゆく。このきっちり並んで進むことは高度の操艦技術が必要だという。ここでも測距儀が使われることだろう。
航空機の観閲、艦艇の観閲、訓練展示と続き、一連の行事を終えるとまた一列になって港に帰る。帰る頃になると、艦内のあちこちを見学させてもらうことができた。ブリッジの近くに周囲が見渡せる見張り台のようなものがあって、ここに測距儀が置いてあった。アイピースを覗き込むとリアリストと同じように上下に分割した像が見える。ダイヤルを回すと像が動く。先を行く艦艇のマストに合わせてみる。ゆっくりと、カメラでフォーカスをあわせるようにダイヤルを回す。
ちょうどマストの像がきっちりと合った。ダイヤルの数値を見ると1kmほどだったろうか。基線長が長いのでこのぐらいの距離のものでも正確に測定できる。こういうのがあれば距離を測るのに便利だ。でも、なんに使うの??・・・おお、そうだ、ハイパーステレオを撮るときに使ったら相当便利じゃないかな。ね、使えそうですよね、関谷サン。

投稿者 sekiguchi : 2010年03月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
日比谷公園探訪
名前の通り、東京の日比谷にある公園。こう書いちゃうと普通の公園みたいな感じになっちゃうのだが、歴史のある公園なのだ。東京、銀座、有楽町といった日本でも地価の高い場所にありながら、けっこう広い面積を持っているというのも驚きだ。その大きさは東京ドームの3.5個分ある。長方形の敷地の中はいくつかに区切られている。
ここに行くと花壇と噴水があって、集まる鳩にえさをやる人、昼休みにお弁当を広げているOL、そんなテレビドラマでよくある風景が見られる。少し歩くと木々が茂り、野良猫達がたくさん群れていたりする。池が3カ所あるが、この中には勝手に放流された生き物がたくさんいるらしい。巨大魚が棲んでいると話題にもなったが、外から見る限り特に変わったものが見えるわけじゃない。その他に、隅のベンチでは疲れきった企業戦士の昼寝を観察することもできる。
そんな風景をリアリストで撮るのもどうかなあ、というわけで、僕はカメラを持ってわざわざ公園へ撮影に出かけるということはなかった。行っても被写体としてはあんまり面白くない。どうもこういう風景は自分にはなじまない。ベンチに座っていても気が休まらないのだ。都会の公園って、なんか自分にはあっていないのかな、なんて感じたりする。
そんな日比谷公園だが、夕刻になると周囲の雰囲気が変わる。別に公園の中が怪しい感じになるという意味じゃないよ。夕刻になってから公園に行く趣味などないのだ。この公園、周りを大きなビルが囲んでいる。たくさんの窓には人々が働く明かりが灯っている。公園の外から眺めると、夕闇に沈む公園とビルの明かりのコントラストが美しい。
こういう風景は好きである。公園でベンチに座っているよりよっぽど心が和む。そんなわけで、この風景をステレオで残すことにした。リアリストを使っての2度撮り。ステレオベースを1mほどにした、若干のハイパーステレオである。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
あっ!ネジがない!
前に「旅カメラ」のタイトルで、海外旅行で故障が起きてもあわてなかったという話を書いた。まあ、あわてなかったんだけどちょっとビビった(笑)。それは、アフリカに皆既日食を見に行ったときだった。メインの皆既日食を見る前に、あちこち観光に寄る。サファリとか、ビクトリアの滝を見たりとか。移動はおもに小さなバスだったのでよく揺れる。この揺れがいけなかったんだろうか。気がつくとフォーカスノブの無限遠位置にあるマイナスネジがなくなっている。
このネジがなくなってしまうと、フォーカスノブが際限なく回ってしまう。普通は1回転しかしないようになっているのにどこまでも回るではないか。いじっているうち、何回転したのかわからなくなってしまった。まずい!
メインの皆既日食を見る前に、フォーカスができなくなってしまった。これは大変だ!・・・まてよ、よく考えたら、フィルムレールとレンジファインダーは常に同期しているから、レンジファインダーを信用すればいいのだ。落ち着いてカメラの構造を思い出せばなんでもないことだった。とりあえず、その辺の木の枝を折ってネジ穴に差し込んでおく。
このままでもいいんだが、さすがに木の枝じゃかっこ悪い。小さなネジがないか探してみると、サングラスの蝶つがいのネジが合うかもしれない。と思って早速取り付けてみると合うではないか。帰国するまでカメラにはこのネジで代用してもらおう。サングラスの蝶つがいには、細い針金を探してきてこれで留めた。はてさて、どっちがかっこ悪いんだか。
ネジは振動に弱い。繰り返し振動を与えるとだんだん緩んでくるのだ。かつてアポロが月に行ったとき、日本製の双眼鏡が載せられた。打ち上げのときの強烈な振動でネジが緩まないよう、技術者は相当な苦心と工夫をしたそうである。機械の主要要素と言われてきたネジだが、現代のカメラではコストを下げるという目的でその数を減らしているという。
投稿者 sekiguchi : 2010年02月23日 15:41 | コメント (0) | トラックバック (0)
サファリ・サファリ
日本国内でもサファリパークは何箇所かある。自家用車もしくはパークのバスに乗って庭園内をめぐり、間近で動物たちを見るというものである。そして入り口で必ず注意されるのが、決して窓を開けないでくださいというもの。こちらとしても車の中にトラが侵入してきては大いに困る。言われなくても閉めるが、改めて言われると妙に緊張する。
そんなサファリパークもアフリカでは全く別のものになる。場所はボツワナのチョベ国立公園。ジープのような完全に外界とオープンになった車に乗り、運転手兼ガイドの案内で柵も何もないサバンナを疾走するのだ。ガイドは万が一のためにライフル銃を携帯している。無線で仲間からどこにどんな動物がいるか連絡が入ると、そこに向けて車を飛ばすのだ。
我々が出発したのはまだ日が昇る前の早朝。空気が乾燥していて、なおかつやや寒い。まずは湿地帯の近くに行く。車のスピードが落ち、ゆっくりと窺うようにして水辺の近くに行くと、朝焼けに光る水面に黒い影が群れる。カバの群だ。鳥たちがカバの体の上にとまっている。太陽が昇り始め、鳥たちがいっせいに飛び立つと、我々も次のスポットに移動だ。
太陽が上りきっていない、まだ薄暗い藪の中に大きな影が見える。なんと、象の親子だ。子連れの象を刺激しては危険ではないかと緊張が走る。だが、何事もないように草を食み、ゆっくりと奥のほうへ歩いてゆく。
自然の動物が相手なので必ず会えるとは限らない。そこに棲んでいる動物にしか会えない。だが、ホロの無い車から象やライオンと対峙するというのはスリルを超えて感動がある。そして地平線が見渡せる丘に出たとき、アフリカの、この大地の、とてつもない大きさが身体に伝わってくる。サバンナの黄色く色づいた草原を3頭のインパラが走り去る。美しい光景だった。
帰国して日常の生活に戻ったが、いつかまたあの地を訪れたいと願う。人類の故郷の地がDNAに呼びかけているのだ。


藪の中にライオンを発見!
(「続・旅カメラ」の上段写真もあわせてご覧下さい)
投稿者 sekiguchi : 2010年02月19日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ザンベジ川観光
前回紹介したビクトリアフォールズのもととなっているのがザンベジ川だ。雨季と乾季で水量が大きく変わるらしいが、雨季の雨水を大量に抱えた川面は茶色に濁っている。この川には観光船があり、これに乗り込んだ。
両岸には大きな木々が生い茂り、どこまでも同じ景色が広がっている。広大な川面は濁りながらもゆったりと流れている。のんびりとした景色だが、下流ではあの大きな大地の裂け目が口をあけて待ち構えているに違いない。この大河、水面をじっと見つめると、どんな怪魚が潜んでいても不思議ではないという思いが涌いてくる。事前に調べると、この川にはデンキナマズが生息しているらしい。本当かどうか現地のガイドに片言の英語で尋ねると、確かにデンキナマズがいるらしい。
南半球のこの地では太陽は北にあり、その光跡は左下に向かって落ちてゆく。時刻は夕刻を迎えたが、まだ太陽はぎらぎらと輝いている。船が減速すると、そこはカバの群がいる場所だった。あちこちの水面に大きな塊が浮かんだかと思うと、カバの息継ぎで水しぶきが上がり、観客の歓声が湧き上がる。すかさずリアリストのシャッターを切る。
こういった広大な自然を撮影するには広角レンズがちょうどいい。僕は同じモデルのリアリストを2台持ってゆき、片方には広角レンズアタッチメントのレデュフォーカスを装着した。ノーマルの画角と使い分けるのにアタッチメントをいちいち取り外すのも面倒なのでこうしている。2台あるとフィルム交換の頻度も軽減する。だがこのスタイル、結構目立つ。
ぎらぎらとした太陽は、オレンジ色に輝きながら水平線のかなたに消えてゆこうとしている。最後まで強い光を放ちながら沈んでゆく。これがアフリカの太陽なのだ。水面に輝くオレンジ色の光の道が大きく広がってゆく。両岸がシルエットに沈むこの景色を広角で撮影する。空は深みを増した藍色に変り、まもなく南天の星たちが夜空を飾ることだろう。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月16日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビクトリアという名の大滝
アフリカツアーの見所の一つとして、ザンビア・ジンバブエ国境にあるビクトリアフォールズを訪れた。大きな大きな滝である。世界3大瀑布の一つに数えられるが、この滝のスケールはホントウに大きい。大河が大地の裂け目に落ち込んでいる、そんな言葉のほうがイメージに合致する。季節は乾季に入っていたが、雨季に降った大量の雨水で川の水量が増していた。
遠くからも巨大な水煙が見えるほどで、見学にはビジターセンターで受付をし、ビニール製の簡易レインコートを受け取る。びしょ濡れになるのだろうということが容易に想像できる。草木が生い茂る小道を進むと突然目の前が開け、地鳴りのような水の落ちる音とともに巨大な滝が現れる。水しぶきで大きな虹がかかる。すばらしい景色が広がる。
この滝を発見し、西欧諸国に知らしめたのが19世紀の宣教師であり探検家のデイビィッド・リビングストンだ。彼の像が滝を見下ろすかのように建てられている。後で気がついたのだが、ビューマスターのリールC-3100番は、まだこの辺りがローデシアと呼ばれていた頃のビクトリアフォールズの3D写真で、僕が見たリビングストンの像がすでに収められている。ビューマスターの滝はずいぶんと水量が減ったときのもので、実際に見た滝の迫力とは程遠い。
この滝は幅が1km以上あり、対岸に遊歩道が整備されている。歩きながら滝の全貌を見て回ることができる。先ほどまでレインコートなどいらないではないかと思っていたが、場所によってはしぶきが雨のように降り注いでいる場所がある。空は快晴なのに、水煙で霧の中にいるようだ。カメラが濡れないように気を使っていたが、足元はずぶ濡れになってしまった。
滝幅の端まで歩き、自然が作り出した奇跡の造形を十分堪能した。なぜか気持ちも晴れ晴れ。はて、これはマイナスイオン(?)の効果だろうか。そんなイオンが本当にあるか知らないが、いつの間にか足元が乾燥した空気ですっかり乾いていた。

(「続・旅カメラ」の中段写真もあわせてご覧下さい)
投稿者 sekiguchi : 2010年02月12日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
霜柱
霜柱というのは霜とは発生のメカニズムが違うそうだ。霜は空気中の水蒸気が氷になったものだが、霜柱は土に含まれた水分が凍ってできる。霜が成長して柱状にまでなった、ということではないのだ。
この霜柱、最近は見なくなったと思っていたのだが、温暖化とかそういう問題ではなさそうだ。霜柱ができるような地面が少なくなったということらしい。そう言われれば、普段の生活で土の地面に接する機会がずいぶんと減った。昔は自動車が通らないような小道にはよくて砂利がひいてあったぐらいだが、今はどんな小道にもアスファルトがひいてある。
アスファルトというのは石油から作るんだよなあ、と考えると、人間はずいぶんとたくさんの石油を地面から吸い上げたことになる。砂利とか砂を混ぜてあるとはいえ、結構な量の石油が必要なんじゃないかな。ほんと、すんごい量である。このアスファルト舗装のために霜柱ができる環境が少なくなっている。だから見なくなっているのも当然だ。
霜が降りている寒い朝に、近くの空き地に行ってみると踏み固められた地面には霜柱はない。やわらかい畑の土のようなところじゃないとできないようだ。そんなところはないものかと探してみると、やや粗い土が盛ってあるところにできていた。これが、一見しただけでは霜柱があるように見えない。足で踏んだら崩れたのでわかったのだ。盛り土の表面が氷で持ち上げられているので、外からちょっと見ただけでは普通の土の面しか見えないためだ。
久しぶりに見て、ああ、こんな風だったと思い出した。氷の柱はよく見るときれいだ。早速マクロステレオカメラで撮影する。柱状に成長するメカニズムはどうなっているのか。興味が尽きないが、日が昇って地面が温められ始めるとどんどんと融けてゆく。条件によっていろいろな形態の霜柱が発生すると聞く。次にはどんなものを見ることができるだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2010年02月09日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フィルムが無くなったら
不吉な予言である。弾がない鉄砲、ガス欠の車、電池のないデジタルカメラ。どれも役に立たない。無いなら買ってくればいいが、売ってないなら買いだめしておくとか対策が必要になる。だから自衛隊では有事のために弾薬を備蓄しているし、政府は産業に必要な重要な物資は計画を持って備蓄している。デジカメを使う人だって予備の電池を携帯しているはず。
ではフィルムも備蓄しておけば解決かというと、そうはならない。フィルムには有効期限があって、これを過ぎるとカラーバランスが崩れてゆくのだ。変な色の写真になる。もうひとつ、フィルムには現像のプロセスが不可欠だけど、フィルムの供給が止まれば現像のインフラもすぐに無くなる。今のうちフィルムを買いだめしておいても、いずれ使えなくなるのだ。
そんなことを考えながら、過去に撮った写真を眺めているとスカーラ200で撮ったものを見てひらめいた。モノクロポジのフィルムである。カラーにはない新鮮な感動があった。フィルムを備蓄するなら、モノクロフィルムではどうだろう。しかし、ローライスライドダイレクトの販売がまだされていないので、入手しやすいモノクロネガフィルムに頼ろう。
モノクロネガフィルムは冷凍状態にすれば長期間の保存に耐えると思われる。当然有効期限はあるが、過ぎても感度がやや低下する程度だろう。これを自家現像で反転処理をするのだ。現像のインフラもこれで解決だ。あとは簡便に自家現像で反転することが残された課題だ。なるべく危険な薬品を使わず、高品質のスライドを得る方法を探すのだ。
というわけで、僕はいつの日にかフィルム各社が重大発表を行ったとしてもあわてない。そのときはモノクロフィルムを買い漁り、大量に冷凍備蓄するだろう。まさにフィルムのある限りリアリストを使うというわけだ。そんな日はまだ先でしょう、と思いつつ密かに研究を進めているのだ。・・・カラー写真は?・・・そのときこそデジタルです(笑)

