STEREO CLUB TOKYO

耐久性考察

 ステレオリアリストをはじめ、1950年近辺に製作されたカメラが21世紀の現代においてもなお、十分に実用できるコンディションであることは驚くべきことである。機械構造物が60年近くの間、部品の損耗、劣化などが少なく、使用する上で影響するレベルに達しない、というのは何かヒミツがあるはずだ。
 リアリストを分解し細部を観察するとわかるのだが、機械系部品は全て金属でできている。極僅か、フラッシュの回路の絶縁として樹脂が使用されているのを認めるのみ。これが脅威の耐久性のヒミツだろう。
 金属だって、長期のうち酸化し、錆びが出る。だが、精錬された品質の良い金属を使い、表面を磨いた部品というのは錆びにくい。使い方や保管方法を工夫すれば、さびが原因で作動不良になることは少ない。
 もう一つの弱点は金属疲労だ。破壊に至らない弱い力でも、繰り返し作用すると金属結晶の粒界面に亀裂が入り、これが進展して破壊に至る。これも作用する力の大きさと想定回数から、十分に耐えられる材質を選定と部品寸法を出し、形状を製造図面に反映させる。このあたりが設計にかかわる技術者の腕の見せ所だ。
 耐久性で問題になるのはやはり、樹脂類といった経年変化で劣化するもの。繰り返しの応力だけでなく、酸化や重合した分子の分解、再架橋化により、軟化、ひび割れ、硬化が起きる。昔のカメラでモルトプレーンがベタベタになるのも、樹脂の酸化による劣化現象だ。こうなると交換する以外に機能回復はできない。
 もっと困るのが電子部品。電解コンデンサーなども劣化するし、基盤が錆などで断線し、機能不良につながるケースも多い。こんな素材が無かった‘50年代のカメラは、そのおかげで機能を保てている。皮肉なものである。

投稿者 J_Sekiguchi : 2013年05月02日 10:00

軽量化

 ステレオ・リアリストはとても重い。そんな気がしてきた。というのも、最近のカメラはとても軽いのだ。カメラがデジタル化したことで、可動部が少なくなり、部品の剛性がそれほど必要ではなくなってきたのだろうか。今も昔もアルミダイキャストでボディを作っているとしても、今のカメラは構造も部材の厚さも昔と大きく違っているはずだ。
 昔のカメラは剛性を確保しながら小さく、軽くすることに大きな努力が払われてきた。ボディ単体では驚くほど軽量化がされている。ガラスブロックから作られるレンズや、一眼レフのペンタプリズムだけは大幅な軽量化ができないから、システム全体を軽量化するために機械部分の軽量化に大きな努力が注がれてきたわけだ。
 そういう視点でリアリストの約770グラム(*)という数値を見ると重い。大きなレンズが付いているわけではないから軽くできるはずである。ダイキャストで作られている部品も、もっと肉を薄くして軽くできるはずだ。
 リアリストを分解し、強度や機能に問題がない範囲で部品を削ったらどれぐらい軽くできるだろう。もちろん、見た目が悪くならないよう内部に手を加えるのである。ボール盤を使い、貫通しない穴をあけてゆく。ボディの内側、トップカバー、レンズボードの内側など。歯車やアームも穴をあけて軽量化ができるかもしれない。軸はヤスリを使ってくぼみを付け、軽く。二次大戦の零戦開発の時のように、リベットの頭を削って1グラムでも軽くという精神だ。リアリストのネジの頭を削って0.1グラムでも軽くしてみるか。レンガと呼ばれたリアリストを軽くするのだ。
 そんなことを考えながら、この面倒な作業はいつか時間をもてあます時が来たらやってみようかと思っている。軽いリアリスト。果たして、どれほどの存在感があるのか。あるいは、存在感が失われるのか。

(*)世の中の各種資料には重さの値が記されていますが、
改めて実物を計量しました。ただしバラバラの状態で。
ボディ本体 291g
レンズ、ボード 150g
レンズカバー他 31g
トップカバー 78g
フィルムレール 50g
裏蓋 60g
圧板 11g
他部品類 102g
合計 773g
(なんか部品が足らない気がしてきた・・・)

投稿者 J_Sekiguchi : 2013年03月07日 10:00

金属の話

 金属カメラの話をしよう。カメラにはいろいろな金属が使われている。強度のある金属、軽い金属、弾力のある金属、電気をよく通す金属など。必要に合わせ選ばれている。アルミ合金や銅合金、そして鋼。
 カメラに使われる金属の代表はアルミであると一般的に思われているだろう。それは軽くて強度のある金属として、コスト的にも有利なアルミ合金が昔から採用されている。特にボディの骨格に多用され、メーカーも積極的にコマーシャルしたから認知度が高いのだろう。もちろん、リアリストにも使われている。
 だが、硬くても折れない粘り強さ、磨耗しにくく、それでいて加工がしやすい、という優れた性質を持つのが鉄だ。鉄は炭素含有量により、硬さと強さ、粘り強さが大きく変わり、添加する合金成分でさらに性質を変える。焼入れなどの熱処理を加えると、さらにその性質は多様化する。機械に鉄は欠かすことのできない素材だ。
 高性能で信頼性の高いカメラを作るには、良質の鉄系合金、つまりは鋼が重要なポジションを占めている。リアリストが作られた時代は、均質で良質な鋼を作るために技術者が多くの苦労を背負っていたことだろう。良質の鋼を作ることは文明の発達に直結し、さらには国家存続に不可欠だった。鋼は産業に最も重要な素材なのだ。
 銅合金に比べると鋼は削りにくくコストが上がる。だがリアリストの内部をみれば、小さくても強度が必要な軸は鋼でできている。一見鋼のように見える部品もほとんどは銅合金にメッキをしたものだが、ここに立てている小さな軸が鋼。それに鋼の軸と銅合金の歯車は焼きつきがしにくい。ただし、鋼といっても様々。リアリストの部品の中でもここは特に負荷がかかるだろうなという部分には、良質の鋼が使われているのだと推測する。いいねぇ。


▲鎌のような形の部品はシャッター羽。薄い鋼板が使われています。

投稿者 J_Sekiguchi : 2013年02月28日 10:00

メモホルダー

 コレクターのつもりはないけど、ステレオカメラをたくさん持っている。フィルムカメラなんていっぱい持っていても今の世の中じゃ自慢にならないけどね。でも、リアリストだけで10台ある(えっへん)。レンズが違うとか、特別に改造したものとかあるから、どれもどこかが違う。こいつらを使いまわすのはけっこう大変。
 モノクロフィルムが反転現像できるようになり、この状況がちょっと変わってきた。定番のカラーリバーサルを入れた1台のほか、別の1台にモノクロを詰める。実験的に入手した新しいフイルムがあっても、空いているカメラはいっぱいあるから大丈夫。そのうち、このレンズにはどのフィルムがいいかなんて考えている。
 こんなふうに遊び始めると、どのカメラに何を入れたのかがわからなくなる。カラーのつもりで撮っていたらモノクロだったなんてコトにも。大体、リアリストなんてどれも同じように見えるから、何を入れておいたか覚えていることがムリなのだ。ちょっと蓋をあけて中身を見てみましょう、なんてことが気楽にできないからね。
 デジタルカメラのヒトには無縁でしょうけど、フィルムカメラには「メモホルダー」が付いていたりします。裏蓋のあたりの四角いポケットのようなものがこれ。フィルムの紙箱の一部を差し込んでおけば便利というもの。メモホルダーが登場する前のリアリストには当然ないのだが、カメラ用品コーナーには後付のメモホルダーもあった。一度これを使ってみたのだが、カメラの本革に粘着シートで貼り付けるというのが嫌だったな。
 というわけで、僕は紙箱の一部をさらに小さく切り、折りたたんでホットシューのところに差し込んでいる。やってみればなーんだ、ということなんだけど。メモホルダーのない頃はこうしていたとも聞きますね。


投稿者 J_Sekiguchi : 2013年01月24日 10:00

ストロボが発光しない!

 リアリストにストロボを付けて撮影していたある日。ストロボが発光しなくなった。ストロボの故障や、電池が消耗したのでもない。こういうときは大体において、カメラとストロボをつなぐコードの接触が悪くなっている。電気というのは目に見えないところが厄介だ。繋がっているようで繋がっていない。そんな状況を眼で見て分かるならどんなに楽なことか。コードを抜いたり挿したり。何回やってもストロボが発光しない。どこを見てもおかしなところがない。
 こういうときはカメラの内部を疑ってみる。リアリストのトリガー回路は簡単だ。レンズボードを外せばシンクロ接点とコードが見えるから異常のチェックは簡単。コードが外れているのかもしれない、ということでネジを回す。
 あけてビックリ。なんと、コンタクト部分にあるはずの接点部品が取れてなくなっているではないか。銅合金の板バネの先端に、小さなでっぱりが付いているはずなのに。これがない。丸い穴だけになっている。これではストロボが発光しないわけだ。この部品、銀でできているらしい。接点の導通不良を防ぐため、あえてコストのかかる部品を採用していたらしいのだ。さすがは部品の手抜きをしないモノづくり。立派である。だが、なくなったものをどうやって補おうか。
 途方にくれていたが、もしかしたらまだカメラの内部に転がっているんじゃないか。そう思って丹念に探したら出てきた。銀の小さなヤツが、コロリと。よかった。新しく銀で作るなんてとてもできそうになかったからね。だが、これを再び取り付けるのにどうやるかかなり悩んだ。オリジナルはカシメで取り付けているらしいが、うまい具合に再カシメできるとは思えない。絶縁体である接着剤を使ったのでは意味がない。導電性のある接着剤なんてあるのか。ハンダでくっつくのか。。。
 悩んだ末、絶縁しないように、エポキシ接着剤で部品の周囲を囲むようにして接着した。完全復活。よかったよかった。

コンタクト.jpg

投稿者 J_Sekiguchi : 2012年07月05日 10:00

解像度

 骨董市とか、フリーマーケット。ガラクタばっかり、ギリギリごみじゃないかという場合もあるけど、こういうものを見てまわるのも楽しい。たまに掘り出し物もあると聞く。たとえば、壊れたライツミノルタを5百円で買ってきて、電池を入れたら動いた、とか。こんな話を聞くと、お宝があるんじゃないかと期待してしまう。
 でも、実際にはカメラ関係はありふれたジャンクばかり。珍しいものを安く手に入れるチャンスは、砂丘の中からゴマの一粒を探すようなものだ。そんなガラクタの中、学校で使われていたと思われる埃まみれの顕微鏡があった。
 箱はぼろぼろ、埃だらけ。それでもパーツは全部揃っていて、手を入れれば十分使えそう。オリンパスの顕微鏡を千円で買ってきた。珍しいものではないし、汚れていたから5百円でも良かったかもしれない。
 持ち帰ってから箱は捨て、本体とレンズをクリーニングしたら十分使えるものになった。顕微鏡の世界というのも面白い。小学生の時、小さな顕微鏡でめだかの水槽に棲む微生物たちを夢中で観察した日々を思い出す。
 ここでふと、フィルムを観察したら面白いのではないかと思いつく。フィルムをセットし、フォーカスを合わすと粒子が良く見える。倍率をやや下げると、砂で描いたようなザラザラな格子が見えてきた。ビルの窓だ。元の画像を確認して驚いた。そのビルは、遠景の中に埋もれていてかなり小さい。ステレオビュアーで拡大した程度では、そこにビルがあるのかさえわからない。なのに、フィルムには窓の形がちゃんと記録されているのだ。なんという解像度だろう。
 リアリストの解像度は素晴らしい、と言いたいのではない。引き伸ばしに使わず、ビュアーで見るだけならレンズの分解能はそれほど必要ではない。それより、発色とかコントラスト、描写のバランスの方が重要だ、と気づいた。

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投稿者 J_Sekiguchi : 2012年04月05日 10:00

ボディの隙間

 リアリストにはレンズバージョンの違いとか、いくつかの種類があるのだけど、主要な部品は全く同じだ。筐体の本体、レンズボードとトップカバー、どれもアルミダイキャストで作られているが、作られた年代によらずほとんど同じ形の金型で作り続けられたと思われる。もちろん、金型というのは使っているうちにくたびれてきて、新たに作り直さなければならないのだけど、あまり大きな変更はしないで同じものを作り続けてきた。そんなふうに思えるのだ。
 たとえば、巻き戻しのノブ。初期型は巻き上げノブと同じ大きさで、操作性はお世辞にも良いとは言いがたい。指が痛くなっちゃうのだが、これが後期型になるとずいぶんと大きなノブに変っている。大きすぎて、トップカバーに重なるので、干渉しないようにトップカバーを円弧状にへこませている。金型のデザインを変えたのかと思ったら、機械加工でカバー本体を削っている。金型を修正するより、鋳込んだ後で部品を削った方が安くできると判断したのだろう。
 それにしても、巻き上げノブを引き上げると判るのだけど、削られたトップカバーから内部に通じる窓ができてしまっている。中の機械がちょっとだけ見えちゃっている。砂とか埃がここから入ってしまうと・・・こまるよなぁ。この他にもノブには、巻き上げ側も少し大きくしたり、回す方向を刻印していたりと、細かな違いがいくつかあるようだ。
 僕はリアリストに関しては“後期型よりも前期型”の方が完結した形になっているんじゃないかと思っている。後からデザインを変えながら、モノづくりにはあまり手を加えていないということが後期型にいくつか見られるからだ。おそらく途中で経営陣の交替があったりとかで、モノづくりの考え方かがどこかで変ってしまったんだろうと想像している。それでも根本の作りを変えずに、長期に渡って生産された。これは、基本性能を崩さないという点で幸運だったといえよう。