投稿者 sekiguchi : 2010年02月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
コマ箱
マウントするために長巻のフィルムをカットすると、全部で58コマになる。これをバラバラにならないよう保管しておくのはけっこう苦労するのだ。いったん全部カットして、左右のペアごとに並べ替える。ここまではまあいいとして、これをどう保管するか。一つにまとめてフィルムケースの中に入れておくのも良い。蓋を閉めておけばバラバラになったり、コマの順番が乱れてペアが崩れることがない。だけど、マウント作業のときは取り出しにくい。
理想を言えば、内部に仕切りがある箱で、1ペアごとに取り出せるものがいい。そんなものがリアリストのマウントキットに、プラスチック製のトレイとして同梱されている。もちろん中古品。ebayなどで入手するしか方法がない。
キット全部はいらない。この箱だけ欲しい。それでebayを監視していたが、結構人気があって高額になりやすい。たかが箱に、と思うほど高くなる場合があるのだ。それに実物を見たことがなく、細部の仕様がわからないので入札しにくい。
それなら、自分で作ればいいではないか。またまた「自分で作るシリーズ」である。たかが箱なら紙で作ればいい。自作マウントの研究のため、買っておいたA4判ケント紙がある。これを使おう。紙のカットは、自作マウントの加工で活躍してくれているクラフトロボを出動させれば簡単なはず。さてと、早速カットデータを作成しよう。
自分が使いやすいよう寸法を決めてデザインするのは楽しいものだ。クラフトロボを使うと、はさみで切るより数段高精度に、しかも早くカットできる。こういうとき、ホントウに頼りになる。カットしたパーツを組み合わせるとピタリと合う。
各部を糊付けし、保管時の埃避けのために蓋も作る。クラフト模型を作るのはこんな感じかな?と思いながら楽しく作業完了。どうせならと3個作製した。その日からマウント作業が実にやりやすくなった。おススメです。
投稿者 sekiguchi : 2010年02月02日 10:00 | コメント (2) | トラックバック (0)
クスノキとFILM
写真はガラス乾板の時代を経て、取り扱いの簡単なロールフィルムに替わっていった。やわらかさと透明性を持った画期的な材料、それがセルロイドだった。セルロイドは石油製品ではない。天然の原料から作られている。ニトロセルロースと樟脳である。ニトロセルロースは綿花の芯を硝酸で処理して作る。また、樟脳はクスノキの精油成分から作られる。
セルロイドの主原料としているニトロセルロースは良く燃える。砲弾を発射する発射薬の構成品としても使われるように、いったん火がつくと燃え広がる性質がある。昔の映画館やフィルム倉庫は、火事になると手に負えないほど延焼したという。そのため、写真のフィルムに使われるベースの素材は、セルロイドから難燃性の樹脂フィルムに置き換わっていったのだ。
今ある写真フィルムに、セーフティフィルムとわざわざ但し書きを入れているのもその名残だ。セルロイドはフィルムに限らず、今ではあまり使われなくなった。きれいなセルロイド製の万年筆も、今では在庫の材料を使って作っているらしい。
セルロイドのもう一つの原料である樟脳、これを採るために昔はクスノキがずいぶん植樹されたという。クスノキは自然林にはあまりなく、里山に人の手で植えられたものが多い。それが今では巨木になって残っていることもある。僕の住む町にも県の天然記念物になっている大きなクスノキがある。樹齢は数百年が経っていると思われるが、木の勢いは衰えることなく枝の隅々まで葉が茂っている。遠くから見ると小さな森のようにも見えるほどだ。
石油が枯渇したら、プラスチックが世の中からなくなる。そうしたらプラモデルも作れない、と子供の頃に心配した。当然、写真フィルムも作れない。だけど、セルロイドを使えば石油がなくても大丈夫じゃないか。燃えにくくする工夫ができればいいのだ。そんな世の中になるのはまだもう少し先なのだろうか。せめて、今のうちにクスノキを大事にしておこう。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月29日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
くだもの之樹
果物がなる木というのは好きである。色づいた実が枝にぶら下がっている様子を見るのは楽しい。特に好きなのはリンゴの木。果樹園では、収穫の手間を少なくするためか木の高さを低くしているところもある。今でも忘れられないのが、北海道の岩見沢辺りだったか、曲がりくねった道の両脇にリンゴ畑が広がる光景に出会ったときのこと。
大して交通量もないところで、桂沢湖経由で富良野に向かう近道として通ったときだ。周りの景色が一瞬変わった。果樹園なのだろうが、柵がない。小さくまとめられた木が丘の斜面にまばらにあり、どれも大きな赤いリンゴがなっている。誰もいない、自分の車しかいない状況に、おとぎの国に迷い込んだ気分だ。ほんとうに、絵本に出てくるような風景だった。残念ながら、このときはステレオ写真をやっていなかった。普通の写真も撮ったであろうが、なぜか手元に残っていない。
さて、南北に伸びる日本は、その土地ごとに果樹園も変わってくる。そんな風景を見て回るのも楽しいものだ。瀬戸内海近辺はなんと言ってもミカンの産地だ。斜面一面がオレンジ色の小玉で埋め尽くされる様子は美しい。ちょうどよい季節に訪れると、ここもまたおとぎの国のようだった。果樹園によっては観光農園としてミカン狩りをさせてくれるところもある。小高い丘に登り、遠くに瀬戸内の海を望みながらミカンを摘むのも楽しいものである。
なるべく小さいものの方が味が良いといわれ、小ぶりでよく色づいているものを選んで摘む。その場で食べても良いので、木の根元にはミカンの皮がいっぱいに散らばっている。こんなふうに簡単に手でむけるオレンジというのは、日本のミカンにしかない特長らしい。味わいながら収穫用の袋に入れるが、あっという間にいっぱいになった。
だんだんと日が暮れて、赤い夕日に照らされたミカンがいっそうオレンジ色に、キラキラと輝いていた。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
白色LED
以前に、バックライト付ビュアーの色温度を上げる方法について書いた。あれは豆電球の色温度をフィルターを使って補正する、というものだったが光源自体を白色化できればより簡単になる。昔は高価だった白色LEDも、ずいぶんと安価になってあちこちに使われるのを見るようになった。消費電力も少なくて済む。では、これをビュアーに組み込んでみようというのは自然な流れだった。
実際に組み込んでみると、いろいろと問題があることがわかった。一見明るく見えるLEDの光だが、指向性が強いため、画面の全部を明るく照らすには複数個のLEDが必要になる。もう一つはLEDの色調にばらつきがあること。もともと、白色LEDのベースとなっているのは青色LEDで、この光をモトに蛍光を発する物質を組み合わせて白色になるように構成されている。そのため、やや青みがかった光を発するものがどうしても出てくる。
もう一つは、LEDといえども大きな電流を流しすぎると発熱する。このあたりの回路設計がどうにも苦手だ。僕は電気工作が苦手なのだ。あれこれやっているうち、LEDが劣化したのかどれも微妙に青っぽい光になってしまった。それでも、デルタステレオ用のビュアーに組み入れた。電池はリチウム電池を使い、もともと軽量なビュアーがさらに軽量になった。
使ってみるとなかなかいいんだけど、やっぱり青みが気になる。これを補正するには、黄色のフィルターを使う。青と黄色を混ぜたら緑色になるじゃないか、というのは絵の具の場合。光の場合は違うのだ。
というわけで、結局フィルター補正で白色にした。でもどうしても電気回路がこれで正しいのか気にかかる。いつかのコンデンサのように、いきなりバン!!ってなことにならないだろうか。心配なのであまり使っていない。

▲豆電球の口金にLED4灯をセットした。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月22日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
圧板の修理
ベルプラスカで撮影すると、必ずフィルムに横線が入ることに気がついた。乳剤面ではなくて裏面だから、圧板かどこかにキズの原因となるヤツが潜んでいるはずだ。漫画に出てくる虫歯菌のような、とんがった槍を持ったヤツが必ずいる。
そう思ってカメラのあちこちを触ってみるんだが、どうにもよくわからない。キズはとても小さいので、人間の指先では感知できないような小さなヤツなんだろう。原因と考えられるのはやっぱり圧板だ。このカメラはオークションで購入したのだが、圧板の一部に塗装の剥がれがあった。当然、この部分は自分で丹念に補修したのだが。
何回か塗装の補修をやり直したのだが直らない。仕方が無いので圧板を交換するしかない。しかし、オリジナルの圧板を外してしまうのは心苦しい。オリジナルに近い形で、もう一度修復する機会があるかもしれないのだ。できることなら、大きく手を加えないで修復したい。
そこで選択したのが、オリジナルの圧板の上に、薄い新しい圧板を貼り付ける方法だ。新しい圧板はジャンクカメラから採取することにした。ちょうど2台で400円のコンパクトカメラがあったので、この圧板を取り外す。プラスチック素材なので、裏側を紙やすりで薄く削ってゆく。この作業は簡単そうで実は難しい。均一に削るには訓練がいる。僕は昔、金属の顕微鏡試料を研磨することばかりやっていたことがあって、その経験のおかげでうまく削ることができるのだ。
新しい圧板をベルプラスカにセットできるようにカットする。切り口の角は丸く削り落として、ここは研磨で滑らかにする。プラスチック用のコンパウンドを使い、最後はCDのキズ修復用の研磨剤を使った。これをオリジナルの圧板の上に、両面テープで貼り付けた。この結果、キズは発生しなくなったのだが。・・・虫歯菌のようなヤツは、まだ両面テープにくっついている。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月20日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
氷でできた宝石
寒い寒い冬がやってきた。大地が硬く凍っているかのように冷たい。秋にあれほどうるさく鳴いていた虫たちも姿を消し、卵の姿で冷たい大地の中でじっと冬が過ぎ去るのを待っている。空気は乾燥し、冷たい風がさびしく吹いている。こんな季節はマクロカメラを持ってフィールドに出ても被写体となる題材が乏しく、さびしい気分になる。
だが、こういう季節だからこそ出会えるものもある。底冷えのするような朝は、放射冷却現象のため地面一面に霜が降りていることがある。この霜のできる過程というのは結構不思議な現象だ。乾燥した空気の中にも、ある程度の水が水蒸気、つまりは水が気体の形で空気に含まれている。地面が空気よりも先に氷点下に下がり、その時の空気の温度と含まれる水分量がある一定の条件を満たすと、水分が昇華して地面に氷として現れる。気体から直接固体になるという不思議な現象なのだ。
ここで霜が付いた様子をルーペで拡大してみよう。小さな氷がキラキラと輝いているのが見える。小さな粒は、空気中の水分が結晶の形で固まったものなのだ。一度液体になって水から固まったものではないから、粒の一つ一つが単独の結晶なのだ。雪の結晶にも似ている。天然の水晶のように表面が角ばっているものもある。だからキラキラと光っている。
この霜は、朝日が昇り、日光が当たるととたんに融けて消えてしまう。太陽がまだ低い位置にあるわずかな時間帯が撮影のチャンスだ。フィールドに出ると、葉牡丹にたくさんの氷の結晶ができている。拡大するととてもきれいだ。自分の息で氷が融けないように注意しながら撮影する。フィルムをマウントして、ビュアーで見ると氷の粒が光って見える。
フィルムをスキャナーで取り込んだが、輝きがうまく再現できない。マクロモードのあるカメラなら、2度撮りでステレオになるから皆さんもチャレンジしてみるといい。くれぐれも温かい服装で風邪などひかないようご注意を。


モニターだとキラキラが見え・・・ないですネ。すんません。
投稿者 sekiguchi : 2010年01月15日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
なぜFILM?
ステレオの話を書き続けて、ちょっと間が空いたりしながらもよく続くものだと自分でも感心する。まだまだ続けばよいなと思っている。そのうち、自分の子供の友達から「カメラおじさん」と呼ばれそうである。このコラムでは自分のことを「僕」と称しているが、実はいいおじさんの年齢である。カメラおじさんといえば「ちびまるこちゃん」に登場するたまちゃんのお父さんを思い出す。ライカ、ライカと熱を上げているお父さんである。どこか自分に似ていなくもないな、と思う。
「ちびまるこちゃん」の原作者のさくらももこさんはエッセイの中で、ライカを作品に登場させたことで当時の販売代理店から感謝され、漆塗りのライカをプレゼントで貰ったと書かれている。今まで、ごく一部のヒトしか知らなかった外国製のカメラを世に知らしめた功績を讃え、ということである。漆塗りのライカ。なんともうらやましい。僕がせっせとリアリストのことを書いても、ホワイト社はすでに存在していないので漆塗りのリアリストを手に入れることはできそうにない。
こんなことを書いていると、じゃあ自分で作ってみるか、漆塗り。などとろくなことを考えない、とも言えないので恐ろしい。でもいいだろうな、金蒔絵か象嵌、螺鈿なんぞをほどこしたリアリスト。
でもまあ、誰に感謝されるのでなくてもいい。僕の話がフィルムでステレオを撮る人の何かの役に立ってくれればいいのだ。ステレオ写真というのはとても楽しい。ちょっと難しいところがあるかもしれないけど、それもまた楽しい。立体写真になじみのない人に見せてあげると、つまらない写真でも感動してくれる。撮ってあげてプレゼントすれば、なお喜ばれる。思い出がいつまでも残るし、特別な機械を使わなくても、いつでも思い出をよみがえらせてくれる。僕がフィルムにこだわるのは、もしかしたらこんなのも理由なのかな。と、書きながら思う。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月11日 10:00 | コメント (3) | トラックバック (0)
手乗り。
鳩というのはまあ、何であんなに首を振りながら歩くんだろうか。前後に首を振って頭が痛くならないんだろうか。そんなことはどうでもいいんだが、神社仏閣、公園などなど鳩の集まる場所はあちこちにある。そういうところで眺める分にはいいんだが、駅のホームの天井とか、都会のビルの隙間とかを糞だらけにしてしまう困った奴らでもある。
そういった鳩の害を防ぐため、とまって欲しくないところに針のような突起をつけたり、金網を張り巡らせたりと、人間の努力は並大抵のものではない。それでも、ほんのわずかな金網の隙間から入り込んだりする。タフな奴らだ。
そういうわけで「ハトにエサをやらないでください」という張り紙もあったりするのだが、公園や神社では観光客に積極的にエサを売っていたりする。鳩もそれを知っていて、そういう場所にはよく集まってくる。おみやげ物屋の一角に、豆かなんかが入っている小さい紙の袋が50円で売っていたりする。こういう場所の周りによくいるのだ。
今もあるか知らないが、靖国神社のエサ売り場はなんと自動販売機になっていた。ここには白い鳩たちがいたのだが、販売機の前に立つだけでエサをもらいにくる。まだお金を入れていないのに、いっせいに集まってくるのだ。頭のいい奴らである。
そんな彼らは、雨の日で人が少ない日とか、休日で人が集まるときでも朝方とかは腹が減っている。誰かが豆を食っているとわかると、いっせいに遠くの方からでも飛んでくる。先に食った方が勝である、とばかりに群がってくる。こういうとき、手のひらにエサを載せておくと手乗り鳩になる。何羽も乗ったり、乗り切れなくて頭や肩に乗ったりもする。
こんな状況で、右手にエサを乗せ、左手でシャッターを切る。近距離過ぎてステレオウインドウがうまく作れないけど、面白い写真が撮れた。。。鳩の足は結構汚れていたりするので、遊んだ後はしっかり手を洗ってください。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月08日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
富士山上空1万メートル
羽田から西に向かう飛行機は富士山の上空を通過する。夜の便でなければ、富士山が見える側の窓側座席があるときは迷わず確保する。高度1万メートルから眺める富士山はとても美しいのだ。全体をほぼ真上から見ることができるし、富士山は大きいので高高度からも肉眼で立体的に見ることができる。まるで精巧にできたミニチュアのように見えるところも面白い。離陸時に天気が良くなくてもがっかりすることはない。飛行機は雲の上に出るし、富士山の頂上が雲から飛び出していることが多い。こういう時は富士山によって気流が複雑に変化し、雲がたなびく様子を見ることもできる。
これをステレオ撮影してみることにした。電子機器ではないリアリストは、離着陸時を含めて飛行機の運航に一切影響を与えない。安心して使ってよい。気をつけるべきは、飛行機の窓に反射する自分の姿が写ってしまう。ちょっとカッコわるいけど、毛布を借りてこれを被って撮影するといい。しかし、肉眼で立体的に見えるとはいえステレオ写真ならもう一つ迫力が欲しい。飛行機の移動速度を利用したハイパーステレオに挑戦だ。これは時間を置いてなるべく同じ構図で2コマを撮るという方法だ。実際にやってみると、飛行機はマッハ0.8程度で飛んでいる。あっという間に構図が変わってしまう。すばやく巻き上げてシャッターをチャージし、2コマ目を撮影する。がんばっても4回撮影するぐらいが限界だった。
さて、現像したフィルムから最適な視差が得られているペアを選択する。構図はなるべく合うように撮ったものの、正確には合わない。ハーフフレーム用の窓の小さなマウント台紙を使ってステレオウインドウがうまくできるように調整する。これがとても難しかった。視差が大きすぎるのである。もっとすばやくシャツターを切らねばならなかったか。。。でもまあ、何とかぎりぎり観賞できそうなものになった。改めて思うのは、富士山は大きい。そしてとても山登りはできそうにない。