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投稿者 J_Sekiguchi : 2011年03月24日 10:00

初期のリアリスト

 リアリストのバージョン紹介として、以前にParagon銘のF3.5レンズがあることを紹介した。僕が持っている機体は製造番号からごく初期のものであることがわかったのだが、実際に使ってみるとこれがあまりよくない。ポジフィルムで撮影し、マウントにセットしてビュアーで覗くと、画面の一部がちらついて見えるのだ。
 マウントのやり方がまずかったんだろう。マウントをばらして再度慎重に作業をした。ウインドウの下の縁を基準にして、左右のコマの上下位置を慎重に合わせる。もちろん、ステレオウインドウが崩れないよう、左右の位置も適切にする。だが、ウインドウの上側で画像がちらつく。上の縁を基準にしてセットしなおすと、今度は画面の下側がちらつく。
 マウント台紙を疑ってみたが、問題がない。もしやと思い、左右のポジフィルムを重ねてみたら、左右で画像の大きさがわずかに違う。ということは、左右のレンズの焦点距離が違うということではないか。これでは手の施しようがない。
 カメラレンズには焦点距離が何ミリか刻印してある。工場では、この焦点距離にピッタリ、小数点以下の誤差もなく作っている、というわけではない。工業製品というのは誤差が出る。たくさん作らねばならないから、決められた工程で加工をする。最後の確認で検査をして、加工誤差がある程度の幅に入っていれば合格とする。一眼レフの交換レンズなどは最終組立工程で、後玉とフランジ面の距離をスペーサーで微調整している。レンズ一本ごとに個性があるというわけだ。
 これがステレオになると重要な問題になる。左右で焦点距離が大きく異なると、像の大きさに違いが出て今回のような問題が出るというわけだ。レンズ一本ごとに焦点距離を調べ、相性のイイヤツ同士を組み合わさなければならない。おそらく、初期のリアリストは組み合わせの良くないレンズペアが出荷されてしまったんだろう。僕の持っているのはその一台だ。

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投稿者 J_Sekiguchi : 2011年03月10日 10:00 | コメント (2)

散歩カバン

 撮影散歩の時には予備のフィルムと露出計も持ち歩かなければならないこともあって、まとめて全部、カバンに放り込む。だが、ちょうどいいカバンというものがなかなか無い。リアリストがちょうど納まるものはないものか。
 まだ平成になる前の大昔、アルミ製のカメラバッグが流行した。猫も杓子もアルミの箱をぶら下げている。写真部の中学生なら必ず持っていた必須のアイテムだ。これを持っているだけでカメラマンっぽい。踏み台にもなるから、これに乗って大口径の望遠レンズ付、モータードライブ付の一眼レフを構えるのがカッコイイのだ・・・そんな時代があった。
 僕はこのアルミのケースが昔からあまり好きじゃない。ゴツゴツして邪魔だし、重い。だいたい、そんなに頑丈な箱に入れなければならないような、ハードな使い方などしない。というわけで、お散歩カメラの相棒としては相応しくない。リアリストの専用革製ケース、こんな質感の小さなカバンがあればいいのに。
 そんな悩みを抱えながら、何かの文具を探しに銀座の伊東屋に寄った帰りのこと。近くにカバン屋さんを見つけた。いい雰囲気の品ばかり並んでいる。ふと見ると、お散歩撮影にちょうどよさそうなものがある。これがまた、リアリストを入れるのにちょうどよさそうな寸法だ。聞けば一点モノだという。だが、このときはリアリストを携帯していなかった。
 寸法を確かめる術がないのだが、自分の感覚がちょうど良いと感じる。感覚を信じて躊躇なく購入した。帰ってから確かめると、フィルムの箱が5個、ピッタリ隙間なく入る。この上にリアリストが丁度入る。最後にスタジオデラックスを乗せて、うまく蓋が閉まる。フィルムを3本抜いて、小さなストロボを入れることもできる。なんとこれもピッタリ。
 この店は銀盛堂といい、銀座の老舗で評判の店だと後で聞く。残念なことに、今は閉店されている。

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投稿者 J_Sekiguchi : 2011年01月13日 10:00

主の刻印

 初めてリアリストを手に入れたのは、銀座にあるとある中古カメラ店だった。そのときは、ステレオカメラを触るのも初めてであったし、ここまで古いカメラを操作するのも初めてだったのだ。だいたい、中古カメラ店に行くなんていうことがほとんどなかった頃のことだから、ショーケースから出してもらった時はどうしたらいいのか大いに悩んだ。
 カメラの持ち方で、お店の人から「こんなトウシローに売れるかい」なんて思われるんじゃないかとビクビクだ。ファインダーを恐る恐る覗いたり、ちょっとダイヤルを回してみたり。正直言って、こんなカメラで撮影できるのかな?と思い始めてきたところ、お店の人がニコニコと説明してくれる。説明を聞いて、何とか使えるかな、と思い始めてきたのだ。
 このときはリアリストにレンズがF2.8とF3.5のモデルがあることなんて知らなかった。店には両方置いてあったんだが、とりあえず安くてきれいな方のF2.8を見せてもらったのだ。買おうと決める直前に、F3.5の方を見せてもらおうとしたら、お店の人はF2.8のほうがいいよと言う。それで、初めて買ったのがF2.8だった。店の奥のほうからカメラケースとストラップを出してきてくれて、値段はそのままでおまけに付けてもらった。嬉しかったなぁ。
 それにしても、なぜF2.8の方が安かったんだろう。前の持ち主の名前だろうか。カメラのトップカバーに刻印があった。“TOPHAM”と丁寧に刻印された文字は、買うときにはあまり気にしていなかったのだが。これが理由か。
 前の持ち主は今頃どうしているだろうか。僕が手放した後は、一体誰の手に渡るんだろうか。この刻印を見るたびにそんなことに思いをめぐらせる。アラジンの魔法のランプのように、いろんなご主人様の手を渡ってゆくのだろう。この不思議な道具は、もう少し僕のところで召し使えて欲しいと思っている。磨いてやれば、魔法が現れるかもしれない。

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投稿者 J_Sekiguchi : 2010年09月17日 10:00

1050/Realist MATCHED 35mmF2.8

 1042モデルの後継として発売されたモデルで、CUSTOMと呼ばれる。ブルーコーティングのレンズはレアアースレンズと呼ばれ、高い解像度を誇っていたとされる。レアアースとは希土類元素のことで、硝材の光学特性を改善するために添加された。当時はこれに限らずさまざまな添加元素が試されていて、放射性の物質が使われたりもした。現代では環境に配慮して使われない特殊硝材がこの時代に多く登場している。
 さて、CUSTOMのレンズ構成は、テッサータイプの前後が逆転した形になっている。困ったことに、解像度は高いが逆光に弱く、場合によっては画面全体が眠い感じになり、せっかくの解像度が発揮できない。フードを活用したいところだが、リアリストの専用フードが取り付けられない(フードについては別の機会にお話しします)。ボケに関しては二線ボケが生じてしまう。
 メカ構造は1042とほぼ同じだが、いくつものマイナーチェンジがされている。革張りは山羊革からカンガルー革に、フォーカスダイヤルにはクリックが付き、フィルムカウンターは減算式になっている。トップカバーとレンズボードはニッケルメッキのヘアライン処理だ。巻き上げ、巻き戻しノブが大型化され、絞りリングにはつまみが付き、絞り値はリングの外周に刻まれた。全体的に高級感を高めたデザインだ。レンズカバーはフラットになり、CUSTOMと刻印されたプレートが付いている。
 製造台数が少ないことと、レアアースレンズの噂が手伝って、マーケットでは高値で取引されている。しかし、僕としては、実用機としてのコストパフォーマンスの点では辛い評価をせねばならないと思っている。

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投稿者 sekiguchi : 2004年12月19日 12:12

1042/DAVID WHITE ANASTIGMAT 35mmF2.8

 Ektarレンズの後継に、自社名を冠したF2.8レンズを採用したモデル。ボディは巻き上げのラッチ機構の変更、二重露出防止機構・解除機構の追加がされている。シャッターボタンの手前、裏蓋のすぐ上の引きノブが解除機構で、多重露光をするときにシャッターのロックを外すためにある。因みに、初期の1041やEktarの多くはこれがない。これらはロックが解除できないのではなく、ロックが付いていないのだ。だからシャッターボタンのそばにある窓に赤い印が出ていても、重ねてシャッターが切れてしまうので注意がいる。知らないウチに立体心霊写真が撮れちゃうかもしれないからだ。
 F2.8レンズは、F3.5レンズと同じくANASTIGMATの標記であるが、レンズ構成は全く異なり、3群4枚のテッサータイプである。イメージサークルも十分大きく、画面の四隅が減光することもない。琥珀色のコーティングがされ、逆光にも強い。解像度、コントラスト供に高いが、Ektarとは異なりブルー系のカラーコントラストが高い。僕がアフリカで撮影したときには、どこまでも深い青空の色を忠実に再現してくれた。若干硬調の印象を受けるが、メリハリの効いた絵を作るのにイイと思う。このレンズもEktar同様、ボケ方は自然な感じで、芯が残ったり二線ボケが出ないので、立体視で違和感のない作画ができる。
 このモデルは1041に比べると製造数が少なく、手に入れるのは少しだけ難しい。とはいえ、マーケットにもよく登場するので程度と価格のバランスを見極めてチョイスしたい。米国での価格は最近少し下がり傾向で、1041の3倍程度で取引されている

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このレンズには”GERMANY”の刻印がある。文字の天地が変わっていることに注目!

投稿者 sekiguchi : 2004年12月12日 14:17

1042/Kodak Ektar 36mm F2.8

 1042シリーズは、CUSTOMを除くF2.8レンズを装着したモデルを指すが、初期のレンズはコダックから供給を受けた銘玉Ektarレンズが付いている。他のリアリストと異なる焦点距離36mm、フォーカスダイヤルの最短側表示も2と1/2フィートではなく3フィートになっている。ボディは最高速1/200秒のシャッターに換装した1041初期モデルをベースにしているので、二重露出防止機構・解除機構がなく、巻き上げ制御も古い機構を使用している。
 当時のコダック社はフィルムだけでなく、優秀なレンズとカメラの一大供給メーカだった。Ektarの名は大判用のコマーシャル・エクターなどにも見られ、今でも独特の描写をすることで人気がある。リアリストのこのモデルも、その独特の描写をするのだ。解像度、コントラスト供に高いが、硬すぎる描写にならずに中間調をうまく表現してくれる。特に暖色系のディテールの表現がいい。総じてバランスの良い落ち着いた描写とでもいうべきか。レンズ構成は3群4枚のテッサータイプで、マゼンタの美しいコーティングが施されて逆光にも強く、ボケも自然な感じで使いやすい。
 このカメラは珍しいことに、左右の絞りリングに分かれてWHITE社、コダック社の刻印があるダブルネームだ。当時のコダックは硝材の開発も積極的に行い、現在では使われない添加物も使ったらしい。一体このレンズにはどんなひみつがあるのだろう。
 さて、このモデルは生産数が極めて少ないこともあってなかなか市場に現れない。米国では1041モデルの8倍以上の高値で取引されているが、程度のよいものはなかなか少ない。もし程度のよいものが市場にでれば、Ektarコレクターも欲しがるからすぐに売れてしまう。あなたがこれをどうしても欲しいなら、見つけたときに即買うべし。

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投稿者 sekiguchi : 2004年12月04日 18:47

1041/DAVID WHITE ANASTIGMAT 35mmF3.5

 このレンズもILEXと同じ3枚玉トリプレットである。社名を冠した「ANASTIGMAT」とは「収差がない」という意味で、この時代のレンズ名によく見られる。リアリストのこのレンズも、クラシックレンズとは思えない鋭い描写をする。古いレンズだからといってボンヤリ写るようことはない。この時代、すでに写真レンズの基本性能は確立されていたのだ。レンズ構成が単純だから非常にコントラストが高く、描写はかなり硬い印象を受ける。
 欠点としては、トリプレットレンズのボケは画面中央を中心とした同心円状に変形する傾向をもつ。パンフォーカスで撮ることを推奨されるステレオ写真だが、絞りを開けてボケの効果を作画表現に使うとこの現象が目立つことがある。この他、トリプレットは設計上開放F値をあまり明るくできないとか、画角を広くできないという制限がある。画角の点でいえば、このレンズのイメージサークルはリアリスト版の画面のギリギリしかカバーしない。マウント前のポジをよく見ると、画面の四隅が暗くなっているのはこの理由だ。この部分はマウントする時に隠れる程度なので、実用上は問題ないだろう。
 リアリストに限らず、ステレオカメラはこのトリプレットを使っているモデルが実に多い。ステレオカメラの使われ方を前提にチョイスすると、当時としては最もコストパフォーマンスに優れたレンズ構成だったのだろう。1041モデルはおよそ13万台と、膨大な数が生産された。そのため、数あるステレオカメラの中でも最も入手しやすい機種である。米国の中古マーケットでは、$100あれば手に入れることができる。コストパフォーマンスの高さは現在も変らない。

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このレンズには”GERMANY”の刻印がない。刻印のあるものは、文字の上下がこれとは逆になっている。