投稿者 sekiguchi : 2010年01月04日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
コスモス通信
応答せよ。応答せよ。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
日ごとに日差しが短くなってゆく。
もうすぐ冬がやってくる。冷たい風が吹き抜ける。
そんなある日、庭の片隅に小さなパラボラアンテナが開かれた。
アンテナはもう寒くなりはじめた空に向けられている。
訪れる虫たちは、すでにどこかにいってしまった。
それでも、誰かを待つように精一杯アンテナを広げている。
応答せよ。応答せよ。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
通信に必要なエネルギーがもう少ない。あと何日持つだろう。
冷たい風が夕闇を運んできた。
空には氷のように輝く星がはりついている。
こちらコスモス7598。我々は貴殿の来訪を待っている・・・。
もしかしたら、遠くの星に住む住人がこの小さな声を聞いているのかもしれない。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月26日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
クリスマスツリー
もうそろそろ今年も終わり。夜の長い季節がやってきた。街にはイルミネーションがあふれている。クリスマスツリーがいっぱい。キラキラ・キラキラ・きれいだね。夜空の星たちがいっせいに集まったような輝きだ。
さて、この風景をステレオで撮影してみましょう。撮影は日が暮れてから。ステレオリアリストにISO100のフィルムを入れます。高感度のフィルムじゃなくても大丈夫。小さくてもいいから、かならず三脚を使います。三脚にリアリストをセットして、ケーブルレリーズを付けましょう。シャッタースピードを1secにセットして、レンズの絞りは開放にしましょう。状況によって絞りをもう少し絞ったり、シャッターを1/2secにする、バルブにして露出を長くするなどしてみましょう。段階的に露出を変えて撮っておくのも良いでしょう。スローシャッターが充実しているカメラを使うのがポイントです。ストロボは使わずに、ツリーの明かりだけで撮ってみましょう。
もしケーブルレリーズがなかったら、リアリストならこんな方法でも撮れます。まず絞りをF8とか絞り気味にして、シャッターは「T」にします。帽子でレンズの前を隠してシャッターを開けます。帽子をどかして5秒ほど露出をしたら、また帽子でレンズを隠します。もう一回シャッターを押して閉じる。カメラが動かないように、風で被写体がブレないように気をつければいいんです。慣れれば簡単だよ。
さて、年が変わると僕のリアリストも一つ年齢を重ねる。手にした頃は50年前のカメラだったけど、そろそろ60年前のカメラということになる。このカメラたちと出会えていろいろと楽しみが増えた。ほんの小さなきっかけだったけど、これはもしかしてサンタクロースの贈り物だったのかも。あなたのところにもサンタクロースが訪れますように。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月22日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
星を撮る
カメラってすごいなあ、と思った子どもの頃の記憶を辿ると、図鑑で見た天体写真だったことを思い出した。目では見えない、望遠鏡を使っても目ではぼんやりとしか見えない天体が、カメラを使って長時間の露出をすることで鮮明に記録することができる。目ではあまり感じない領域の波長を記録することもできる。目では見えないものがカメラを使えば捉えることができる。これはとてもすごいことだと感じた。僕もカメラが欲しいと思ったきっかけだ。天体写真を撮りたい。そのための長時間露出のできるカメラが欲しい。オートマチックのカメラじゃダメなんだ。
そんなことで、初めて手にした一眼レフは夜空に向けられた。明るい標準レンズを付けて三脚に固定し、5分ほどシャッターを開けておくと、星が日周運動で移動してゆくので円弧状の線になって写る。こういった撮影方法を固定撮影という。驚くのは、目では見えないような暗い星まで線になって写っている。もっと驚いたのは、カラーで撮るとどの星も個別の色を持っているのがわかる。さすがに緑や紫は無いが、青白から白、黄色、橙色、赤とあり、その中間の色も記録されていて美しい。日周運動に合わせてモーター駆動し星を点に写す装置もあるが、星の色を捕らえるなら固定撮影のほうがいい。
レンズがちょっと暗いけど、ステレオリアリストで撮影したらどうだろう。わざわざ遠くにある星をステレオで撮っても立体に見えるわけじゃない。林の向こうに輝く星をステレオで撮ったら面白いだろうとやってみた。場所はアフリカ、ボツワナにあるサファリの中のホテル。ホテルの外に出ると野生動物の餌食になりかねないので、ホテルの庭で撮影だ。白熱灯が灯っているので林が照らされている。出来上がりを見ると、サバンナで焚き火をしながら夜空を望むような雰囲気で仕上がったではないか。デジタルに変換すると細かな星が見えなくなってしまうのが残念。

右下に南十字星が見える
投稿者 sekiguchi : 2009年12月18日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
海底GO!GO!GO!
水中カメラというのは憧れの存在だった。海中というのは宇宙と同じぐらい神秘の世界である。そんな世界に機械を持ってゆくというのはどんなに難しいことか。水圧と浸水、塩水による錆の問題など、カメラにとって克服しなければならないハードルがいくつもある。カリプソとか、ニコノスとか、水中ハウジングを使わなくても海中に潜ることのできるカメラの登場は最先端技術の結晶でもあったのだ。ニコノスは登場当初に、共産圏への輸出規制がかけられていたこともあるのだ。
さて、カメラがデジタル化したことで水中撮影の環境は激変したらしい。とっても簡単に撮影できるようになってきたのだ。水中専用に設計されたカメラではなくても、マリンハウジングを使うことで撮影が可能だ。分厚いアクリルのケースに水圧に耐えられるようにシールしたダイヤルを設け、カメラを操作する。でも、このダイヤル操作の部分の設計と製造が大変なのだ。
水圧というのはほんの数m潜っただけで大きく加わる。可動部から海水は簡単に浸入してくるのだ。だけど、操作がボタンになったデジタルカメラではこの操作部分をより簡単な構造にすることができる。これは革命だ。
とはいえ、僕はカナヅチなので水中撮影にはいままでトンと縁が無かったし、カメラのデジタル化で水中撮影がより身近になった現代でもたぶん縁がないんだろう。でも、この神秘の海中世界をステレオで撮影してみたいという思いはある。かつてはステレオリアリスト用のマリンハウジングも存在していたらしいし。。。ぢゃあ、この際カナヅチというハンデを克服してステレオ海中撮影にチャレンジしてみっか、ということになった。これはね、大変なことです。
う゛ぁあ!!薄暗い海中で、目の前を何かがよぎった。なんと、イカの大群であった。ステレオリアリストでイカの撮影に成功したっ!・・・タネを明かしますと、とある水族館での撮影でございます。ストロボなし、スローシャッターが成功の秘訣です。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月15日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
大阪という街
僕はあちこちの知らない土地に行ってあちこち見るのが好きであるし、好きではなくとも引越しもずいぶんした。だけどなぜか大阪にはあまり縁がない。何かの用事で行くことがあっても日帰りで帰るばかりでゆっくりとしたことがなかった。大阪の串カツは名古屋の味噌カツと共に一度は味わってみたいと切望していたのだが、味噌カツを堪能するチャンスに恵まれても、串カツにはなかなか出会うチャンスがなかった。
そんな折、家族そろって行ってみようかという事になった。やっぱり通天閣周辺がベストであろうということで、事前に評判の店をネットで調査する。何件かめぼしを付けて行ってみた。
さて、どんな都市にも繁華街というものがあり、夜の風景というのは大体において酷似している。だが、大阪は違う。やっぱりここは大阪なのだ。どう違うのといわれても表現するのが難しい。ステレオ写真が空気感まで切り取るとはいえ、このコテコテ感まで取り込むことができるかどうか(笑)。なんだか、いるだけで楽しくなるような空間なのだ。このワクワク感は、昔の繁華街を再現した遊園地のアトラクションに行ったときに似ている。
お目当ての串カツ屋さんに到着すると、入り口が開放されていて半ばオープンスペースのような感じ。とてもイイ。だけど超満員。だけどちょっと待つだけで座れる。さっそくメニューにあるものを上から順番に手当たり次第に頼む。どんどん出てくる串カツ。これが旨い。ビールも進む。撮影?・・・それは後で。というわけで食べるのに専念してしまった。
だいぶ食べたので予定外の金額になってしまった。だけど別のところも行ってみたくなり、今度は座敷席のある店でまったり。ここの串カツも旨かった。窓の外には通天閣が見える。なんだか不思議な街だなぁ。串カツの写真は?・・・撮るのを忘れてしまった(笑)。他にも面白そうなところがタクサンありそうだ。またそのうち行ってみよう。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月11日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フラッシュガンの改造(おまけ編)
先のフラッシュガン改造の話を書くときに、手持ちのハネウェル製フラッシュを取り出していじくっていた。このフラッシュは折りたたんだ反射傘を展開するとパラボラアンテナのような姿になってカッコイイ。で、これが上向きに角度を自由に変えることができるのでさらにカッコイイ。アメリカ人のデザイナーもなかなかやるではないかと思っていたら、MADE IN JAPANと表記してある。なーんだ。わが国のデザイナーの手によるものか。パラボラの傘がゴジラの映画に登場するメーサー光線車を思わせるが、その姿はやっぱり日本人が作り出したのだ。
妙な納得をしながら、閃光電球を差し込んではイジェクトボタンで排出したりと遊んでいた。ストロボ回路を組み込んだらやっぱり面白いかなーなんて、懲りずにまた考え始めていた。電池室をあけると四角い15Vの電池とキャパシタ(いわゆるコンデンサー)が入っている。
四角い電池をよく見ると、これも国産の日立製。マクセルの古い商標が書かれている。この電池はW10という規格で、この手の積層電池は既に作られていないらしい。製造年月日も使用期限も書かれていないが既に20年は経っているだろう。キャパシタだって機能しているとは思えない。既に死んでいる機械なのだ。
いじっているうちに、緑色の発光ボタンを押してみたくなって何気に触ったら、セットしていた閃光電球が発光した!まさか起動するとは思っていなかった。左手で電球を押さえていたのでこれには焦った。左手の指先にほんのり熱を感じた。幸いヤケドはしなかったが、閃光電球の表面は熱線で溶けている。ジワリと恐怖が湧き上がってくる。
あー、やっぱヤメヤメ。この手の改造なんてやっぱり向いていない。それにしても、キャパシタが少しずつ時間をかけて電池からエネルギーを得ていたとは。オラに元気を分けてくれ。ドラゴンボールの孫悟空かコイツは・・・コワイ。
投稿者 sekiguchi : 2009年12月08日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
フラッシュガンの改造
フラッシュ、つまりは閃光電球。これがもう国内では製造していないらしい。手元にはいくつかの古い閃光電球があるけど、もったいなくて使えない。閃光電球は使い捨てなのだ。でも、このレトロな雰囲気で撮影をしてみたいという欲求がおさまらない。こんなレトロなストロボがあったら面白いのに。
だいぶ前だが、そう思ってネットで検索したら改造している人を見つけた。ジャンクカメラとか、使い切りカメラのミニストロボをフラッシュガンに移植するという内容だった。これはいい。と思ったものの、僕は電気工作が苦手である。記事をよく読むと、感電に十分注意するように書かれている。ストロボというのは乾電池を使っていても、内部では恐ろしい高電圧を発生させていることぐらいは知っている。ストロボの構造を技術書で読んだことがあるが、その回路を見てもどのような仕組みで発光のトリガーをかけているのかがわからない。電気回路を理解できる人は天才じゃないかと思う。
まあ、何でもやってみるものさ。早速ジャンクカメラを買ってきた。分解すると電池と回路と発光部、大きなコンデンサーが出てきた。小さな発光管にはキセノンガスが入っていて、この中に高電圧の電流が流れると太陽とほぼ同じスペクトルのビームが発射されるのだ。なんとも不思議な感じだが、小さくても存在感のある発光管に思いを託してみようと思った。
では、まず安全のためにコンデンサーに残っているかもしれない電気を放出させてやろう。古いカメラだからとっくに放電しきっているだろうけど、万が一感電したらかなわない。死ぬような電気じゃないけど、ビリビリは勘弁だ。
コンデンサーの両端を電線で短絡させた。その瞬間、バン!!というものすごい音がした。コンデンサーがパンクしたのかと思った。よく見ると接触部分でスパークが起きたのだ。。。やめやめ。電気工作は性に合わない。 (つづく)
▲これにジャンクカメラのストロボ回路を組み込もうと考えた。
投稿者 sekiguchi : 2009年12月07日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
鉱山都市
日本ではもう大きな炭鉱や金属資源を採掘する鉱山はなくなってしまった。坑道を掘り進んで、真っ暗な洞穴から鉱石を採掘する、そんな鉱山はほとんど閉山となっている。これらの鉱山は、今から50年ぐらい前はとても栄えていた。
鉱山で働く人、採掘のための機械を用立てる会社、掘り出した鉱石を運搬する鉄道、そんな鉱山に関係する会社や人々が集まり、大きな町が形成されたのだ。学校や病院など、働く人々と家族を含めた生活の基盤がどんどん整備され、大きな都市へと発展していった。海外との交流も鉱山技術を軸にして活発になり、当時の東京よりアカデミックであったとも聞く。
だが、鉱山に支えられているからこそ、操業が滞りだすと衰退の一途を辿る。鉱石を掘り尽さないまでも、採算が合わない状態になると操業を落とさざるを得ない。金属価格の変動、海外からの資源流入、需要の変化など様々な要因が影響し、最盛期から短期間のうちに消滅した都市もいくつかある。そのまま置き忘れたような廃墟が残ってしまっている。
神岡鉱山がそんな鉱山都市のひとつだ。今では廃坑を利用したカミオカンデなど、学術研究への活用が盛んだが、栃洞坑の周りに広がっていた町全体は巨大な廃墟となっている。廃墟マニアと呼ばれる人達にはたまらないものがあるらしい。だが、朽ち果てた構造物は少しずつ崩れている。危険な場所もあるだろう。探検はせず、見える範囲で様子を窺った。
この場所がどのような経緯で廃墟と化したのか想像もつかない。もうすでに機能していないそれらを見るに、規模の大きさに驚く一方、悲しみが伝わってくる。価値を生み出すものであったはずなのに、今では忘れ去られた存在になっている。そんな思いが伝わってくるようである。一部をステレオで撮影したが、立体写真はその場所の悲しさをストレートに伝えてしまう。せめて、モノクロームでデフォルメしよう。彼らは忘れられた時間のはざ間で、じっとこちらを見ているのだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月05日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
登別温泉郷
北海道の南側に有名な登別温泉がある。ここはいろいろな泉質の温泉があり、湯量が豊富だ。温泉街より山側の一帯は地獄谷と呼ばれている。草木の生えない、蒸気が吹き出している様はまさに地獄。とはいいながら、遊歩道が整備されていて安全に散策することができる。観光客も多く、エサをねだるキタキツネの姿もよく見られる。
温泉街から細い道を山伝いに車で登ると、大湯沼という温泉が噴出している湖にたどり着く。この景色もまさに地獄。湖面を這う湯気の向こうで、ボコボコと音を立てて湯が沸いているのが見える。入ってはいけないと書いてあるが、誰が入るものか。一歩でも足を踏み入れようものなら、引きずり込まれそうである。だが、こういうところでカメラを持っていると、近づいて撮影をしてみたいという欲が出てくる。あのボコボコを立体で撮ってみたい、と。
でもやめておいたほうがいい。もし、足を踏み外そうものなら生きては帰れない。足を踏み外さなくとも、強烈な硫化水素ガスで意識を失うかもしれないのだ。そんなコトを考えながらタバコを一服していると、地元観光タクシーの運転手さんが、休憩で一服しながら話しかけてきた。今日の噴煙はおとなしいなー。だそうである。で、昔はたまーにこのボコボコに身を投じる人もいた、と(ホントウだろうか??)。で、熱泉で溶けて何も残らないのだ、と。何も残らないのに何でわかるのかといえば、髪の毛だけは溶けずに残るんだそうだ。こっちからは何も聞いていないのに、そんな気味の悪い話を次々に披露してくれる(笑)。
大湯沼を後にし、来た道をそのまま進むとクッタラ湖という丸い形をしたカルデラ湖にたどり着く。透明度が非常に高い。日本国内では摩周湖に次いで2番目に透明度の高い湖だそうだ。湖畔にレストハウスがあり、手漕ぎボートを借りられる。あたりは静寂で、先ほどの地獄の風景とは一変した神秘の世界を体験することができる。