投稿者 sekiguchi : 2004年11月28日 17:01

ILEX PARAGON ANASTIGMAT 35mmF3.5

 ILEX社は大判用レンズの供給でも知られる。このレンズはトリプレットで、レンズを3枚しか使っていない。しかし、条件を限定すれば3枚のレンズでも十分に各収差を改善できるのだ。光学設計の世界では教科書的なレンズ構成である。ANASTIGMATとは「収差がない」という意味だ。現代のレンズは何枚ものレンズを組み合わせているが、これは3枚しか使っていないからカラーコントラストが非常に高い。画質は硬調に仕上がる。外観ではコーティングが深いブルーで、レンズ枠にはギザギザがある。
 初期のモデルだから普通に見るリアリストとは違いも多い。絞りリングには正面から見てDavid White社の社名がありそうなものだが、何もない。裏蓋をあけてダイキャストボディに彫られた社名を確認しなければ、どこのカメラかわからない。よく見ればカメラ内部のパーツや仕上げ方も少しずつ違っている。初期モデルなので二重露出防止機構・解除機構は付けられていない。
 僕の持っている機体は製造番号がかなり初めの方なのだが、なんと左右のレンズの焦点距離が違う。だからビュアーで見ると像の大きさが合わず、きちんと立体に見えないのだ。困ったものである。実はILEXに関しては前に書いた「絞り指標・三つ星の謎」の推測が当てはまらない。絞り表示は左右のレンズの両方にあるのに、左には指標だけがないのだ。指標がないから左レンズでは絞り設定ができない(!)。左右のレンズ枠の部品が違うということは、レンズ組立の時から左用・右用が決まっていたのではないか?
 おそらく、レンズペアの組合せに手間がかかりすぎるので途中でやり方を変えたのだろう。生産初期の黎明を感じさせる一台である

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投稿者 sekiguchi : 2004年11月21日 03:33 | コメント (3)

レンズバージョンについて

 リアリストのレンズバージョンは全部で7種類ある。それは次の通りになっている。ただし、リアリスト45や、マクロリアリストは除いている。
1041シリーズ
 ①ILEX PARAGON ANASTIGMAT 35mmF3.5
 ②DAVID WHITE ANASTIGMAT 35mmF3.5
 ③同上で、GERMANYの刻印が追記してあるもの
1042シリーズ
 ④Kodak Ektar 36mmF2.8(誤記ではなく、これだけ36mm)
 ⑤DAVID WHITE ANASTIGMAT 35mmF2.8
 ⑥同上で、GERMANYの刻印が追記してあるもの
1050シリーズ(Realist CUSTOM)
 ⑦Realist MATCHED 35mmF2.8

 最も初期に発売されたのが①で、1947年のことである。続いて1950年前後に②と④が相次いで発売され、これらに置き換わる。この後、数年の間に巻き上げ機構の変更や、多重露光防止機構の追加がなされている。GERMANYの刻印のある③と⑥はどの時期に現れたかは不明だが、レンズの内容や供給元は刻印の無いものと同一であるという見方が強い。最終的にF2.8モデルの1042はCUSTOMへと切り替わるが、F3.5モデルの1041も平行して販売され、どちらも1970年代始めまで作りつづけられていた。
 では、それぞれの特徴について紹介しよう。

投稿者 sekiguchi : 2004年11月21日 03:07

ダイキャストマーク

 リアリストは角張っている。米国では”れんが”という愛称がついていたこともあるという。この形をさらに印象づけているのがトップカバーとレンズボードの四角い形状だが、なんとボディと同じアルミダイキャストでできている。アルミダイキャストというのは、製品の形を彫り込んだ金型に融けたアルミ合金を注入して同じものを大量生産する方法である。この時代のカメラは、ボディにダイキャストを使っていてもトップカバーは板金プレスがほとんどだ。ボディにアルミダイキャストを使う場合、アノダイズと呼ばれる黒色の陽極酸化処理をして錆を防ぎ、必要に応じて塗装をしている。リアリストのトップカバーとレンズボードは、これとはちょっと違う、珍しい処理をしている。ダイキャスト後に銅メッキをし、この上にクロムメッキをするという手の込んだものになっているのだ。銅を下地に使うのは、アルミに直接ではクロムがうまく付かないから。たまに緑色の錆が浮き出ているものがあるが、これは下地の銅メッキが腐食したものだ。
 よく見ると、ダイキャスト製の部品にはマークや数字が入っている。ごく初期のものを除いて「ALCOA」の文字を見つけることができる。アルコアとは米国のアルミ大手メーカーで、アルミ業界のトップ企業として現在も君臨している。アルミダイキャストと一言にいっても板金用のアルミとは全く材質が違う。アルミに添加する合金の組成が異なるのだ。ダイキャストは金型の管理や、鋳造条件によって品質が大きく変ってしまう。大量生産で高い精度を維持しつづけるのは大変な技術なんです。アルコアという大企業の技術がバックボーンとして部品品質を支えていた。すごい。
 余談だけど、アルコアという会社はリアリストが世に出る約半世紀前に現れ、かつては世界のアルミを牛耳っていたコトもあるのだ。
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投稿者 sekiguchi : 2004年11月13日 03:43

絞り指標・三つ星の謎

 ステレオカメラだからレンズは当然二つある。レンズの絞りが撮る時に左右で違っていたら大変だ。だから、片方を動かしたらもう片方も同じように動いて欲しい。リアリストではこの連動を金属製のリボンで行っている。リボンと左右の絞りダイヤルは、それぞれ小さなネジでつながれていて、どちらの絞りを動かしてももう片方がついてくる。
 さて、ごく初期のものを除き絞り値は右のレンズだけに表示している。絞り値を合わせるためのマーク(指標)は小さな「点」だ。よく見るとレンズ周囲に全部で3つある。残りの2つは何のため?これが謎。このマークは左のレンズにも付いていて、こちらも普通では何の役にも立たない。だけど、ここに後付けでフラッシュの絞り設定リングを付けると3つの点が活躍する。リングには3種類の閃光電球用に距離の数字が並んでいる。レンジファインダーで被写体までの距離を測り、それをリングの数字にセットすると、ちょうど良い絞りが設定されるというわけだ。面倒なガイドナンバーの計算が不要になる。
 ここでちょっと考察。このシステムは基本設計で考えられていて、レンズ枠に3つの指標を付けることにした。しかし、ある理由から製造段階で左右のレンズの部品を別にすることができなかった。だから左右どちらのレンズにも指標が3つある。さて、どんな理由か?このレンズ、組み立てる時に右用・左用に決めて作るのではなく、組み立ててから焦点距離を測定し、たくさんの中から数値の合致したペアを選んでいた。だから、もしかすると僕のリアリストは焦点距離35.14mmで、君のは34.86mmかもしれない。組み立ててから指標を付けるのは工程も管理も面倒だから、左右の別なく3つの星を初めから刻印した部品を外注から仕入れていた。だから左右両方に三つ星がある、というのが僕の推理です。

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↑この写真を見て、革張りとレンズボードが違う!?と気づいた人は鋭い。僕の改造品です。その話はまた別の機会に。

投稿者 sekiguchi : 2004年11月06日 02:32

レンズのまぶた

 ほかのステレオカメラにない、リアリストだけにあるものが跳ね上げ式のレンズカバーである。キャップと違い、本体と一体、いつも一緒である。撮影の時にはちょっとしたレンズフードの役目もしてくれる。まあ、本格的なフードの機能は期待できないのだけど。
 レンズカバーはリアリストのデザインの中でも大きな役割をしている。これが取れちゃうと、とたんにカッコ悪くなる。ださくなっちゃうのだ。なくてはならないこのレンズカバーには、カッコ良さポイントであるリアリストのロゴが入っている。このロゴのデザインが実にカッコいい。ステレオクラブのロゴにだってカッコいいから使われているのだ。
 レンズカバー周りのパーツにはプラスチックが使われている。今の世の中はプラスチック全盛の時代で、ポリスチレン、ポリプロピレン、ABS樹脂、ポリカーボネートと、数えればきりがないほど種類がある。だけど、1950年代はこれらが登場したばかりだった。すでに普及していたのはベークライトで、レンズカバーにはこれが使われている。僕たちがよく使うプラスチックは熱を加えると柔らかくなる熱可塑性樹脂だが、ベークライトは熱を加えて硬化させる熱硬化性樹脂だ。剛性があって電気絶縁性も良いので電気部品などに今でも使われている。プラスチックは経年変化で脆くなる性質があるが、ベークライトはこれが比較的小さい。もし他の樹脂で作られていたら、レンズカバーの付いているリアリストはレアものだ、となっていたかもしれない。
 ところで、レンズカバーを閉じる時に「バチン☆」と音がするように閉じる人がいる。ベークライトは丈夫だけど割れやすい。こわれちゃっても知らないよ。優しくそっと閉じてあげてね。

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投稿者 sekiguchi : 2004年10月30日 10:01

撃鉄を起こせ!シャッターチャージ

 今のカメラはボタンを押せばシャッターが切れるし、フィルムも勝手に巻き上げる。巻き上げるフィルムさえいらないものだってある。ところがリアリストはシャッターチャージも撮影者がやらなければならない。フィルムを巻いているうちにチャージするセルフコッキングではないのだ。デジカメがレーザー銃ならリアリストはリボルバーの拳銃だ。重いレバーをガチャリとやる。さあ、撮るぞという気になる。さすがに連写は厳しいけど、メカとしての信頼性はセルフコッキングにしないことで高く保たれている。
 巻き上げとシャッターチャージを同時にやろうとすると、どうしても機械が複雑になるから故障が起きやすい。リアリストはメカの信頼性を高めるためにセルフコッキングにしなかったのか?いや、メカを単純にすると当然コストダウンにもつながるから、価格設定のためかもしれない。実際のところ、リアリストを分解すると部品点数が少なく、非常にシンプルな構造をしている。ただし、安易にコストダウンを狙っていたとは考えにくく、部品の一つ一つはとても丁寧に作られている。ちょっと専門的に言えば直接材料費は下げずに部品品質を確保し、組立工数(労務費)が増えないような設計工夫をして工期短縮とコストダウンを実現し、同時に品質確保のしやすさにより歩留りを上げる。つまり製造業の基本、QCD(クオリティ・コスト・デリバリ)のバランスがうまくつり合うように考えられていたんじゃないか、と思う節がある。
 きっといろいろな経営努力があったんじゃないかと勝手に推測しているが、セルフコッキングの排除は結果として壊れにくいカメラになったわけだ。生産数の多さもあれど、50年以上経った今でも手に入れやすいことにつながっていることは間違いない。
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投稿者 sekiguchi : 2004年10月23日 01:44

シャッタースピードの行列

 現代のカメラのシャッタースピード表示は1,2,4,8,15,30,60,125・・・と並んでいる。これを倍数系列と呼んでいる。余談だけど、実際のスピードは各1,2,4,8,16,32,64,128・・・分の1秒に調整されているから、ほんとうに倍数になっている。リアリストの場合は表示が1,2,5,10,25,50,100,150または200になっていて、倍数になっていない部分がある。この並び方はこの年代のカメラによく見られるもので、国際系列と呼ばれている。インチキそうに並んでいるが、由緒正しいものなのだ。ただ、リアリストの最高スピードが1/150というのはどう考えても半端だ。レンズバージョンがf2.8のものは1/200だからこっちの方はまあ、納得がいく。実は、リアリストの内部機構はf3.5モデルとf2.8モデルでは、年代の違いによる変更点は別として決定的な差はない。どうしてシャッターのスペックを変えたままにしていたのか、どんな経営戦略があったのか、今となっては謎である。
 ところで、このシャッターダイヤルには少々遊びがあって、はっきり言っちゃえばガタガタする。これはシャッターダイヤルとシャッター設定のカムの間に遊びがあるせいで、ちょっと気になるけど遊びの中間あたりに指標を合わせておけば大丈夫。1/10と1/25の間でダイヤルが重く引っかかることがあるが、これはシャッター制御の切り替えが行われているためで正常な状態です。ちなみに、中間シャッター(数字と数字の間に合わせて使うこと)は切れることは切れるけど、機構上望み通りのスピードになることはない。やって壊れることはないけど。
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投稿者 sekiguchi : 2004年10月16日 00:59

でべそのホットシュー

熊:暗いところで撮るにはどうしたらいいんでやんす?御隠居。
爺:そりゃあな、ストロボを付ければいいんだよ。リアリストのシューは接点付きのホットシューだからね。
熊:へぇ。でも御隠居、この金具んとこにゃぁ、真ん中にでべそがついてますぜ。これじゃあストロボ、入らねぇなぁ。このでべそ、いっそ削っちまおうか。
爺:これこれ、手荒なことをするんじゃありませんよ。元々はフラッシュを付けるようになってるんだから。
熊:フラッシュってのは電球みてえのがボンといくやつですかい?
爺:そうだよ、ちゃあんと専用のフラッシュが付くようになってんだから。ストロボを付けるにはアダプターを使うなり工夫すりゃいいんだ。削っちまったら元に戻らないんだからね。
熊:でもね、御隠居、フラッシュってのはストロボとはタイミングが違うでやんしょ?ストロボは「X」、フラッシュは「M」とか「FP」とか。
爺:へぇ、良く知ってんね。って、とぼけてんのかい、こいつぁ。確かにリアリストの接点はフラッシュ用だからシャッターが全開する前につながるよ。ストロボ用にばっちり調整することもできるが、まあ、そのまんまでも使えるから細かいことは気にしなさんな。この辺の詳しいことはこのコラムでそのうち紹介されるから、そんときゃ良く読んどきな。
熊:へい。