投稿者 sekiguchi : 2009年12月02日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
砂丘の花
人類未踏の地。そんなものが現代のこの地球上にあるのだろうか。そんなことをぼんやり考えることがある。世界一高い山の頂上も、世界一深い海溝にも人類は到達した。ジャングルの中だってTVの映像としてお茶の間に届けられる時代だ。国土が狭い日本ならなおさら、誰も足を踏み入れたことのない土地などあるはずがない。
人間は新しい土地を見つけ、開拓し、風景を変えてゆく。環境的に厳しい場所でない限り、どこにでも人間が作った痕跡を見つけることができる。大自然を写した写真集を見ても人間が作った道があり、人間が植樹した森が広がっている。もし、まだ誰も足を踏み入れていない場所があったとしたら。そこはどんな風景なんだろう。
日本の国土から考えれば、そんな場所は原生林の奥のほうだけだろう。でも、僕が見たいのは森の中の景色ではない。広大な平原で、誰も住んでいない手付かずの土地があったとしたら・・・そんな場所はどこかの惑星に行かなければ見ることができないのだろう。ああ、そうなんだ。僕はどこか別の世界の「生命のある惑星」の風景が見たいのだ。
そんなことをぼんやり思い出したりしていたある日。どこの場所かは教えてあげられないが、広大な手付かずの砂丘に行くチャンスがあった。その場所はまさにどこかの惑星の風景を思わせるものだった。ここはほとんど誰も足を踏み入れることがない。長い海岸線沿いに大きな砂丘が広がり、誰でも行けそうな場所。でも誰も行けない。そういう場所なのだ。
砂丘一面に花が咲き、そこには誰の足跡も、誰かが作った道もない。天候のせいもあって、一面不思議な雰囲気に包まれている。もしも地球以外に似たような惑星があり、そこには知的生物が住んでいないのだとしたら。その惑星の海岸には、こんな風景が広がっているのかもしれない。僕はしばらくのあいだ、ステレオカメラを携えてこの星を探検した。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月28日 13:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
さようなら0系
去年の11月に0系新幹線が退役した。ついこのあいだのことのように思っていたが、時間が経つのは早いものだ。もう1年前の事になるのだ。僕の世代は、新幹線でイメージするのがどうしても0系になる。昭和39年に開業したときのスタイルから長く変わらず、僕たちが成長して修学旅行で乗ったのも0系だった。一番馴染みが深い。
それがなくなっちゃうと聞いたら急にさびしくなっちゃったのだ。山陽新幹線でこだまとして運行していたが、それももうすぐおしまいです。そう聞くと見に行かずにはいられない。さっそく運行ダイヤを調べ、リアリストをお供に駅に行った。
駅に到着し、入場券を購入して目的のホームに向かう。いちばんの見所は車輌の先頭だ。行き先表示を良く確かめて、先頭車両が停止する側のホームの端を目指す。もう既に、何人かの人が集まっている。最終運転の日までまだあるというのに、僕と同じような目的の人がいる。新幹線の到着時刻が近づくと、だんだんと人が増えてくる。到着直前の時刻になるとさらに増えている。事故が起きなければいいのだが、と心配になるほどの人数だ。心配をよそに、0系は無事到着した。
集まった人達に鉄道マニアという雰囲気はない。僕と同年代の人や、子供をつれて見に来た人が多い。みんな0系に愛着があるのだろう。愛嬌のある団子鼻といっしょに記念撮影をする人達でいっぱいだ。ここは終着駅ではないから、しばらく停車した後次の駅に向かって出発する。駅員が事故の起きないよう、見学者に安全誘導をし始め、出発の合図が鳴る。
赤いテールランプの残像を残し、0系は次の駅へと旅立ってしまった。それから何日かして、TVのニュースで最終運転の様子を放送していた。ああ、ほんとうになくなっちゃったとこの時実感した。どうせなら、見るだけじゃなくてもう一回乗っておいたらよかったかな、とも思ったけど、鉄道マニアというわけではない。最後に会うことが出来た。これで十分満足だ。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月26日 18:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
皆既日食ツアー
アフリカの話をもう少し。僕が行った日食旅行は個人で計画して行けるものではない。旅行代理店が天文の知識のあるスタッフと一緒に何年も前から計画を立てているのだ。皆既日食を見ることのできる日時、場所はきっちり決まっていて、人間の都合で変えることはできない。そこが安全なのか、天候はどの程度良いのか、どのように移動するのかなどを綿密に調べて計画を立てている。最近はだいぶ身近に感じられる皆既日食ツアーも、こうした地道な努力の上に成り立っている。
そんなわけで、一般の海外旅行に比べると割高である。割高であるからこそ、運悪く悪天候で日食が見られなかったときの保険を考えておかねばならない。ホントウに保険をかけるわけじゃない。日食以外の観光が充実しているかとか、オプショナルツアーの選択ができるかなどで、数あるツアーの中から自分が満足できそうなものを選ぶというわけだ。
僕が参加したツアーは最高だった。目的地はザンビアのルサカ。普通では行かない場所だ。そこまで数泊しながら移動するのだが、サファリパークやビクトリア大瀑布を見て回る。そこで宿泊したホテルがすごくイイ。どれも観光地として整備さているホテルを使ったのだが、ゲストが楽しめるよう配慮されている。移動の拠点とするにはもったいないぐらいなのだ。
ビクトリア大瀑布の近くで宿泊したときはホテルの庭園で昼食を取ったのだが、乾いたサバンナの風が心地よく、手入れが行き届いた庭園はそこにいるだけで癒される。料理はバイキング形式で供されたのだが、どの料理もすばらしくおいしかった。ふと気がつくとフルーツに虫が群れている。一瞬ぎょっとしたのだが、よく見るとミツバチだった。シロップを懸命に集めている。なんとも不思議な光景だった。ハチの食事の後に、フルーツは我々がおいしく頂いた。
皆既日食を見に行くのでなくてもいいから、もう一度行ってみたい。僕がかけた保険にはそう思わせる効果もあったのだ。


☆アフリカ旅行記は、また改めて続きをご紹介します☆
投稿者 sekiguchi : 2009年11月23日 21:02 | コメント (0) | トラックバック (0)
日食とお天気
さて、日食の話をもう少し。今年の7月に日本各地で見られた部分日食は皆さんの記憶にもまだ新しいことだろう。日食の当日、僕の住む町では天候が悪く、薄い雲が朝から広がっていた。こういう天文現象はお天気次第だ。だが、この日はかえってこれが幸いした。減光フィルターを使わなくても大きく欠けた太陽を見ることができたのだ。
何より感動したのは、薄暗くなった空の中、僅かの間だが空一面に広がる薄雲が幻想的に輝いているではないか。なぜか、地球が宇宙の中に浮かんでいる存在なのだと感じる風景だった。こういう風景は写真に撮るのが難しい。光の微妙な諧調は自分の眼で見て、記憶にしっかりと焼き付けるのがいちばんいい。僕はこのとき、写真を撮らなかった。
このときは天候が悪いにもかかわらず、それが幸いしたレアなケース。しかし、皆既日食を見るならば別である。お天気は最重要項目になる。確実に晴れてもらわねばならぬ。晴れでもわずかな雲が太陽にかかるだけで台無しである。
そういうわけで僕が2回目に行った皆既日食の場所は、乾季のアフリカ、サバンナの大地、ザンビアにしたのだ。現地に着くと雲が一つもない。深いブルーが頭上に広がっている。空気がどこまでも澄んでいる。夕日はぎらぎらと、強い光を放ちながら地平線に沈んでゆく。アフリカの雄大な大地とマッチして、ここにいるだけで気持ちが大きくなる。そういうわけで、僕は皆既日食をお天気の心配なく堪能したわけだが、ホントウに晴れるかは行ってみないとわからない。これってやっぱり、賭けだなぁ。
皆既日食を堪能した晩は現地でパーティが開かれた。現地の人がこの日のために特大のパンを焼いてくれていた。アフリカの大地の形をしている。うれしくなって、シェフと支配人を一緒にステレオ撮影した。支配人が写真を送って欲しいという。帰国後、早速ステレオビュアーと共に郵送したのだが。郵便事情が悪いのだろう。届かずに戻ってきてしまった。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月19日 23:21 | コメント (0) | トラックバック (0)
秋の一コマ
最近、秋が短くなっているような気がする。夏の暑い盛りから一気に冬に突入するようなずいぶんと乱暴な気候変化になっているのではないか。気のせいかな・・・。実りの秋とも言うが、木々が赤く染まり、木の実が大きくなり、草木の緑が黄色く変わってゆく変化を楽しむ。そんな日々がだんだんと短くなっているような気がするんだけど。気のせいかな・・・。
マクロカメラの活躍する季節は春から秋にかけてで、冬になると稼働率がガクンと落ちる。ストックしているフィルムの期限切れが迫って来るので、いつも秋になると慌てて古い順にフィルムを消費する羽目になる。とはいえ、この季節はフィールドに出るといろいろと被写体も多い。まさに実りの秋であり、じっくり観察するといろいろなものに出会うことができる。昆虫たちの姿がどんどんと減る中、ミツバチやハナアブたちは少ない花に群がって競って蜜を吸いに来る。ミツバチなど、冬を越すための食料集めに必死だ。陽だまりが暖かい時間帯は花の周りに沢山の羽音が響く。
他には植物たちがいっせいに実を付ける。種で冬を越し、春にまた新しい芽を出すためだ。種といっても小さな種。これが種なの?というものも、拡大してみると種なんである。たとえばススキ。ススキの穂は種の集合だ。種に細かい毛が生えていて、風に乗って遠くまで飛ぶのである。これをステレオ撮影すると面白い。普通の平面写真ではどうということはないが、立体になると細かい毛の一つ一つが独立した存在に見えるのだ。マクロステレオの醍醐味はこういうところにある。
さてさて、マクロステレオの季節もそろそろ終わり。これから寒い寒い冬がやってくる。小さな生き物たちはひっそりとどこかに隠れてしまうだろう。冬のあいだも何かいい被写体はないだろうか。霜柱なんかが題材としては面白いのだが。最近は昔ほど霜柱を見なくなったような気がする。気のせいかな・・・。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月13日 23:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
酉の市
11月の酉の日になると鷲神社でお祭りが開かれる。飾り熊手の露店が並ぶ酉の市である。このお祭り、全国的なものかと思ったら関東地方特有のものらしい。だが、関東以外でも熊手祭りとして開かれているものもあるようだ。このお祭りの季節が訪れると、もうすぐ年末だなぁ、と思う。酉の日を挟んで立冬があり、日が暮れるのが早いと実感する季節でもある。一の酉に浅草の鷲明神に出かけてみると、多くの露店が並び、夕暮れから電灯に照らされた飾り熊手が美しい。
このお祭り、浅草の鷲明神では特に多くの露天商が並ぶが、その他の鷲神社でもきれいな熊手が並べられる。幼少のころ父に連れられて、近所の神社で小さな熊手を買ってもらった記憶がよみがえる。懐かしさから一つ買ってみようか・・・熊手を買うときにはいったん値切っておいて、値切った分を御祝儀として差し出すのが粋である。こんな買い方を一度やってみたいものである。だが、次の年には一回り大きなものを買わねばならない。今回はちょっと遠慮させてもらおうかな。
さて、こういう風景はステレオで残すに限る。というわけでリアリストをお供に連れてきた。白熱電球に照らされた被写体の色温度は相当に低い。タングステンフィルムやフィルターを使う方法もあるが、僕はデイライトフィルムで補助光源にストロボを使う。ただし、カメラはエクターF2.8のモデルを選択した。エクターの方が暖色系の諧調が豊かだからだ。
カメラを構えながら沢山の露店を見て回る。店によって飾りに特徴があって面白い。カメラを持って出かけると、自分が「あちこち観察するモード」になっていることに気付く。カメラを持っているときの方が散策は楽しい。
今年の11月は酉の日が2回ある。つまり、酉の市も2回。仕事を終えて日が暮れてから行っても十分に楽しめる。暦によっては酉の日が3回ある年もあるが、その年は火事が多いと言われている。まあ、そうでなくとも火の用心。

投稿者 sekiguchi : 2009年11月07日 01:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
日食の撮影
赤瀬川源平さんの本を読んだら、ステレオグラフィックでメキシコ皆既日食を撮影した顛末が書かれていた。これには驚いた。僕はその本を読む前に東欧に皆既日食を見に行っていたのだ。しかもリアリストを持って。しかも、ステレオならではの近景を取り込んだ太陽の撮影をしなかった。なんで日食を見に行く前に本を読まなかったのだ。何でステレオで撮らなかったのだ?
とは言え、皆既日食は素晴しかった。感動した。少し薄い雲を通しての皆既日食だったけど、それでも素晴しく美しかった。写真では表現できない、コロナの微妙なグラデーションは生の目で見るに限る。写真はおまけ。そうは言っても、おまけでもいいから、ちゃんとステレオで撮っていたらいいものになっていたんじゃないか。やっぱり、何で撮らなかったのだ?
皆既日食を一回見てしまうと、もう一回見たくなるらしい。自分もそうである。うす雲がかかっていたからとか、ステレオでちゃんと撮っていなかったからとか、いろいろ理由を見つけてもう一回いくのである。というわけでもう一回行った。場所はアフリカ。
二回目は、ちゃんとどんな撮影をするか決めて機材の準備をした。あれこれ手を広げすぎると良い結果は得られない。ステレオ以外にも望遠で撮影したが、これは中古のEOS10Dに任せた。インターバル撮影が無人でできるから、セットして全ておまかせ。太陽が全て隠れている時間は約3分間。この間はステレオ撮影と肉眼での鑑賞に専念するためだ。
それでも、ステレオ撮影より自分の眼で見ることが優先。撮影はあらかじめ段階露出の設定をして、枚数も決めておいた。それ以上は撮らない。欲張ると失敗する。効率を良くするため、2台のリアリストをそれぞれ三脚に乗せてレリーズを取り付ける。巻上げとチャージをして、2台同時にレリーズ。露出時間を変えてもう一回。これを何度も事前に練習して、体にリズムで覚えさせる。そうやって、そのときの感動がよみがえる写真が撮れた・・・そのうちまた、もう一回見に行くかも知れない。