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投稿者 sekiguchi : 2004年10月09日 01:33

頑固な枚数カウンター

 リアリストのカウンターは一部のモデルを除き、フィルムを巻き上げるごとにカウントが一つずつ増えてゆく。これを動かしているのも前に登場したスプロケットギアだ。ギアが回転すると、軸の頭に付いたカマボコ型のカムがカウンターの部品を動かす。すると、ラチェット機構が一目盛りずつカウンターを進める、というしくみになっている。このカメラを設計した人はラチェットが得意だったのだろう。巻き上げノブの制御もラチェットの組み合わせでできている。機械設計には設計者の得意なものが垣間見えることがある。バネ制御の得意な人、カム設計の得意な人、などいろいろだ。
 リアリストのカウンターは、とにかく一方向に回転するだけ。だから、新しくフィルムをセットして数字を合わせる時には反時計方向に回す。決して逆に回して力を加えてはいけない。致命的に壊れることはないが、ダイヤルの指標がずれたままになる。直すには分解しなければならないよ。
 ところで、巻き戻しの時に「巻き戻しディスク」を「R」にすると巻き上げのラチェットがフリーになるが、スプロケットとフィルムの関係は保たれたままなので、いつでも「A」に戻して巻き直せばコマがずれない多重露光ができる。リアリストのカウンターはフィルムを巻き戻す時も何コマ分動いたかを数えてくれるので、よく見ていれば何コマ戻ったかがわかる。ただ、カウンターはいつも同じ方向にしか回らない頑固一徹野郎だから、メモを取りながら操作しないとわからなくなる。
 ところで、リアリストの上面にある部品は出っ張りがないですね。フラットデザイン。これじゃあ軍艦部じゃなくて空母だ。かっこいい。
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投稿者 sekiguchi : 2004年10月02日 00:56

巻き上げのこと

 さあ撮りますよ、という前にフィルムをよいしょと巻き上げな。フィルム巻き上げはノブを回すんだ。ぐりっと時計回りに止まるまで。うん?巻き上げレバーだって?そンな便利なものはないよ。
 ノブを回す時にはロック解除ボタンを押しながら回し始めるんだ・・・ほら、いつまでも解除ボタンを押しているとパトローネからフィルムが全部でちゃうよ。はじめだけボタンを押して、ゆっくりノブを回せばいいんだ。決められたところまでフィルムが送られればカチリと止まる。どうやっているかというと、主役は裏ブタを開けた時に見えるギア、スプロケットギアだ。
 このギアの歯数を数えてごらん。10個の出っ張りがある。この出っ張りはフィルムのパフォーレーション穴にはまり、フィルムが進むとギアが回転を始める。このギアは、一回転するごとにロックがかかって回転が止まるようになっている。このロックを解除し、ギアを回転する状態にするのが、さっき巻き上げるときに押したボタンなんだ。実はスプロケットギアは自分自身では回転しない。フィルムに動かしてもらっている。そのフィルムを動かしているのは君の指。でも、スプロケットギアが一回転して止まっても、君の指がもっと巻こうとしたら?フィルムが切れてしまうだろう。だからスプロケット君はもう巻けないよ、と巻き上げノブのロックも同時にかけてしまう。
 スプロケット君はフィルム巻き上げのコンダクターだ。彼はいつも、フィルムの穴10個分のリズムを数えてくれる。カチン、カチンと数えてくれる。何でいつも10個分のリズムでいいかって?それがリアリストのきまり、スプロケット君との約束さ。
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投稿者 sekiguchi : 2004年09月25日 01:21

あなたのカメラホールドは間違っている!?

 普通に構えると指がレンジファインダーの窓を塞いでしまう。一体どういうことか?普通のカメラのように、両サイドを握るようにしてホールドするとレンジファインダーが使えない。おまけにこの構え方だとフォーカスダイヤルの操作も非常にやりにくい。実は、リアリストはまったく別のカメラホールドを前提にして創られている。
 なぜかこのカメラの底には革が貼ってあるが、デザイン的な理由ではなく、実は滑り止めである。底を両親指で支えて、人差し指から薬指でトップカバーを押さえる。つまり、カメラの上下をつまむようにする。シャッターは左手人差し指で、フォーカスダイヤルは右手人差し指か中指で操作する。こうするとレンジファインダーを塞ぐことなく、各部の操作が快適にできる。疑う事勿れ。本当だから試してみなさいってば。
 ステレオカメラでは水平に注意して構えることが大切、とよく言われている。構える時に両手が同じ形だと、自然に水平を保ちやすくなる。さらに、ファインダーがボディの下側についているから額にカメラを押しつけるような構えになり、安定が増すのだ。ファインダーが上側についているのが常識であるように我々は思っているが、上側についているカメラは鼻が邪魔をして安定が悪い。だから両脇を締めて腕を固定し、安定させなければならない。リアリストの”おでこホールド”は欧米人の高い鼻だってまったく影響せず、両脇を締めなくても安定する優れたアイデアだ。おでこホールド万歳。
 ファインダーが下にあるステレオカメラは、コンチュラ、イロカラピッド、リアリスト45、キンダーステレオがある。グリップのしかたは違うが、みんなおでこホールドの仲間達である。ちなみにリアリストの取り扱いマニュアルに描かれている絵であるが、よく見ると。。。デザイナー氏はカメラホールドの指の位置までは理解していなかったようである。
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投稿者 sekiguchi : 2004年09月18日 02:20

3個目の目玉・ビューファインダー

 このカメラ、ほんとうに変っている。正面から見るとレンズが3個並んでいるように見える。だけど、真ん中のレンズは構図を決めるためのファインダーになっていて、カメラの裏側、それも下の方にある小さい覗き口とつながっているのだ。対物レンズと覗き口の間には、2枚の鏡が入っている。覗き口とは言ってもちゃんとレンズが入っていて、アイピースになっている。アイピースを覗くと真四角の小さな絵が見える。僕たちが良く知っているコンパクトカメラのファインダーとはだいぶ見え方が違う。なんだか、写る範囲をぎゅっと圧縮してトンネルの向こうを覗く感じだ。対物レンズは、実は度が非常にきつい凹レンズになっていて、かなり広角の画面をマスクで四角く切り取っている。ファインダーとしての倍率は低いので、もう少し大きく見えてもいいのに、と思う。だけど、全体が一度に見えて構図がとりやすいと考えることもできるし・・・。
 ところで、ステレオカメラの左右のレンズの間にある空間、これはフィルムに像を結ぶ上では必要のない空間だ。ここにファインダーの機構を埋め込んだことは、スペースの有効利用になっている。おまけに、左右のレンズの中間に位置することで、撮影距離によって生じるファインダーと撮影レンズのずれ、つまりパララックスの影響をなくしている。ファインダーの構図と鑑賞時の画面の構図が極めて近い関係になるようにできているのだ。ステレオカメラのファインダー位置としてこれ以上に最適なものはない。もう一つ感心するのは、ビューファインダーの鏡筒をシャッター機構の作動軸としていること。分解しなければ見えませんけどね。リアリストのビューファインダーには合理化精神がこれでもか、というぐらいに詰め込まれている。すごいね。
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投稿者 sekiguchi : 2004年09月11日 00:36