(空の階調がうまく取り込めないので雰囲気だけでもお楽しみ下さい)
投稿者 sekiguchi : 2009年10月30日 23:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
モーターショー
幕張にて隔年で開かれる東京モーターショーは、自動車メーカー各社の最先端技術を見ることができる。どこのブースも工夫を凝らした展示やパフォーマンスがされていて面白い。毎回楽しみにしていたのだが、景気低迷の世の中に突入して以来、近未来的な夢のある車の展示がずいぶんと減ってちょっと寂しくなってしまった。今年の出展会社もだいぶ減るようである。そんなわけでここ何年も行っていない。お祭り好きの僕としては、こういうイベントは派手であって欲しい。
さて、ピカピカに磨かれたカッコイイ車をステレオで撮るとこれがとてもイイのであるが、屋内の展示であるし、多種類の照明が光源になっている環境では撮影が難しいと感じる人も多いだろう。実際にはそれほど迷うことはなく、普通のデイライトタイプのフィルムを使い、ストロボを補助光源にすればカラーバランスを崩すことなくよい結果が得られる。人工的な光源だからということでタングステンタイプのフィルムを使うと不自然に青みが強くなってしまう。ハロゲンランプなど色温度が高めの光源が多いのでデイライトタイプのほうがマッチするのだ。
ステレオで撮影して気付くのが、車のボディに反射する光源の光点は左右の目で大きな視差があり、ちらつきという形でメタリックな質感が伝わってくる。普通の平面写真になるとこの光点はただの白い点として表現されてしまうのだが、ステレオではキラキラと光って見えるのだ。会場の臨場感が伝わってきて、写真として非常に面白い仕上がりになる。
こういうイベントにはコンパニオンのおねいさんがタクサンいて、カメラ小僧さんたちもタクサンいる。この状況で撮影するというのもそれはそれで面白いんだけど、ちょっと気恥ずかしいものでもある。だからこういうイベントはパーッとお祭りの雰囲気にして欲しいわけだ。世界経済がリーマンショックから立ち直り、早々に活況を呈するよう心から願っている。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月23日 23:12 | コメント (0) | トラックバック (0)
モノクロスライド
ポジフィルムでステレオ鑑賞する、この方法は一番臨場感がある。ポジフィルムと一口に言ってもいろいろな銘柄があるけど、フィルムによって色の出方とかコントラストが違う。普段使い慣れているものから別の銘柄に変えると、新しい描写に感動したり、逆にがっかりということもある。自分の感覚にあったフィルムが見つかると撮影も楽しい。
カラー写真だけでなく、モノクロの世界というのも味わいがある。だけど、モノクロのポジフィルムというのはかなり特殊な分野になるみたいだ。かつてはアグファからスカーラ200が発売されていた。感度設定がある程度自由にできて、現像のときに感度指定をする。専用の現像プロセスだから普通のリバーサル現像とは一緒にできない。料金も割高だった。
このフィルムを使って何回かステレオ撮影をしたけど、その仕上がりにはちょっと癖になりそうなところがあった。カラーにはない感動がある。次はどんな題材で撮ろうかと考えているうちにフィルム販売と現像受付が終了してしまった。そんなわけで今でも我が家の冷蔵庫には4本のスカーラたちが寝ている。
今でも海外のどこかでスカーラの現像をしているという噂も聞く。そんな気の遠くなるような手間をなくしてモノクロポジで撮れないだろうか。普通にネガで撮り、ネガフィルムにコンタクトプリントしてポジを得る。最もオーソドックスな方法だけど、これも手間がかかるし画質がどうしても劣化する。モノクロネガを現像の段階で反転する方法もある。だけど廃液の処理が面倒な危険な薬品が必要だ。環境にやさしく、安全な方法はないものか。
さらに深く調べると、モノクロ現像でポジが得られるフィルムがある。ローライスライドダイレクト。ヨーロッパで売られているらしいが国内ではまだ販売されていない。あまり情報がないのだけど、早く入手できる環境になって欲しいものだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月17日 00:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
日付機能
今では当たり前の、写真に日付を写しこむシステム。世の中に登場したときは新鮮だった。フィルムの場合、初めの頃の写しこみ方法は、フィルムの裏からランプで照射していた。だから日付の色調も黄色もしくは赤に近い文字だった。これがしばらくすると、フィルム巻上げのときに連動してフィルムの表からドットの点滅で照射するものにまでなった。
一眼レフ用の初期のものはシンクロ接点を利用してランプを発光させ、マスクを通してフィルムの裏から文字を写しこむものだった。レリーズと同時に映し込むことができるので、小さなアナログ時計を組み込んで撮影時の時・分・秒が記録できるものまであった。いずれも裏蓋を交換して使う。
リアリストのほか、多くのステレオカメラは裏蓋が取り外し式だ。ここをうまく改造したら、フィルムの裏から文字を写しこめるシステムができるんじゃないだろうか。左右の画面の両方に同じように入れるとなると、かなり面倒くさい改造になる。こんなアホなことを考えているが、まだ実行していない。
デジタルなら何でもありなんだろうけど、制限のあるフィルムだからあれこれ考えるところに面白さがある。だいぶ前になるが、「こち亀」で両津勘吉巡査が「写ルンです」の中に細工をし、文字が写しこめるようにする話があったように思う。この話は面白かった。もう一回読もうと思っても、コミックスの何巻に収録されているのかわからない。「こち亀」ではステレオカメラが出てくる話もあった。これは何巻だったかな。何しろ160巻を越えているから探すのは大変だ。
次はどんなことができるかなと、工夫するのはとても面白い。なんでも簡単に済ませてしまうのでは面白くない。漫画みたいな自由な発想は、新しいアイデアを創造する方法の一つだ。
PENTAX MXのダイヤルデータバック。年のダイヤルは’88までしかない。
投稿者 sekiguchi : 2009年10月09日 23:40 | コメント (0) | トラックバック (0)
フィルムの調達
今から20年ほど前、僕がまだステレオカメラを持っていなかった頃、ほんの少しだけ北海道の某地方都市に住んでいたことがある。当時は6×7判のプラウベルマキナに凝っていて、リバーサルフィルムで大自然を撮影することが楽しみだった。ブローニーのリバーサルなんて札幌に行かなければ買えないので、近所の写真屋さんにあらかじめ頼んでおいて、やっと一週間後に届くという状況だった。現像だって札幌送りだから一週間以上かかる。これが当たり前だった。
あるとき、富良野や美瑛の大自然を撮りに行こうと、機材を車に積んで一人旅に出かけた。宿は行き当たりばったりで決める気ままな旅である。雄大な大自然と美しい風景に、ついシャッターの回数が多くなる。120のブローニーしか使えないマキナ670は、1ロール10カットしか撮影できない。あっという間に手持ちのフィルムを使い切った。しまった!もっと買っておくんだった。とりあえず写真屋に行けばネガフィルムぐらいはあるかもしれない。そう思って美瑛の国道沿いの小さな写真店に飛び込んだ。小さな店だったが、ブローニーを置いてあるか?と聞くとあると言う。リバーサルは?と聞くと、何本ですかとたずねられた。驚いた。多くの写真家が撮影に来るので、主要なフィルムは豊富に置いてあるのだ。
同じようなことが昔、ハンガリーで。うっかり予備のフィルムをホテルに置いたままステレオ撮影の散歩に出かけた。戻るのも面倒なので、たまたま通りにあった小さな写真店に飛び込んだ。英語が通じない。リバーサル、スライドと言っても通じない。ポジフィルムと言ってようやく通じ、今は無きコニカのフィルムが出てきた。やっぱり外国人はポジをよく使うのだろうか、と思った。需要のあるところにはちゃんと置いてあるものなのだ。それにしても、このときのコニカのフィルムは地味な発色で粒子が粗かったなぁ。手に入らなくなっちゃうと、無性に懐かしくてまた使いたくなってしまうものだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年10月03日 21:40 | コメント (0) | トラックバック (0)
ミツバチを撮る
マクロステレオカメラを自作して、初めて撮影した昆虫がミツバチだった。ミツバチはご存知の通り毒針を持っている。刺されるのではないかと恐れる人も多いが、蜜を吸っている蜂が何もしない人間をいきなり襲うことは少ないようだ。花に集まるミツバチは忙しそうに花の蜜を集めている。カメラを構えて近づく。刺されないように、なんにもしませんよーと、そーっと近づく。ストロボを発光させても驚くふうも無い。
初めのうちの撮影は花に留まって蜜を吸っているところを撮る。だんだん、飛んでいるところを撮りたくなってくる。だが、すばやく飛翔するミツバチをファインダーで追いかけるのは至難の業だ。とてもうまくいくものではない。そこで、夢中に蜜を吸っているところを近づいて、フォーカスを合わせて待つ。そのうち次の花に向かって飛び立つので、その瞬間にシャッターを押すのだ。こうすると飛翔している姿を撮影することができる。ミツバチというのは、一つの花を仲良く一緒に吸うということは無いらしい。他のハチが近づくと飛び立つ。この瞬間を狙うと、2匹のハチを一緒に写すことができる。
そんな感じで撮影を楽しんでいたが、あるとき偶然にもある養蜂家のご好意で巣箱の中のハチを撮影させていただいた。いわゆる網付きの帽子とかの防具も無く、丸腰の状態で撮影に望んだのだ。自作のマクロカメラは約30cm先のものに合焦する。煙で燻して刺されないようにしているとはいえ、さすがにこのときは近づくのが怖かった。なんにもしませんよーと念じながら数枚を撮った。その中には女王蜂のショットもあった。なかなかできない体験であった。
ミツバチというのは社会性の高い昆虫で、その生態は古くから研究されている。フィールドで蜜を吸っているのを見ても感じられないが、巣箱の中でせっせと動き回る彼女ら(働き蜂は全部メス)の社会はとても不思議な魅力に満ちている。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月28日 00:06 | コメント (0) | トラックバック (0)
下北半島にて
本州の最北、マサカリ形をした半島が青森県の下北半島である。ここで有名なのが霊山、恐山である。ここにはいろいろと不思議な地形があることが紹介されていて、一度は行ってみたいと思っていた。ここは地質学的にも貴重なものがある火山地帯なのである。リアリストをお供に、一人でレンタカーを借りて訪れた。
山道を登ってゆくと宇曽利湖にたどり着き視界が開ける。この湖は火山性の成分のため酸性度の高い水質になっていて、湖面の色が普通の湖とは違う。コバルトブルーに輝いて美しいが、普通の生物が棲めない水質なのだ。いわゆる恐山には菩提寺から入るのだが、訪れる人もまばらで、一歩踏み入れると不思議な雰囲気に包まれている。奥に進むと硫化水素臭がたちこめ、火山特有の地形が広がる。あちこちの地面から噴気が出ている様から、昔の人は死後の世界を想像したのだろう。
菩提寺の境内には入浴のできる温泉があり、この中の古滝の湯に入ってみた。木造の小さな温泉小屋の雰囲気がいい。誰もいないのでこの雰囲気を撮影させていただき、ゆっくりと湯に浸かった。火山性の温泉特有の硫化水素含有泉、強い酸性の湯が心地よい。のんびりしていると、引き戸を開ける音がする。地元の人が入りに来たのだ。さらにのんびり、大地のパワーを身に浴びているうちに、その地元の人は出て行ってしまった。僕はどちらかというと長風呂派なのである。しばらくするとまた入り口の引き戸が開く音がする。また地元の人か?と思ったが誰も入ってこない。脱衣所を覗いても誰もいない。はて、死者の霊か?と思いつつ引き戸をよく調べると、少し傾いている。ちょっとしたことで開き易くなっていたのだ。
・・・はて、引き戸を開いた「ちょっとしたこと」とは何だろう。やはり?まあ、そんなこともあるかもしれない。フィルムを現像して、何か写っているだろうかと期待したんだが。見える人には見えるのだろうか。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月18日 00:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント職人への道
たかがマウント。されどマウント。台紙に挟めばとりあえず立体に見える。しかし、二つの画面の位置関係とか、構図の調整で見栄えがまったく変わってしまう。僕が初めてマウントしたものをあらためてみて見ると、ステレオウインドウがめちゃくちゃだったりする。でも、初めのころはそんなの気にならなかった。立体に見えることのインパクトのほうが大きくて、少々の欠陥は見逃しちゃうのだ。
だけどしばらく自分でやっていると、マウントのときの画面調整で表現自体も変わってくることに気がつく。これは一つの作品作りの一工程であって、他人任せじゃだめなんだ。機械でオートマチックにやったんじゃだめ。だからコダックがマウントサービスをやっていた頃も、値段も理由にあるけど依頼したことはなかった。
マウント作業で一番厄介なのが、ごく近い距離にある被写体を撮影した場合だ。ステレオウインドウがうまく作れなくなる。解決する方法は、マウントの窓の幅を小さくする。昔は、ハーフサイズ用のマウント台紙を使って解決していた。今はマウントが自作できるからどんなものも作ることができる。
マウント作成の自由度は広がったけど、作業は面倒な部分も出てきた。より使いやすいマウント、作業がしやすく疲れないマウント、まだまだ改良しなければならない。これが完成形だと思っていても、しばらく使っていると改善しなければならない部分が見えてくる。ヒートシールの紙とか、新しい素材が手に入っても新しいアイデアが生まれるだろう。
そんなわけで、マウント作業の職人を目指していたつもりが、マウント自体を改良するに至ってしまった。いったい、どこまで突き詰めれば良いのだろう。片方の眉を剃って山篭りでもすれば答えが見つかるのかもしれない。

△ebeyで手に入れたスチール製マウント
(使い方が今ひとつ不明)
●● これからもさまざまな話題で登場いたします。どうぞヨロシク。 ●●
投稿者 sekiguchi : 2009年09月11日 23:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
新型マウント・大地に立つ
再び、ここは前線に立つリアリスト部隊である。備蓄のマウントは日々少なくなっている。
伍長:隊長殿、補給部隊から新しいマウントが届きました。輸入品ではなく、新たに作ったそうです。
軍曹:おお!成功したのか。それにしても・・・今度のはずいぶんと変わった形をしているな。
伍長:糊で貼り合わせるマウントですから、作業性を考慮してノリシロを分割したそうです。
軍曹:4辺を内側に折り込むのか。これなら面がフラットになるな。材料は事務用品の個別ホルダーか?
伍長:はい。厚い材料をカットするため、窓のところはカッターを3回走らせて切り抜いています。
軍曹:ということは、当初の設備で加工が成功したんだな。
伍長:設備投資の費用も含めて、1枚あたり9円のコストだそうです。この程度なら気軽に使えます。
軍曹:これで近接用、ヨーロピアン用も含めて自由に作ることができるのは心強い。作戦は成功だ!
こうしてリアリスト防衛軍は戦略物資を自ら作り出すことに成功した。今回の成功の最大の鍵は、クラフトロボで厚紙を切断する工夫ができたことにある。カット線を往復させると厚い紙もカットできることが研究の結果わかったのである。A4サイズの事務用品は大量に作られているため、探せば安価なものが手に入るし、供給も安定している。糊は試作結果でウレタン系のコクヨ・パワープリットか、PVP系ならトンボ鉛筆のピットハイパワーがよい。近年の糊は、接着剤と呼んだほうが相応しいほど新しい技術が導入されている。このほかにも数々の工夫を盛り込んでマウント加工の体制を確立した。幾多の困難が立ちはだかろうとも、微かに光るインスピレーションを大切にすれば解決することができるのだ。

投稿者 sekiguchi : 2009年09月06日 13:35 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント開発
ここはリアリスト研究所にある特務機関の一室である。マウントを自給できる体制を確立するのだが、次のような大前提のもとに研究を進めている。まず、機材や材料は特別なものではなく、一般に流通しているものから簡便に調達できること。次に、1枚あたりのコストが10円程度になること。コストといっても、販売を目的としないので自分の作業費はタダとしておく。加工機械の償却費も合わせて従来のヒートシール紙マウントと同じぐらいの費用負担になることを目指す。
まず、加工機械としてグラフテック社のクラフトロボ(CC200-20)を導入した。オープン価格であるが、市場価格は24,000円前後といったところ。5千枚のマウントを加工すれば投資分は1枚当たり5円を切る。材料は1枚20円程度のA4サイズ厚紙を使い、ここから4枚のマウントが取れればトータルで1枚10円以下になる。
他の高グレードのマシンであれば厚紙でも自由に切れるのだろうが、それではあまりに初期投資が大きすぎる。安価なマシンを選定したのだがその能力はどうか。これが最大の課題である。テストカットの結果、加工のスピードと精度は十分なレベルにあるものの、マウントに最適な厚紙は切り抜けないことが判明した。対策として切断可能なケント紙を分割して加工し、重ね貼りで強度を出すことを試みた。しかし糊付けの手間が増え、作業性が非常に悪い。
加工が簡単でかつ貼り合わせがやりやすいこと、A4用紙からなるべく多く作れることといった問題が重なり合って解決の糸口が見えない。新しい展開図を作り、切断加工して試作、変更してまた試作をするという行為が続く。この方法では不可能かもしれないと諦めかけたこともある。厚紙を切り抜くことさえできればいいのだが。やはり高グレードの機械を導入しなおすしかないのだろうか。苦悶の日々が続く。さて、実用的なマウントは完成するのだろうか。(つづく)

投稿者 sekiguchi : 2009年09月03日 23:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウント製造作戦会議
ここはリアリスト防衛軍の作戦参謀室である。重要戦略物資である、ヒートシール紙マウントが枯渇の危機にあることが判明し、徹夜の作戦会議が続けられている。参謀たちの疲労もピークに達している。しかし、前線に物資を届けなければ全体の士気に関わるのだ。負けるわけにはいかない。課題はいかにして自前で製造体制を構築できるか、である。
中尉:加工方法はともかく、ベースとなる紙の種類を決めなければなりません。入手性も考慮したほうがいい。
少佐:中尉の意見に賛成だ。しかし、市販のケント紙では強度不足であることが判明している。どうする?
中尉:入手性と価格の点から、事務用品の個別ホルダーが最適の材質です。後は加工方法が・・・。
少佐:やはりダイ&パンチ方式か。あれは型の作製に費用がかかりすぎる。後から変更もきかないんだぞ。
中尉:似たような型抜き式のものに家庭用のがありますが、型は特注になりますね。実用的といえるかどうか。
行き詰まったとき、見方に強力な諜報機関がいる。その名はヤフー。さあ、今こそ力を発揮するのだ、ヤフーよ。
というわけでさっそく検索したがマウント自作の有力な情報はない。いざというときに役に立たない一面も持っている。
途方にくれていると、検索でカッティングプロッタというパソコン周辺機器がヒットした。ホビーレベルの安価な設定の機種もある。デザインした図案の通りにカッターが紙の上を走り、高速かつ正確に切り抜いてくれるマシンである。ただ、あまり厚い紙は切れないらしい。どこまで能力があるのか。果たしてわれらの新しき工廠として活躍してくれるのだろうか。
とにかく、加工の自由度と初期投資のバランスからしてカッティングプロッタで加工技術を確立することが最善の方策であろうという結論に達した。さっそく作戦本部に上申し、試作作戦を展開することとする。作戦行動開始!

△導入した最新鋭工作機械
投稿者 sekiguchi : 2009年08月30日 01:09 | コメント (0) | トラックバック (0)
緊急入電!製造停止!
ここは前線に位置するリアリスト部隊である。戦闘に必要な物資は補給部隊の支援を得なければならない。
伍長:隊長殿、そろそろマウントを補給しないと備蓄が枯渇してしまいます。あと200ほどしかありません。
軍曹:よし、いつものように海外通販で購入したまえ。今回は2箱、2500枚を船便で輸送させよう。
伍長:了解!・・・隊長殿!海外通販のサイトに物品が出ていません!まさか・・・
軍曹:慌てるな。先方に状況確認をするのだ。メールだ。緊急打電したまえ。
伍長:返信が来ました。読みます。「セイゾウガイシャ、トウサン。キカイフルク、セイゾウサイカイノメドナシ」
何だって!?・・・隊長の脳裏にあった一抹の不安が、いま現実になったことを知らせる電流が走った。
とうとう来たか。それにしても早かったな。いつかは来ると思っていたよ。最近補給されるマウントときたら窓の切り口に毛羽立ちがあったからな。だからマウントのたびに窓の毛羽立ちをサンドペーパーで除去していたんだ。あれは明らかに打ち抜き型のパンチがすり減っている証拠だった。マウントの製造部隊は疲弊していたに違いない。
思えば、8年前は紙マウントの接着部分が濃いグリーンで遮光の点でも優れ、窓もきれいに切られた使いやすいものだった。それがいつの間にか接着部分が水色になり、角窓の切り口に毛羽立ちが目立つようになり、そして送られてくるものが長く在庫していたような感じのものになっていった。それでも、このマウントが無いと困る。在庫を確保しなければ。
伍長:隊長殿、どこも在庫が無いようです。1カ所だけ在庫を持っていましたが、価格が高騰しています。
ううむ。高値でわずかな在庫を掴んでもこの前線の維持は続かない。やはり自前の工廠が必要か。
(次回作戦行動を待て)
△1250枚入 リアリストマウントの箱の表示
投稿者 sekiguchi : 2009年08月28日 23:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
第1回マウント製造計画の頓挫
約10年前、僕がはじめてリアリストを手に入れたとき、マウントのことはあまり重要に考えなかった。あのころはコダックの現像所がマウント仕上げのサービスをしていたけど、これを使うことも考えていなかった。理由は料金が高かったから。出だしから金をかけすぎる趣味は長続きしない。今はなきマウントサービス、僕は一度も利用したことがないのだ。
実は、どこかにマウントが売っていると思っていた。ダイヤモンドカメラに束でスリップイン式のマウント台紙(コマを台紙のスリットに差し入れてセットするタイプ)が売っているのを見つけたけど、使いづらそうだったから買わなかった。他の店ではどうかな?と、有楽町、銀座、新橋、新宿の老舗の中古カメラ店を覗くと、意外にもステレオカメラが多く陳列されている。だけどマウントが置いていない。いろいろ回ってやっと、新橋のお店でとても古いヒートシール紙マウントが30枚程度置いてあるのを見つけた。値札が無かったけど500円で譲ってもらったのを覚えている。
売っていないのなら、これを参考にして自作しよう。というのが初めのモクロミだった。厚紙をカッターで切ればいいのだ。直線だけだからカンタン・カンタン。と思ったら、こいつが予想以上に難しい。「まっすぐにしかも寸法を正確に」ということが難しい。四角い穴を正確に切り抜き、切り口が毛羽立たないようにするなど至難の業だ。角がうまく切れない。薄い紙なら何とかなるが、それではマウントとして役に立たない。ある程度厚さのある、丈夫な紙で作るから意味があるのだ。結局、カッターとはさみで大量に作ることは人間の能力の限界を超えていることが明らかとなり、計画は頓挫した。
この後海外通販で購入できることを知り、ヒートシールの紙マウントの大量購入で低コストな写真ライフを実現させていた。しかし今、再びマウントを作らねばならない時が来ている。

△スリップインマウント(ハーフサイズ)
投稿者 sekiguchi : 2009年08月24日 22:58 | コメント (0) | トラックバック (0)
マウントの危機
僕はマウント台紙を海外から買っている。ヒートシールの紙マウントを箱で買っている。いろいろ検討した結果、この方法が1枚当たりのコストを最も低くすることができるのだ。少ないお金で最大限の楽しみを得たい。こういう考え方はケチではありませんよ。費用対効果というモノの考え方。「金ならある。一番高いものもってこい!」的な方法で最大の満足を得ようとするお方もいらっしゃる。なるべく安くね的な努力というのもそれはそれで楽しみの一つだと思うのだけど。
とは言え「もう売ってないよ」となるとお金で解決できない状況になる。ステレオマウントなんていう、流通量がどう考えても少ないものがいつまでも売っているだろうか?という疑問は常に頭の片隅にあった。そんな現実がやってきた。
海外通販マーケットの変化に気付いたのは、そろそろマウントのストックが尽きたなぁということで、新たに発注しようとしたときだった。通販サイトのカタログ欄にいつものモノが無い。あわててメールで問い合わせると、それを作っていた会社が倒産しただとか、古い機械で作っていたが、機械が壊れたのでこの先の目処が立たないとか悲惨な情報しか入ってこない。とりあえず在庫が残っているのを売りますとのこと。だけどもう値段が上がっている。そんな状況になってだいぶ経つ。
まだ今のところは「高くてもいいからもってこい」で済む状態だ。今まで使っていたものじゃなくても、少々単価が高い別のマウントでも何とかなる状態である。でも、これって僕にとっては楽しい状況じゃない。安く上げる努力が楽しいのだ。
僕がはじめてステレオカメラを手に入れたときは、マウント台紙をどうやって手に入れようかなんて考えていなかった。売っている所さえ知らなかった。紙を手作業でカットしても何とかなるさ、ぐらいに考えていた。でも実際にやってみると手作業では難しい。それを克服して自給体制を作る、というのがこの危機の脱出方法だろう。そんな話をこれから連載します。

△定番 ヒートシール紙マウント
投稿者 sekiguchi : 2009年08月22日 21:54 | コメント (0) | トラックバック (0)
そろそろ改名か?
僕がステレオを始めてからまだ10年と経ってはいない。ステレオの諸先輩から見ればまだまだヒヨッコである。とはいえ、銀塩ステレオ沼のずいぶん深いところまで来たんじゃないかとも感じている(銀塩沼にはまって抜け出せないとも言うか)。まだまだ緒先輩にはかなわない所がありながら、このようなコラムを書いて叱責をいただいていないというのは運が良いのか、皆様が寛大なのか。えっ?あまり読まれていない?
それはともかく、地方に引越し、STEREO CLUB TOKYOの例会に参加できなくなったことを契機に始めたこのコラム、好き勝手に書かせていただき感謝しています。はじめはリアリストの分解を写真入りで紹介するだけと思っていたんだけど、ちょっと欲が出て色々書いていたらこんな風になってしまった(笑)。
そろそろ「解剖室」という名前にそぐわなくなってきたので、タイトルを変えましょうか?岡野サン。えーと。何にしようかな。リアリスト探検隊。。。どっかで聞いたような。ステレオリアリストとヒミツの部屋。。。第2巻かよ。リアリスト友の会。。。なんだかなあ。
もう世の中デジタルだらけになって、リアリストがどうとか言ってる場合じゃないな。これはですね、フィルム文化の危機ですよ。もうね、銀塩写真とか、フィルムを使ったステレオ写真とか、そんな話題はここしかない、ってな貴重なコラムにしたいですね。というかそうしなきゃいかんのですよ。(なんでやねん)
というわけで、次回から「リアリスト解剖室」改め、「古典芸能の部屋」といたします(ウソ)。まあ、これからもぼちぼち書きますのでよろしく。

平行法でご覧下さい。
投稿者 sekiguchi : 2009年08月20日 00:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
続・旅カメラ
一度ステレオを旅行に持ってゆくと普通の2Dにはなかなか戻れない。普通のプリント写真が物足りないものになってしまう。プリントが必要な場合だってあるが、ステレオの片方でプリントを作ることだってできる。そんなわけで、望遠とか超広角で撮影する目的がない限り2Dのカメラが旅についてくることがなくなってしまった。とはいえ、古いカメラゆえ旅先で調子が悪くなると、とってもとっても困る。銀座の中古カメラ店でリアリストを買うときも、「旅行で使うにはちょっと心配だよ」と不吉な予言を言われた。クラシックだから壊れやすいんじゃないかと、やっぱり不安になる。
でも、壊れて困るのはクラシックでもデジカメでも同じだ。どのぐらいの頻度で故障が発生するのかという問題は、実は機械モノの世界では難しいテーマである。メンテナンスがきちんとされた状態でどちらの故障発生率が低いか?というのは一つの学問になる。実際にそういうことを専門にしている博士もいらっしゃる。
リアリストの場合は機械がそれほど複雑ではないから、故障がおきても原因の見当をつけやすい。そんなわけで僕は、旅行の時には精密ドライバーのセットも持って行く。飛行機の機内持込はできないので、トランクの荷物の中に入れておく。メンテナンスをマスターしておくと、ドライバーを持っているだけで心強い。これさえあればたいていのトラブルには対処できるからだ。実際に軽いトラブルに遭遇したときも慌てることはなかった。これが複雑なカメラで、しかも電気カラクリだと故障した場合の落胆は大きいだろうな。
リアリストはのんびり撮るのに向いているが、アフリカのサファリで動物を追いながらバリバリ撮る時にはちょっと工夫した。巻き上げとシャッターの動作は訓練で素早く行うことはできるけど、フィルム交換に時間がかかる。僕はこのような時、同じモデルを2台持ってゆくことにしている。撮影しながらもう1台のフィルム交換をすることで連続撮影ができる。前に紹介した巻き戻しのアタッチメントは必需品だ。大変なようだけど、この方法でシャッターチャンスを逃がしたことはない。
▼ビュアーで見る迫力が再現できませんけど。平行法でどうぞ。