ミリタリー・レンジファインダー

 レンジ、つまり距離を測るファインダーであり、三角測量の原理でピント合わせをする。フォーカスダイヤルとレンジファインダーは連動していて、撮る人は距離を測りながらピント合わせをしていることになる。さて、レンジファインダーの像は上下に分割されていて、ピントが合う位置でピタッと合致するようになっている。キンダーステレオやイロカラピッドは像が二重に見える方式。どちらが使いやすいかというのは個人の好みで意見が分かれるところだろう。一般に、像が上下に分かれる方式は視覚効果の点で測定精度が勝ると言われているが、カメラ用の精度で問題になるものじゃない。
 リアリストで採用している方式はミリタリータイプと呼ばれる。戦場で砲撃をする時には、敵のいる場所までの距離を測量しなければ話にならない。ミリタリーとは、この時に使われる測距儀という光学機械が同じ方式を採用していたことに由来する。ちなみに、かの戦艦大和には世界最大級の測距儀が艦橋の上部に配置されていたという。
 リアリストは、フォーカスダイヤルを回すとフィルムレールが動き、フィルムレールに直結したピンが回転してレンジファインダーの部品を動かすしくみになっている。一心同体というわけだ。だから、レンジファインダーの像がぎくしゃく動くのを発見したら、フィルムレールの動きも悪くなっている証拠だから注意した方がいい。画面の一部がピンぼけになるトラブルが起きているかもしれないからだ。ぜひ点検を。
 ところで、リアリストのレンジファインダーの覗き口は、ビューファインダーの右側に並んで置かれている。ビューファインダーとレンジファインダーが別。僕は画面がすっきりして好きだけど。というわけで、次のお話はビューファインダーです。
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投稿者 sekiguchi : 2004年09月04日 01:36

ダイヤル・フォーカシング

 さて、前回フォーカスの話題が出たのでその話。リアリストのピント合わせは変っている。ダイヤルを回すとレンズではなくフィルム位置が移動するのだ。普通のカメラのレンズは円筒形なのでネジを使った簡単な繰り出し機構で済む。でも、レンズが二つあるステレオカメラではレンズボードごと繰り出さなくてはならなくなる。重いレンズボードを平行を保ってスムーズに動かすのは難しい。だけど、カメラ内部でフィルムを動かせば、動く部品は軽くて済むし、可動部の遮光も考慮しなくていい。しかも、レンズボードが固定だとレンズ周りの機械が単純にできるのだ。機械構造はシンプルな方がトラブルが少ない。つまり、壊れにくいことにもつながっている。いいこと尽くめですね。
 フィルムが乗るレールは軽くできていて、大型の圧板でフィルムを挟んで前後に移動する。このレール、よく見ると現代のカメラとは少し違ってる。現代のカメラはレールと圧板でフィルムの厚さ分のトンネルを作ってここにフィルムを通しているのだ。こうすると巻き上げの抵抗が小さくなるのだが、リアリストの時代はそうはしなかったようです。レールと圧板とでフィルムをしっかり挟んでいる。リアリストの巻き上げは少し重いことがあるけど、その理由はこんなところにある。
 ところで、東欧旅行で現地の人にカメラの使い方を聞かれた時、焦点合わせを「ピント」と言ったら「ピンク?なんだそれ?ピンク?」と突っ込まれた。ピンク、ピンクと連呼され、なんだか恥ずかしい。ピントとはオランダ語の”brandpunt”から来ているらしい。
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投稿者 sekiguchi : 2004年08月28日 02:23

左手シャッターボタンの謎

 さて、誰もが一番とまどうのがシャッターボタンの位置だ。普段カメラを使わない人だって「何でヒダリなの?」と思うだろう。だけど、そう思う人はたいてい右利きの人だ。左利きの人ならそうは思わないだろうということで、「これは左利きの人のために作ったか、作った人が左利きだったのだ」と結論付ける御仁も多いのです。しかし、50年前の工業製品とは言え、右利きの人が使いづらい製品を良く考えずにマーケットに投入する、そんなことは企業戦略として考えにくい。右利きの世の中で、右利きの人が使いやすい製品を作ることは当たり前で、使いづらいものを作れば売れ行き不振で会社倒産だってありうる。だから社長さんは左利きの人のことなんてあんまり考えないのだ。まったく、左利きの人には気の毒な話しなのだけど。じゃあ、昔のアメリカ人は左利きが多かったか、というとそんな事実はない。調べたのかと問われても困るけど。
 でもこのカメラ、左利きの人にとって使い良いかというとそうでもない。巻き上げは右手用デザインだし、フォーカシングも右手じゃないとできない。どうやら、設計者は右手と左手にフォーカスとシャッターの操作を分業させたようだ。左フォーカス・右シャッターでも良さそうだが、ダイヤル式のフォーカスは左手では操作しにくい。一方、シャッターは押すだけだから左手でも簡単なはず。フォーカスを合わせ、持ち替えずにシャッターを切る。カメラホールドを崩さずに一連の動作ができること、そのための左シャッターデザインだと考えるとなるほどなぁと思えてくるのである。シャッターボタンは重要だから右にあるべきという人もいるだろう。でも、発想の転換で左に置いた設計思想は実にすばらしい、と思うんだけど。
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投稿者 sekiguchi : 2004年08月25日 02:10

STEREO Realist解剖室にようこそ。

 この部屋では文字通り、リアリストの解剖(分解)をしてメカニックのひみつを解き明かしたりします。この他にも、自家修理方法、改造の方法なんかも紹介します。深くリアリストのひみつを探ってみましょう。どうぞ宜しくお付き合いのほど。

 さて、毎日がリアリスト、毎日がステレオカメラの日々を送っていると、その奇妙なカメラに慣れてくる。二つ目のカメラが当たり前に見えてくる。だけれども、初めて手にしたときは何もかもが奇妙だ。シャッターボタンが左にある、ファインダーの覗き口がボディの下側にある、普通に構えるとレンジファインダーの窓を指で塞いでしまう。どういうつもりで創られたのか?分解する前に、まずは各部についてあれこれ考えてみよう。

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投稿者 sekiguchi : 2004年08月25日 02:03 | トラックバック