投稿者 sekiguchi : 2008年06月07日 13:29 | コメント (0) | トラックバック (0)
旅カメラ
知らない土地を撮り歩く、たとえば海外旅行なんかに持ってゆくカメラは何がいいだろう。荷物をなるべく減らし、フットワークを軽くすると見知らぬ街のいろいろなところが見えてくる。そんな発見を撮りためるためにカメラはなるべく携帯に便利な方がいい。最近は薄型のデジカメが人気だろう。電池とメモリーさえ確保しておけば良いし、なんといっても空港のX線検査を心配しなくていいのはフィルムには望めない大きなメリットだ。しかしステレオで撮りたいとなると難しい。ステレオ専用のデジカメはまだ世に出現していない。2台をブラケットでつないだ装置を使うにしても携帯性が良いとは言い難い。
僕は、東欧旅行のお供にリアリストを選んだことがステレオの始まりだった。重量は少々あるが、レンズカバーを閉じればバッグの中に放り込んでおけるし、各部のデザインがフラットだから意外にも収まりがいい。カメラ操作はスローペースになるけど、散策しながら撮影するにはこれがちょうどいい。街の人々に声をかけて撮らせてもらったりもした。なぜか断られることもなく、みな良い表情だった。たぶん二つの目玉が愛らしい(?)カメラだからじゃないか、と勝手に思っている。クラシックカメラだから撮られる緊張がないというのもあるかな。朝から歩いて昼頃までに1本撮り終えると、古い街並みに古いカメラが馴染んでいる気がした。
旅行から帰ると膨大なマウント作業が待っていたのだけれど、マウントしながら街の空気のにおいが甦ってきた。作業もゆっくりゆっくり、観賞を兼ねてやるとこれもなかなか楽しい。旅行にカメラはつきものだが、うっかりすると撮るのに夢中で何も見ていなかったということになりかねない。そういう理由で、旅行でカメラを持たない人もいるらしい。でもリアリストの面白いところは、撮っている時の記憶を鮮明に甦らせてくれる。自分の見たままの景色が記録されるのだからね。というわけで、リアリストは旅行にお勧めの1台です。
▼ビュアーで見る迫力が再現できませんけど。平行法でどうぞ。



投稿者 sekiguchi : 2008年06月01日 12:53 | コメント (0) | トラックバック (0)
リアリストの梨地再生
他のカメラのひみつを探ってきたが、もう一度リアリストを手に取ってみよう。と思って棚から取り出すと、なんとトップカバーの銀梨地一面に不穏な斑点がタクサン!
保管の方法が悪かったのかな?…いや、海に行ったあときれいに拭いておかなかったからか?…後悔しても後の祭りである。斑点は錆のようなものみたいで、アルコールやクリーナーでは取れない。よく観察すると、場所によってはメッキ下地の銅が腐食して緑色の錆も浮き出ている。まいったナぁ。銀梨地の再生は難しいのである。メッキをし直すとしても、クロムメッキは難しい。良い子が使ってはいけない薬品が必要だし、素人が勉強して出来るほど簡単ではない。比較的簡単なメッキとしてはニッケルメッキがある。処理薬品も市販されている。でもニッケルメッキは柔らかい。それに比べクロムメッキはとても硬いのである。
ン?硬いのなら多少コンパウンドでこすっても剥がれないかな?リアリストのメッキは厚めでもあるし。というわけで、自動車用コンパウンドの荒目で丁寧にこすってみた。すると簡単に斑点が消えるではないか。おまけに梨地の光沢はヘンになるどころか作られた当時の上品な光沢が蘇った。汚れもすっかり落ちて見違えるようになった。
こうなるとノブのローレットの汚れも目立ってくる。溝の一つ一つを楊枝でこすってみる。苦労の割にきれいにならない。では奥の手。ノブを取り外してキッチン用の漂白剤に浸ける。ケチらずに2時間ほど放置して、ブラシでこする。これまた見違えるほどきれいになった。加工の刃物の跡まで見えるほど光っている。
一部、黒い文字の塗料が落ちてしまったのでプラモデル用のエナメル塗料で補修した。針のように削った楊枝で塗る。少々はみ出しても良い。半乾きのうちにペーパーでぬぐうと溝だけに塗料が残る。
まねしても良いけど、コンパウンドは注意深くこすってね。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月24日 20:51 | コメント (0) | トラックバック (0)
マクロステレオ(後編)
肝心のレンズが決まっていなかったが、何とかなるかな?ぐらいにしか考えていなかった。ネットで諸先輩の製作例などを拝見すると「写るんです」のレンズを使われている方々もいらっしゃる。そんなのがないかなとカメラ屋に立ち寄ると、ジャンクカメラがカゴいっぱいに積んであった。1台200円也。これはと思い、てきとうにコンパクト機をペアで数台購入。さっそく分解する。38mm/F2.8のレンズユニットがペアで入手できた。
ただし、これをマミヤに取り付けるとフランジバックが長いので高倍率になりすぎる。どうやって倍率を下げるか?、画質を落とさないようにする方法は?、左右画面の仕切りは?、絞りの取り付けは?、絞って暗くなったファインダーでのピント確認方法は?、ストロボの光量設定は?とか、とか、とか。。。課題は盛りだくさん。
課題は多いが、一つ一つクリアしながら組み立ててゆく楽しみがある。問題を解決するたび目標に近づいてゆくのが分かる。完成間近には桜が咲き始め、テスト撮影に最適な季節が到来した。ボロくてジャンク寸前だったマミヤ645が、世界で一台の試作カメラとして生まれ変わったのである。
さて、フィールドに出てみるとちょうど菜の花が咲き、たくさんのミツバチが飛んでいた。ファインダーは暗いがフォーカス確認の秘策がある。静止しているものならまず外さない。1本撮り終えてさっそく現像に出す。さて、結果は・・・。
ファインダーで確認した通りの構図で記録されている。ルーペで確認すると、心配だった解像度はミツバチの体毛が分離できるほど高い解像度が出ている。隅々まで均一な画質で、アウトフォーカスも素直なボケ。マミヤ645はタテ走りシャッターなので左右の画面でタイムラグがない。ミツバチの羽ばたきをしっかり捕らえる事ができた。リアリストマウントに仕上げて鑑賞すると、ビュアーの奥に緻密な、小さな世界が広がる。
近接立体画像撮影装置の完成である。残念ながら量産化の計画はありません。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月17日 10:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
マクロステレオ(前編)
立体写真の中でも、花や虫などの小さな世界を写したものは非日常を楽しめる。とても面白い。これを撮影するには、ステレオベースを短くしてマクロレンズを装着したカメラが必要だが、これが世の中にあまりない。リアリストのボディをベースにしたマクロリアリストがあるが、中古マーケット価格は異常に高い。おまけに目測で撮影しなければならない。飛び回る昆虫を追いかけながら撮影するにはチョット無理がある。マクロ撮影ではごく薄い被写界深度の中で、構図とピントの確実な確認をしなければ満足する結果は得られにくい。どんなに高価なカメラでも自分の目的に合わないのならば意味がない。
というわけで、マクロ専用のカメラを自作することにした。世の中に使いやすいものがないのなら、作ってしまえということで、まず次の7つの項目をコンセプトとして立てた。
1.飛び回るミツバチが手持ちで撮影できること。
2.構図とピントが確認できるよう、一眼レフボディをベースにする。
3.リアリストマウントが使える画面サイズは最低確保する。
4.被写界深度を浅くしすぎないため、倍率はある程度控え目でもいい。
5.絞りはある程度絞った状態で固定にし、ストロボ撮影を前提にする。
6.画質は妥協しない。
7.なるべく安く作る。
ベースとなるカメラはマーケット価格も考慮して、初期のマミヤ645にすることに決めた。かなりくたびれたものでも、少々汚くてもいいが、ストロボ前提だからホットシュー付のプリズムファインダーが要る。シャッター最高速は1/500secのモデルで十分。探して探して、本当にくたびれた安い一品を見つけた。これだ。
あんまり汚いので、改造の前に手の届くところすべてのクリーニングをし、レザーを貼りなおした。実はこのときはまだレンズが決まっていなかった。見切り発車である。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月11日 11:44 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスターのソフト
ビューマスターの話題をもう少し。昔のリール・ソフトにもおもしろいものがたくさんある。これを入手するにはebeyを利用するのが便利だ。アメリカからの出品が、種類と品質の上でお勧めできる。かなり古いものであるはずなのに、年代の割に状態が良い場合が多い。アメリカの国民性なのか、気候によるものなのか。中にはデッドストックと思われる、未開封で値札の付いているものもあったりする。
ただし、未開封であるから画質が落ちていないということはない。カラーが退色して赤味がかってしまっていることもある。開封していないだけに売り手に状態を確認できないので、その点はリスクだ。ポピュラーなのは3枚が1セットになってジャケットに入っているもの。安いものでは送料込み、千円以内で手に入る。
ビューマスターと同じ規格で、チェコ共和国がチェコスロバキアだった時代にメオプタ社から出されていたリールもある。聞いたこともない東欧の町の風景が記録されたリールを覗くのもおもしろい。風景だけでなく、人々の昔の服装とか、クラシカルなスタイルの自動車が一緒に記録されていると一層おもしろい。
アメリカで発売されていたものは、世界中の観光地をテーマにしたものをはじめ、さまざまなテーマのものがある。日本の「東京」なんてものもある。珍しいものでは価格も高くなって、50ドル、100ドルの値が付くものもある。「京都」のリールは60ドル近くの値が付いて落札することができなかった。
色々買ったが、まだまだ興味は尽きない。中には平面写真を加工しただけのがっかり物もあったりする。そんな中、それほど相場価格が高くなくおもしろいリールがこれ。
・ WILD BIRDS
鳥たちの巣を覗く視点で撮られている。どうやって撮ったのか不思議。
・ Desert Wild Flowers
サボテンなど、砂漠で咲く植物たち。きれいな花のマクロ写真になっている。
どうぞ諸君もおもしろいリールを発見してくれたまえ。
投稿者 sekiguchi : 2008年05月04日 11:09 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスターのビュアー
パーソナルの話が出たのでその続き。前に紹介した通り、ビュアーとリール・ソフトは現在でもおもちゃとして海外で売られていて、子供向けのリールがヨーロッパの空港のおみやげ物屋で売ってたりする。そのためか、今のビュアーはとてもカラフルなプラスチックでできている。バックライトが無く、外からの明かりを取り入れて鑑賞するものしかないけど、これはこれで手軽に扱えてイイ。覗きながらレバーを操作すると次々に風景が変わる。おもしろい。フォーマットが変わっていないから、ビュアーもリールも昔のものと共通で使うことができる。ビューマスターが登場したのは1950年より前だと思うから、かれこれ60年以上フォーマットが変わっていないことになる。すごいことです。
昔に作られたビュアーも色々なタイプがあるが、ベークライトでできているのでブラックボディのものが多い。電池と電球を使ったバックライト付のものとか、焦点調節のできるものもある。僕はタイプDと呼ばれるバックライト付のものを使っているけど、例によって電球を明るいものに交換し、色温度を上げるフィルターを組み込んでいる。
パーソナルで撮影したフィルムをブランクリールと呼ばれるマウントにセットして、これらのビュアーで鑑賞するのもおもしろい。ブランクリールは昔に比べて手に入れにくくなっているし、保管状態によっては表面にバブルと呼ばれるデコボコが生じているものもあるので注意したい。デコボコがあっても使えないわけじゃありませんけどね。
もうひとつ注意したいのは、前にも紹介した通り専用のフィルムカッターが必要です。カッターを使えば、左右のコマを最適な位置関係で簡単に切り抜くことができます。ちょうど紙パンチのような構造のもの。これがまた手に入れにくい。手に入っても切れ味が悪かったりもするので、状態を良く確かめて買ってください。とはいえ通販では確認はまず無理なので、ebeyなんかで手に入れるときはちょっとした冒険をしなければなりません。でもでも、カッターを使わず、はさみで切り抜くのはホントウに超人的な精神力が必要です。僕にはできません。
▲いまどきのビュアー ▲パーソナル専用フィルムカッター
投稿者 sekiguchi : 2008年04月26日 21:50 | コメント (0) | トラックバック (0)
ビューマスター・パーソナルのひみつ
リアリストとは全く異なるフォーマットのカメラである。ビューマスター・リールと呼ばれるディスクに7組のステレオペアのスライドをセットし、専用のビュアーで観賞する。ビュアーのレバーを操作すると順番に画面が切り替わる。これは玩具として現在も販売されている、観賞専用のビューマスター・リールと同じフォーマットである。現在も販売されているといっても、日本国内で販売店を見つけるのは難しい。海外の玩具店では定番商品として店頭に並べられており、アメリカのみならずヨーロッパの空港の売店でも普通にビュアーと現行ソフトを探すことができる。この他には海外通販で新品のビュアーを購入することができる。
このカメラはユニークで、フィルムの上下を2分割して使用し、巻き上げながら上段で撮影したらレンズを下段にセットして巻き戻しながら撮影を継続する。詳しいことは他でも紹介されているのでここでは割愛するが、タテ8mm、ヨコ11mmの小画面ながら、十分楽しめる画質で撮影することができる。レンズは25mmf3.5であり、普通の画面サイズなら広角レンズになるが、画面サイズが小さいため画角としてはリアリストよりも狭くなっている。画面サイズとレンズ焦点距離の関係で被写界深度を大きく取ることができるので、パンフォーカスでの撮影が容易にできる。それ故、フォーカス機構がない。
メカとしてのカメラ機構は非常に丁寧に作られており、ファインダー内に水準器がついていたり、シャッタースピードと絞りの設定が簡易露出盤を兼ねた配置になっていたりと操作面でも優れたデザインだ。現像後のフィルムは専用カッターでリールにセットできるように切り抜く必要があり、カッターなしでこの作業を行うのは極めて困難。残念なのはブランクリールの製造が数年前にストップしており、デッドストックを高値で入手せねばならない状況が続いている。使って楽しいシステムだから、一日も早いリール供給の再開が望まれる。
投稿者 sekiguchi : 2008年04月19日 22:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
ウオーレンサック・ステレオ10のひみつ
数あるステレオカメラの中で、レンズのF値が2.7の明るいレンズを持った唯一のカメラです。リベアステレオと同じボディと聞きます(リベア、持っていないんです)。画面はリアリストサイズで、距離計連動式のフォーカス機構があり、リアリストと同じようにフィルムレールが動いてピント合わせをします。ズシリと重い感じがするけど、実際にはリアリストよりも20グラム程度しか重くはないのです。重厚な雰囲気と、マーケットでも高値で取り引きされていることから「キングofステレオ」と呼ぶ人もいます。
僕もいつかは使ってみたいとebayを監視していたのですが、かなりくたびれた感じの一台を落札することができました。外観はどうでもいから、このレンズを使ってみたい、という思いでとにかく安いものを探していたんです。実際、だいぶ安かったんですけどね。
で、到着した物件を確認すると、メカ的には特に問題はないものの相当にくたびれたものでした(笑)。ちょっと掃除をしてやろうとしたら、革がはがれる。しかもボロボロと(笑)。他にもだいぶアカが溜まってる(笑)。僕には変な癖というか、感覚というものがありまして、中古のものは一度自分で徹底的に掃除をするとか、メンテナンスをするとかしないと自分のものにならないんです。そのまま使っても何だか他人のカメラを使って撮影しているようで集中できない。
このカメラも同じようにメンテナンスをしてやろうと思ったんだけど、どうにも分解の手順が分からない。あちこちいじっていると左右のレンズで組立方が違うことが分かったり…とにかく、一筋縄ではいかないところはキングだなぁと思った次第。面白そうなカメラなので皮革もオリジナルに近い状態で再生してあげたい。そんなふうに思っているうち、月日だけが過ぎてゆき。。。というわけで、このカメラはまだ僕のものになっていないのです。テスト撮影もまだ。ですから、ウオーレンサックのひみつはこれから明らかにされるのでした。おたのしみに(いつのことやら)。
▲まだ値札がついたまま(笑)
投稿者 sekiguchi : 2008年04月12日 21:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
デュプレックス・スーパー120のひみつ
横長スタイルばかりのステレオカメラの中で、ちょっと変わったかたちのイタリアカメラ。というのもブローニーフィルムを使うのだ。6センチ幅のフィルムに、なかよくリアリストサイズの画面が並ぶように撮れる。ただし、リアリストのステレオベースの半分ほどしかないので立体感がやや乏しい。反面、近距離の被写体に対してはマウント時にステレオウインドウが作りやすい。レンズは35mm/F3.5で、描写はふわっとした感じ。コントラストはやや低い。リアリストの硬調な描写とは対照的だ。
このカメラはマーケットになかなか出ないし、ちょっと高価な部類になる。僕のはフィルム圧板が取れかけていたり、レンズキャップも紛失していて割安で手に入れることができたもの。ファインダーも分解掃除して、機構のメンテナンスもしてみた。レンズキャップは家具の滑り止めに貼るゴムシートを使って自作した。一見自作には見えない仕上がりにとても満足。ストラップ金具が特殊だが、これも自作のストラップを付けてみた。他のどんなカメラにも無い独自のスタイル。持っているだけで楽しくなるデザインだ。
気を付けなきゃならないのは、フィルムの巻き上げだ。ノブを回してもロックがかからない。ブローニー(120)の裏紙の番号を裏板の小さな窓に合うように回すのだが、慌てているとうっかり巻きすぎたりしてしまう。
このカメラは独特のスタイルで威圧感もないし、描写からしてもポートレートに使うのに適しているんじゃないかな。ただ、シンクロ接点があるのにシューがないから、ブラケット式のストロボを使わなきゃならない。そんなことをしたら、せっかくのコンパクト性が台無しです。上下を逆さまにして、三脚ネジ穴にアダプター・シューを付け、小さなストロボを付けてはどうだろう。おでこホールド&左手親指シャッター押しの、気軽なスナップ・ステレオカメラとして使えそうである。
投稿者 sekiguchi : 2008年04月05日 11:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
ベラスコープf40のひみつ
ヨーロピアンフォーマットのフランス製カメラ。アメリカではブッシュ社が販売代理店をしたので、アメリカ由来のものにはブッシュ社の刻印が入っている。レンズは水中カメラで有名なカリプソと同じ、ソン・ベルチオ製だ。このレンズはボケの感じがとてもやわらかく、しっとりとした感じに写る。これを買うときに「フランス映画のようなきれいな写り方をしますよ」と言われたが、フランス映画を知らないくせにその時はなんだか納得した気分になっていたのがお恥ずかしい。撮影してからこんな感じか、と思った次第。
後期型にはレンズコーティングが施してあるものの、逆光には極めて弱い。レンズ本体の弱さに加え、筐体の暗箱としての設計に問題がある。裏蓋を開けるとフィルムフレームの内側に傾斜した面がある。この面でレンズからの像が乱反射し、フィルムにフレアの形で現れてしまうことが調査の結果判明した。これは昔のフィルム感度がどうこうというレベルではなく、こんなところで乱反射が起きること自体が問題だ。どういう設計しとるんじゃ、ゴルァ!というレベル。高価なカメラであるだけにショックは大きい。これを解消するには傾斜面へのつや消し黒塗装をやり直す程度ではダメだった。植毛紙を貼り付けるという手術がいる。しかし植毛紙にはある程度の厚さがあり毛先が立っているので、画像の四辺が毛羽立ったような輪郭になってしまう。なるべく毛足の短い植毛紙を使ったり、毛先を焼いて丸めるなどの工夫も必要だった。手間をかけてやっとレンズ本来の描写を楽しむことができる、ちょっとしたトンデモカメラだ。
光学機器としての設計はともかく、メカとしての作り込みは重厚で、モノラル撮影切り替え、ガバナー音のないスローシャッター、凝った作りのファインダーなど、他にはない魅力がある。さすがはカメラ発祥の国らしい作り込みだ。でも、そこまで凝った作り込みをするなら暗箱としての性能は最低限確保して欲しかった。これって基本だよな。
これは既に植毛紙で改善した状態 ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年03月29日 23:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
デルタステレオのひみつ
非常にシンプルな構造のカメラである。ファインダーのアイピース部分が裏蓋のロックをするノブを兼用している。まず最初に、やってはいけないことを教えよう。アイピースのレンズが汚れているからといって、綿棒でレンズを拭いてはいけないよ。なんと、レンズが奥に押し出されてカメラ内部に落ちてしまうことがある。こうなったら分解しなければならないが、特殊工具がなければ分解することができない。だから、ブロアーでそっとホコリを掃う程度にしておいた方がいい。えっ!?そんなのアリ?と思われるかもしれないが、実際にあった事実だ。
裏蓋を開けるとパーフォレーションに勘合する櫛歯が見える。フィルムを巻き上げると、フィルムに引かれてこの櫛歯が右方向に動く。この動作でシャッターチャージをするという変わったセルフコッキング機構になっている。シャッターボタンを押すとシャッターが作動し、更に押し込むと櫛歯が奥に引っ込んでスプリングの力で左端に戻る動作をする。こんな動きをするカメラ、見たことがない。フィルムを巻き戻すときはシャッターボタンを押し込んで、櫛歯を奥に引っ込めてフィルムがフリ-になった状態でノブを回す。巻き戻す間はシャッターボタンを押しつづけ、櫛歯を引っ込めておく。
レンズは50mmで、この時代のステレオカメラとしては珍しい焦点距離である。と思ったらコーティングなしの単玉メニスカスだ。およそ2~3mにフォーカスが固定されている。描写は「ふわっと」というか「ぽわん」というか。使い方次第では面白いカメラであるが、機能・性能を大幅に削除した廉価版である。マーケット価格も比較的安価ではあるが、価格を根拠にエントリーモデルとして購入すると撮影してガッカリという事態になりかねない。単玉レンズならではの特徴的な写り方をする、ということを理解した上で、このカメラならではの味わいを楽しみたいものである。
キャップは自作した ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年03月22日 11:31 | コメント (0) | トラックバック (0)
キンダーステレオのひみつ
このカメラはリアリストと同じデザイナーによる設計と聞く。確かにファインダーが下部にあり、おでこホールディングになっている。このファインダーが距離計連動で、二重像合致式になっている。この他にも、巻き戻しがクランク式になっていたり、セルフコッキングになっていたりとなかなか先進的なメカニズムを採用している。レンズはシュタインハイル社製の35mm/f3.5がついているけど、おそらくトリプレットだろう。
このカメラは中古マーケットでもそれほど見かけない。希少なのかと思ったら、マーケットでの価格もそれほど高くはない。運良く安価で入手する機会があったけど、シャッターが不良だった。仕方なく分解して観察してみると製造コストをかなり下げた設計思想であることがわかる。作動不良の原因はガバナーの固着だった。ガバナーと言ってもあまり精度のよくない部品で組まれており、シャッターも2枚の穴明きスチールプレートを重ねて摺動させる方式のため、安定して作動させることが難しい。調整を重ねても安定しないのはシャッターのスチールプレートの間に汚れがあるためなのはわかっていた。でも、プレートを取り外すにはレンズを分解しなければならない。シャッターが絞りを兼用しているため、組みレンズの中間にプレートがあるのだ。残念な事にレンズ鏡筒は分解が難しい構造になっている。ムリに分解しようとするとレンズを傷める危険がある。
結局、重分解を行っても、もともとの構造が精度の出にくいものだから、と調整を諦めてしまった。シャッターの修理を行おうとするとレンズの分解まで手をつけねばならない。そのためかマーケットでも完全に動作する機体は少なく、レンズのきれいなものも少ない。非常にメンテナンスのしにくい機種である。もしかしたら、斬新なデザインにしたものの販売戦略的に製造コストを下げるため、メンテナンス性を犠牲にしたのだろうか。良いデザインだけにとても残念。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月15日 13:22 | コメント (0) | トラックバック (0)
ベルプラスカのひみつ
旧東ドイツ製で、ツアイス・テッサーレンズがついたヨーロピアンフォーマット・カメラ。ツアイスレンズがついているということで人気がある。リアリストf2.8とよく似た描写なんだけど、ほんの少しだけやわらかい表現をするような気もする。
さて、せっかくのツアイスだけど残念なのはボディへのレンズ取り付けが悪く、性能を発揮できていない場合がある。僕のがそうだった。左右のレンズでピントが違うのだ。ステレオ視したのでは見逃しやすいが、片方ずつをルーペでチェックすると片方の像がぼんやりしていて愕然とした。リアリストはフィルムレールの位置を調整してこのような不具合を直すことができるけど、ベルプラスカには調整するところがない。思い切って分解してみると、筐体とレンズボードをつなぐネジのところに薄いワッシャーが入っていた。なんだろ?と思って取り出すと、薄い紙片で作ったワッシャーを重ねている。どうやら、これで位置調整をしているらしい。それにしてもこのワッシャーの作り方がお粗末で、オリジナルとは考えにくい。もしかしたら、ドイツのおっちゃんが自家修理でこっそりやったものかも。だって紙だもんなぁ。
とにかく、調整するにはここしかないので僕も紙でワッシャーを作ることにした。柔らかい紙では不安があるので、トレーシングペーパーのような硬くて薄い紙を使ってみた。シャッターをバルブで開放し、三脚に乗せ、フィルム面にすりガラスを置いて像を観察しながらワッシャー枚数で調整する。ワッシャーを重ねたり、抜いたり。こんな方法で製造時も調整していたのかと思うと「それはないだろう」という気がする。それでもなんとかこの方法で調整を完了することができた。このカメラは目測式だが、僕は目測が嫌いだからシューに単体距離計を乗せている。調整のついでに距離リングの位置も調整し、マッチングを図った。近距離での撮影もバッチリ隅々まで焦点が合う。苦労したよ。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月08日 10:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
FED・BOYのひみつ?
ステレオリアリストのひみつを探ってきたけど、他のステレオカメラもいくつか紹介しておこう。これはFEDステレオと同じ系列のウクライナ製カメラ。ヨーロピアンでオートマチック撮影という他にはない機能を持っている。フィルム感度を合わせ、右レンズの脇にあるレバーをAにセットすれば、露出を自動コントロールしてくれる。被写体が暗すぎる場合はシャッターロックする安全機構もある。レバーを絞り値にセットすると、シャッターが1/60に固定される。マニュアル撮影というよりはフラッシュ撮影のためだ。
レンズはインダスタール38mmf2.8で、なかなかよく写る。ただ、僕のはレンズの取り付けが悪いのか、片画面で隅の方にちょっとしたピンぼけが目立つことがある。ステレオ視の時にピンぼけは目立たなくなるから、この辺は許してやろう。
この国のカメラはユニークだ。でも、故障も起きやすい。あるとき、修理依頼で業者に電話をすると「あ~。ロシアですか。ロシアには手を出すなって親方にきつく言われてるんですよ」と丁重に断られた。正確にはウクライナはロシアではないのですがね。それはともかく、我が国のカメラとは部品精度の基準が異なり、分解すると元通り組めなくなるらしい。このカメラは巻き上げ機構にトラブルが多く、ひどい場合はフィルムが切れる。思い切って自分で分解してみてびっくり。2枚のギアを重ねて勘合している部分の加工が悪く、部品が滑っていた。部品の手直しは簡単だったが、組立にはやっぱり苦労した。
露出制御は針式のメーターが内部にあり、針をシャッター機構が挟み、その位置で絞りの開口を決めるというメカトロニクス(笑)な制御がされている。驚くことにこの電子回路にはスイッチが無い。電池を入れておくだけで常に電流が流れているという常時戦闘態勢モードの設計になっている(笑)。使わないときは面倒でも電池を抜いておこう。
投稿者 sekiguchi : 2008年03月01日 01:08 | コメント (0) | トラックバック (0)
New・NDフィルター
以前、リアリスト専用フィルターの枠だけ使って新しいフィルターを作ることは面倒だと書いた。実際、ガラス製のフィルターを小さく円形に切り取ることは難しいし、請け負ってくれる業者があるかどうか。あったとしても、値段の相談やら心配なことも多い。こんな面倒なこと、やっぱりできない。でも、このサイズのNDフィルターがあれば夏場の屋外で絞りすぎないで撮れるし、なによりフィルターを付けたままでレンズカバーを閉じることができる。こんな便利なものならやっぱり欲しいなぁ。
というわけで思案の結果、樹脂製のフィルムフィルターをハサミで切って組み入れる方法を使うことにした。さて、元のフィルターの枠が使えるかどうか。今回のために新たに中古のリアリスト・フィルターを入手し、分解を試みた。その結果次のことが判明した。
・作られた年代で、フィルターガラスの固定方法が異なる。
・大きな枠のもの(おそらく初期型)は前側からリングをはめ込んでいる。分解しやすい。
・小さな枠のもの(最も多く流通)は、裏からかしめているので切削して分解する。
新しいフィルターとして使うなら、マーケットの流通量が少ないが初期型の「大きな枠」のものをお勧めする。分かりづらいかもしれないが、右側写真の右列のペアがこれ。大きさを合わせて厚紙で作った円盤でフィルムフィルターを挟み、切り抜く。分解した枠にはめ込んで、固定用のリングを再セットすれば出来上がり。作例では露出倍数が4倍になるように作ってある。
小さな枠の場合、元のガラスフィルターを取り除くのがすごく難しい。ガラスを割ってから枠を削らねばならない。後付フィルターは、両面テープでモルトプレーンの小片を3カ所ほど貼り付けて固定している。作例では露出倍数が6倍になるように作ってある。
こんなふうにして露出倍数の異なるセットを3組作り、ケースに入れて携帯している。カラーバランスも崩れず、とても使いやすいフィルターセットが完成した。
小さな枠・露出倍数6倍 ▲
大きな枠・露出倍数4倍 ▲
投稿者 sekiguchi : 2008年02月23日 23:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
写真の整理
リアリストマウントは日本国内では製造していない。普通の35mm用マウントなら写真用品店で入手できるし、保管ファイルも発売されている。リアリストはマウントを何とかしても、ファイリングがお手上げになる。撮影を重ねて枚数が多くなってくると保管に困ることになる。ちょっと前までラボでマウントサービスをしていたころは、紙箱に入って渡されたからその箱がそのまま保管に利用できたが、今はそれもない。サイズの合う空き箱を探すのも一苦労だ。
では米国ではどうかというと、専用のビニール製ファイルリフィルが売られている。1シートに10枚のスライドを差し込むポケットがついていて、透明だから内容の確認も簡単。とても使いやすく、通販で購入することができる。しかし困ったことに、このリフィルを綴じるファイルが日本規格じゃない。日本のファイルはA4とかB5サイズで綴じ穴が2つというものが主流。一方米国では台紙サイズがまず異なり、綴じ穴は3つである。この3つ穴ファイルが普通の文具店ではまず手に入らない。
あれこれ探してみると、かつて流行(継続中?)のトレーディングカードのファイルリフィルが米国製で3つ穴だ。これを綴じるためのファイルも同じ店においてある。たぶん米国から輸入したものだろう。これはいい、と思ったらファイルにカードのキャラクターがプリントされている。これはちょっといただけない。さらに探すと、落ち着いた無地のファイルも僅かにあった。これだ。というわけで便利な専用ファイルが手に入った。
これでも量が多くなると書棚があふれてしまう。というわけで僕は省スペース化のために、専用の収納箱を厚紙から自作している。1箱40枚の収納で、側面には整理用のラベルを貼っている。これは便利です。それから、マウントにはテーマごとにスタンプを作って押している。うまくできているでしょ。
投稿者 sekiguchi : 2008年02月16日 13:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
